(どうしよ)
Nと別れて、ユノは街をプラプラと歩いていた。
チャンミンと楽しく過ごして浮ついていた気持ちが、一気に現実に引き戻されたようだった。
「はぁ...」
(いつまでチャンミンの側にいられるだろう。
チャンミンがずっと、無表情で無感情でいてくれたら、ずっと彼の側にいられたのに。
彼と同じ職場にいられなくなることより、もっと怖いことがある。
いつかチャンミンが真実を知って、俺のことを嫌いになってしまうかもしれないことだ。
チャンミンは俺のことを信じられなくなるだろうな)
チャンミンに渡したお土産のことを思う。
(ごめんな、チャンミン。
俺は出張になんか行っていない。
俺はずっと、この街にいたんだよ。
あれは、ネット通販したものなんだ。
騙してごめんな、チャンミン)
チャンミンの真っすぐ澄んだ瞳が、ユノを苦しめる。
(よりによって、チャンミンを好きになっちゃうなんて。
面倒なことになるって、分かってたのに!)
知らず知らずのうち、ブツブツと独り言をつぶやいていたユノの肩が叩かれる。
「わっ!」
「ユノさん!」
振り向くと、カイのすがすがしい笑顔。
「何度も呼んだのに、ユノさん気づかないんだから」
「カイ君!」
「どんどん歩いていっちゃうから、僕、ずっと追いかけちゃいましたよ」
「ごめん、考え事してた」
「ユノさん、どっちに向かってます?」
「こっち」
ユノが方向を指すと、カイはにっこり笑う。
「僕と同じですね」
カイの笑顔は素直で底抜けに明るい。
カイはユノの腕に手を添えると、
「せっかくだから、途中まで一緒に歩きましょう」
「う、うん」
ユノはカイの勢いに断る間もなく、カイと並んで歩くことになった。
・
「カイ君は買い物中?」
ユノは冷たくなった両手を、コートのポケットに滑り込ませながら、カイの隣を歩く。
(相変わらず、カイ君はお洒落さんだ)
ユノはちらりと、自分の歩調に合わせて歩くカイをちらりと盗み見た。
パーマなのかくせ毛なのか、カールした栗色の髪は柔らかそうで、色白のカイによく似合っている。
(ロゴ入りニットなんぞ、普通の人が着たらセンスを疑うけど、カイ君は着こなしてる。
やっぱ、スタイルがいいからかなぁ。
雰囲気からして、お洒落さんだよなぁ)
「ユノさん!」
腕をつつかれて、ユノは考え事をしていた自分に気づく。
「あー、ごめんごめん。
何だった?」
「ユノさんの質問に答えたんですよ、僕は」
「ごめんな、カイ君!
買い物でもしてたんかな?」
カイは、一重まぶたの目を細めて笑うと、
「あれぇ?ユノさん、僕に見惚れちゃってたんですか~?」
「こらこら、カイ君。
お兄さんをからかっちゃいかんよ」
ユノは吹き出すと、カイの腕を小突いた。
(ちょっと前に、同じような会話をチャンミンとしたよな)
「ま、そうかもね。
あんたは、カッコいいシティボーイだ」
「ユノさーん、頼みますよ。
“シティボーイ″だなんて言葉、いつの時代ですかぁ?」
「ははは。
俺はねぇ、古典文学をわりと読んでるんだ」
「意外ですね」
「だろ?」
「僕はですね、駅に用事があったんです」
「そうなんだ」
「姉がこっちに越してくることになって、そのお迎えなんです」
「カイ君、お姉さんがいたんだ!」
「はい。
ずっと南方に住んでたんです。
向こうに飽きちゃったみたいで、こっちに勤め先見つけたからって、急に」
「へぇ、どんなお姉さん?
似てる?」
「そうですねぇ...。
似てる...方かなぁ」
カイは人差し指をあごに当て、宙を見つめながら言う。
(お人形さんみたいに、整った顔やな)
「カイ君に似てるなら、美人さんやね。
...っと!」
「おっと、危ないです!」
カイは、ユノの腕を引き寄せる。
ユノの脇すれすれを、電動自転車が走り過ぎた。
「ありがとね」
「どういたしまして」
カイは車道側に回り込むと、ユノと並んで再び歩き出した。
休日のため人通りが多く、カイはユノの腕に手を添えて、通り過ぎる人と接触しないようさりげなく誘導している。
ユノはカイのとっさに自然と出る、スマートな気遣いに感心した。
(俺も男なんだけどなぁ)
「カイ君。
あんた、モテるでしょ?」
「はい?」
ユノの唐突な質問に虚をつかれたカイだったが、
「モテますね」
と、きっぱり答える。
(おー、ストレートに認めちゃうんだ)
カイは肩をすくめた。
「いくらモテても、本命から好かれなくちゃ、意味ありません」
「そりゃそうだ」
ひゅうっと、冷たい風が吹きすさぶ。
「ひゃあ!
寒いな。
そろそろ雪が降るんでないの?」
「ユノさん、温かいものでも飲みませんか?
買ってきますよ」
(カフェでは、アイスコーヒー飲んじゃったからなぁ)
「うん、ありがとうな」
ユノは一瞬迷ったが、カイの好意に甘えることにした。
前方のスタンドまで小走りに駆けていくカイの後ろ姿を、眺めながらユノは思う。
(チャンミンは馬鹿でかいが、カイ君もデカい男やな)
「あちち。
はいどうぞ」
熱い飲み物から伝わる紙コップの温かさに、ほっとする。
「勝手にココアにしちゃったんですけど、よかったですか?」
「大好きだよ、ありがとな」
(気の利く男やな。
モテるのも無理はない)
温かい飲み物を飲みながら、ユノは感心していた。
コーヒースタンドの脇に二人並んで立っていた。
「姉と会うのは久しぶりなんで、直接迎えに行くんですよ」
「お姉さん思いな弟だね、あんたは」
「ははは。
これから一緒に住むことになるんで、うるさく思うかもしれませんね」
「一人暮らしよりは、賑やかでいいんじゃないの?」
「一人暮らしは、寂しいですね、やっぱり。
そうだ。
ユノさんこそデートの帰りですか?」
ユノはポケットから出した手を振る。
「まっさか!
友達とお茶してただけ」
「ふ~ん、そうですか」
カイはユノを見つめる。
ふうふう息をふきかけながら、熱いココアを飲むユノの、サラサラと風に揺れる黒髪を見つめながら、カイは思う。
(ユノさん、気づいてますか?
気づいてないですよね。
僕は、ユノさんのことが気になってるんですよ)
(つづく)
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