~チャンミン16歳~
キャミソールを頭からかぶるMの背中に、話しかけた。
「Mちゃんはどうして僕とヤルの?
義兄さんのことが好きなんだろ?」
Mは僕の問いにすぐには答えず、長い髪をひとつにまとめると、TVの電源を入れた。
隣の居酒屋から漏れる騒々しい笑い声が、バラエティ番組から流れるけたたましい笑い声でかき消えた。
ビニールクロスの壁にセロハンテープで留めた、名前の分からない名画のポストカードや、窓際に立てかけた何枚ものパネルボード...Mは芸大生なのだ。
かつて行った義兄さんのマンションや、大型の作品に溢れた義兄さんのアトリエを思うと、今自分がいる場所が子供ったらしくて、哀しくなってきた。
義兄さんとエロいキスを交わしたのに、ますます手が届かない存在に遠のいた。
「だってチャンミン、下手なんだもん」
「下手...って」
「じゃあどうして、僕とヤるんだよ?」
「怒った?」
「...ううん...」
はっきり指摘するMに腹は立たなかったし、「下手」と言われてショックも受けなかった。
「チャンミンはきっと...向いていないんだよ」
「向いていないって...セックスに向き不向きがあるの?」
「あるよ。
チャンミンは向いてない。
だから、何回ヤッても下手くそなまま」
『向いていない』の意味が分からずあやふやな顔をしていたら、Mは話題を変えた。
「今付き合ってる人...45歳の人なんだけど」
「不倫?」
Mと初めてヤッた時は確か、別れたばかりと言っていたから、新しい彼氏のことかな、それとも2股、3股目の人のことかな、と思った。
「ううん」とMは首を振った。
「バツイチ。
お腹も出ているし、頭も薄くなりかけてるの」
中年男とピンク色の髪をした若くて可愛いMとの組み合わせを思い浮かべてみた。
「でもね、テクが凄いの」
「!」
「私みたいな若い子が、中年の俺とヤッてくれるなんて、って有難そうにしてるの。
そう思うと、自分がとても貴重なものに思えてくるの」
Mの言葉に、義兄さんに抱かれる自分を思い浮かべてみた。
綺麗な義兄さんだから、僕を抱いて有難がるなんてあり得ない。
「じゃあ、どうして僕と?
僕は下手くそなんだろう?」
Mはクスっと笑った。
「それはね、チャンミンが綺麗だから。
それから...年下の高校生と子とやるなんて...興奮する。
何度でもできるしね。
それに...ほっとけないし」
義兄さんへの恋心は、Mしか知らない。
僕の初恋ともいえるこの恋は、相手が男だという時点で内緒ごと。
誰にも言えないし、誰にも理解してもらえない。
義兄さんとつながりのあるMといれば、義兄さんを感じられる。
「ユノさんとのエッチ...気持ちがいいだろうなぁ...」
「えっ!」
Mの言葉に、絶句してしまう。
「あんなに綺麗な人だよ?
テクもすごそうだし...いいなぁ...」
そうだろうなぁ、と思った。
「チャンミンはユノさんとどんな感じ?
私が見るところ、ユノさんもその気があると思うんだなぁ。
好きって告白した?
それとも、キスくらいはした?」
「!?」
義兄さんとしたキスと、股間のしごき、胸先を吸われた記憶に浸っていたから、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「うそ...!
やっぱり、そうなんだぁ...」
嘘をつけない僕の反応に、Mは両手で口を覆って目を見開いている。
「えっと...」
今さらだけど、Mと僕はライバル同士なんだと気付いた。
僕の思いを読んだかのように、Mは肩をすくめてみせた。
「悔しいけどね。
でも、嫉妬の気持ちはないの」
「......」
「私ね、この前ユノさんにキスしたの」
「えっ!?」
驚いたけど、嫉妬の念は湧かなかった。
「ユノさんったら、全然驚かないの。
『おやおや』って感じ。
ユノさんみたいなカッコいい人にとって、若い女ってだけじゃ太刀打ちできないの。
だから、チャンミンが羨ましい」
僕の方に分があると、Mは言いたいらしい。
「チャンミンがユノさんとキスしたって聞いても嫉妬しないの。
不思議よねぇ。
チャンミンが男の子だからかなぁ...」
Mは僕の隣に、仰向けに寝転がった。
「いつか三人でできるといいね」
「はあ?」
耳を疑うようなMの発言に、僕は目を剥く。
「冗談よ。
チャンミンは挿れる側じゃないことは確かだから」
「それって...?」
ドキリ、とした。
「女二人に男一人は、つまんないもの。
片方の子が挿れられている時、私は暇でしょ」
「......」
「チャンミンが、エッチに向いていない、って『そういう意味』よ」
「......」
「私とヤッてても、気持ちはどっかにいっちゃってるでしょう?
図星、でしょ?」
「......」
「チャンミンも分かってるでしょう?
ユノさんと『そういう関係』になるってことは...そういうこと。
チャンミンは、ユノさんにヤラれる側なの。
それ以外は考えられない」
「でも...義兄さんは...。
僕は男だし...男となんて、変だろ?」
「...変じゃないよ」
「どうして?」
「さっきも言ったけど、チャンミンは綺麗なんだもん。
ユノさんがチャンミンとヤリたいと思ったとしても、驚かないなぁ。
チャンミンだって、ユノさんが男だから好き、っていうわけじゃないでしょ?
ユノさんって美人過ぎるんだもん。
女でも男でも、ユノさんを好きになると思うよ。
あ、この『好き』は恋愛感情のことね。
だから、チャンミンが羨ましい...」
僕が半年近く、ぐちゃぐちゃと思い悩んでいたことを、まとめあげたMを見直した。
単純なことだったんだ。
「...義兄さんは、僕とはイヤみたいなんだ」
ずっと僕の胸をシクシクさせてきたことを、Mに暴露した。
「イヤだって、はっきり言われたの?」
僕は首を横に振った。
「もし私が、ユノさんとそういう関係になったらどう思う?」
「...え?」
「挿れる場所が違うから、チャンミンがヤキモチ妬く必要はないからね」
「......」
「チャンミン、急がないと!
これもさっき言ったことだけど、ユノさんを好きになる人はいっぱいいるハズ。
奥さんがいるとかいないとか、関係ないのよ。
ユノさん、盗られちゃうよ」
Mの眼差しは真剣だった。
(つづく)
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