「驚き過ぎです。
私たちは恋人同士なんでしょ?」
唇を尖らせた民が、チャンミンの方へずいっと顔を寄せた。
「んーー」
「待って、民ちゃん。
ここは病院だよ。
そういうことは控えた方がいいよ」
(これは以前、僕が勘違いしてしまった『キスできますか?』じゃない。
正真正銘の『キスして下さい』だ!)
「んー」
チャンミンを無視して、民はもっと顔を近づけた。
(ふふふ。
チャンミンさんはどうするかな?)
チャンミンの至近距離に、目をつむった民の白い顔が。
まつ毛が長いな、などと冷静に観察してしまうチャンミンだ。
(目を閉じるとよく分かる。
民ちゃんって...本当に綺麗な顔をしてる..)
「まだですか?」
(ど、どうしたらいいんだ。
民ちゃんはすっかりその気になってる。
僕が衝動的についた嘘が、現実のことになってきてしまった。
...ええい!)
チャンミンは民の両肩を引き寄せる。
(ひー!
チャンミンさん、『病室でそういうことは止めようね』を貫いてくださいよ!
ダメだって、拒否してくださいよ!
ホントのホントに、キスしちゃうんですか?
どうしてこんな流れになっちゃったの?
あ。
私のせいだ。
私がふざけたことを言っちゃったから...。
どうしよう、苦しい...胸が苦しい...)
チャンミンは民の唇目指して、顔を傾けた。
「そろそろ消灯時間ですよ!」
「!!」
「!!」
カーテンが勢いよく開いて、看護師が咎めるように二人に言い放つ。
二つの同じ顔に振り向かれて、看護師はぎょっとした顔をした。
そして、『双子同士の恋...禁断の恋だわ...』と思ったのであった。
チャンミンが慌てて立ち上がった勢いで、折りたたみ椅子が床にバタンと倒れた。
「静かにしてください!」
「すみません!
今すぐ帰りますから」
(助かった...)
チャンミンは倒れた折りたたみ椅子を壁に立てかけ、シャツの胸元をつかんで仰いだ。
(暑い。
興奮と緊張と動揺で、全身が燃えそうに暑い)
「明日、また来るね」
チャンミンが帰ると聞いて、民は心細い気持ちになる。
「明日...多分、退院だと思います」
「それはよかった。
...でも、帰りは?
Tが迎えに来るのか?」
「お兄ちゃんは仕事があるので。
一人で大丈夫です。
一人で帰れます」
「怪我をしたばかりなのに、それは駄目だよ」
「大した事ないです」
「うーん...。
よし!
僕が迎えに行くから」
「でも...チャンミンさんもお仕事でしょう?」
「大丈夫。
ちょうどひと段落ついた時だから。
有休もたまってるし。
迎えに行くから、安心して」
「いいんですか...?」
「うん。
だから、僕に任せて」
「あ!」
「どうした?」
「お洋服が...ないかも...です。
靴もありません」
流血でTシャツは汚れている。
スニーカーも現場で落としてきたのか、片方が行方不明だった。
「適当に見繕って持ってくるよ。
ほら。
民ちゃんは僕と住んでるんだよ」
「そうでした...ね、そう言えば」
「なんでもいいよね?」
「服は何でもいいです。
クローゼットの引き出しの一番上にあります」
「了解。
...ん?」
カーテンの向こうへ歩を進めかけたチャンミンの脚が止まった。
(引き出しの一番上?)
(しまったー!!!)
チャンミンは振り返る。
民は両手で口を覆っている。
「!!」
「!!!」
ふっと枕元灯が消え、足元の常夜灯だけになった。
互いの表情が見えなくなる。
「消灯時間ですよ」
先ほどの看護師がまた顔を出し、チャンミンの背後に回って退室させようとした。
「すみません」
チャンミンはぺこぺこと頭を下げる合間に、民の方を何度も振り返った。
(民ちゃん!)
(チャンミンさん!)
(恥ずかしー!!
僕らは今まで、何をやってたんだ?)
(恥ずかしー!
チャンミンさんの顔をもう見られない)
(つづく)
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