(14)会社員-愛欲の旅-

 

 

ホテルに到着するや否や、チャンミンはバスを飛び出していった。

 

実行委員は忙しいのだ。

 

バスを降りると硫黄の匂いに包まれた。

 

山と山との間を切り裂く川の両岸に、へばりつくように旅館やホテルが建ち並んでいる。

 

外の空気は凍り付きそうに冷えていて、確かに山頂は雪で白くなっていた。

 

俺たちより先に到着していたバスは女性社員中心で、ロビーは華やかで賑やかだった。

 

実行委員の特権を乱用したチャンミンは、彼目線の恋のライバルを別のバス1台にまとめたんだとか。

 

確かに...俺たちのバスは男子校のようだった。

 

チャンミンの巨大スーツケースを、トランクルームから彼に代わって引きずり下ろした。

 

一行をロビーに待たせたチャンミンは、フロントで説明を受けたのち鍵を受け取っている。

 

チャンミンの他にいるはずの実行委員3名はどこにいる?

 

「部屋割は一覧表のとおりです」と、事前に制作してきた用紙と鍵を面々に配るチャンミンは、添乗員そのものだ。

 

配られた一覧表によるとチャンミンの予告通り、実行委員の特権を悪用した彼は俺と同じ部屋だ。

 

「実行委員!

製造課長はいびきが酷いんだ。

部屋割りを変えてくれ」

 

ああ、やっぱり、早速苦情の声があがる。

 

(そうなるんじゃないかと予期していた)

 

「おかしいな...いびきがうるさい人たちは『いびき部屋』に固めたのに...。

もうひとりいたのか...」

 

チャンミンはブツブツと眉間にしわを寄せている。

 

「実行委員!

部屋を替えてくれよ」

 

「この旅行は親睦を深めるものです。

申し訳ありませんが、耐えてください」

 

「ベッドの部屋にして欲しいと要望していたのですが?」

 

「う~ん...。

キャピってる女性群は『キャピっと部屋』に。

きっとうるさいでしょうから、別館に隔離しました。

お局さんと同室ですと、大人しい方だと委縮してしまいます。

そこで、各課のお局さんを集めた『お局ルーム』を作りました。

お偉さんだけを集めた『重役部屋』もあります。

ヒラと組ませたら、気を遣うばかりで休めないでしょう?

若者をいっぺんにまとめると、修学旅行のようになって迷惑をかけるので散らしました」

 

「お前の部屋割り...頭使い過ぎだろ?」

 

「どこがです?」

 

俺の指摘にチャンミンは、心外そうに口をへの字をした。

 

「こういうものはなぁ、ランダムに適当に、あみだくじで決めた方がかえって罪がないんだぞ?」

 

ロビーは部屋割りに不服な数十人でうるさく、ホテルスタッフたちは遠巻きに困った表情をしている。

 

チャンミンは一覧表をテーブルに広げ、部屋割りを組み直し始めた。

 

楽しむために来た旅行先でも、勤務中のようなチャンミンが不憫になってきた。

 

(そう簡単にベストな組み合わせはできっこない)

 

「はいはい、皆さん、注目!」

 

俺は声を張り上げ、手を叩いた。

 

「部屋割り表のとおり、ひとまず分かれてください。

夕飯の時間も迫っていますし、温泉に早く入りたいでしょう?

どうしてもこの部屋割りが気に入らなかったら、各々交渉して部屋を替わってもらってください。

解散です!

18:30に『蓮の間』に集合で~す。

はいはい、他のお客さんの迷惑になりますから、解散!」

 

不服そうな面々は、ぞろぞろと部屋へと散っていった。

 

「ああ言っておけば、かえって部屋替えしにくくなる。

部屋を替わる者がいれば、『あたしと同じ部屋が嫌なんだわ』ってさ。

結果的にチャンミンの計画通りになるさ」

 

チャンミンの頭をくしゃくしゃしたかったが、ここは公共の場。

 

「...ユンホさんは」

 

チャンミンは畳んだ部屋割り表をポケットに入れると、立ち上がった。

 

「?」

 

真顔なチャンミン、何を言い出すのかさっぱりだった。

 

「いびきうるさい系ですか?」

 

「さあ...うるさいと苦情を言われたことはないけど?」

 

「...言われたことがない。

ない...!」

 

片手で口を覆ったチャンミンは『ガクガクぶるぶる』の効果音ぴったりに肩を震わせ、目を大きく見開いている。

 

「もしかしてうるさいかもしれない。

そん時はごめんな」

 

「ユンホさん!

いびきがひどくないって、誰の台詞ですか?

ボイスレコーダーでも仕掛けて確かめたんですか?」

 

「へ?」

 

「過去のオンナですか!?」

 

「はあ?」

 

「オンナですか!!」

 

「しーっ!

声がでかい」

 

チャンミンの口を手で覆って、別館へと繋がる廊下まで引きずっていった。

 

「落ち着けチャンミン。

家族や友達に聞いた話だって!」

 

ホントは違ったけれど、火に油を注ぎかねないことは避けるのが賢明だ。

 

「その言葉...信じますからね」

 

チャンミンは、生真面目で責任感が強い。

 

ところが色恋が絡むとそれらを易々と放棄してしまう奴のようだ...分かっていたけどさ。

 

 

 

 

同室メンバーは、社内では大人し地味めばかりの寄せ集めだった。

 

団体行動が苦手な彼らは、広縁に1人、床の間を背にしてゲーム中のが1人、残りの2名は荷物はあるから早々と温泉に出かけたのか。

 

夕飯までの間、荷解きして浴衣に着がえて温泉に浸かろうと思った。

 

着替えのタイミングこそ、ウメコに仕込まれたものを回収するのにうってつけだ。

 

バッグに詰め込んだ下着を取り出していたところ...。

 

「ユンホさん!

さささ、こちらにお座りなさい」

 

振り向くと、座卓についたチャンミンが緑茶を淹れているところだった。

 

「お茶を淹れますから、ふぅっと一服しませんか?」

 

急須の蓋を押さえた手の小指が立っている。

 

つい先ほどまで、実行委員としてドタバタしていて、嫉妬でカリカリしていたのが一転して 落ち着いた様子だ。

 

「お茶菓子はふかし饅頭ですって。

美味しかったらお土産で買ってゆきましょう」

 

茶宅を滑らせた手も、両手で茶碗を持つ手も小指が立っていた。

 

これに深い意味は求めていない、チャンミンの所作の端々に目がいってしまうってだけだ。

 

 

(つづく)

 

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