(43)虹色★病棟

 

 

ユノに脱がされたパンティはベッドの足元にくるん、と丸まっていた。

 

ぺとりと濡れて張り付いた前が、気持ちが悪かった。

 

「悪かった」

 

「慌てなくていいから...。

初めてだったし」

 

ユノの潔癖症について触れるわけにはいかず、これ以上ユノにかける言葉が見つからなくて、もじもじ俯いていた。

 

ユノも立てた膝に額をつけて俯いて、「すまない」を繰り返していた。

 

マットに落とされた指が震えていた。

 

(そうか...!)

 

手を拭いたいのを、僕を気遣って我慢しているんだ。

 

僕は室内温室を出て、除菌シートを取って引き返した。

 

外の空気が清々しく感じたのは、室内温室の中は僕らの体臭が充満していたせいだろう。

 

出入り口のビニールをめくった時、静かだった空気清浄機が赤いランプを灯して稼働し始めた。

 

その作動音を聞かせたくなくて、ビニールカーテンをすぐに閉めた。

 

「ユノ、拭いた方がいいよ?

シャワーは朝にならないと使えないから...」

 

ユノの手を取って、除菌シート3枚で包み込んだ。

 

「...いや、俺のことはいいんだ」

 

ユノは僕を手首をとって、脇へと除けた。

 

「チャンミンこそ、洗った方がいい」

 

以前、ユノが言っていたように、彼は誰かを汚してしまうことを恐れている。

 

体毛、垢、皮脂、体液...そして匂い。

 

他人のそれらが自身に付着すること以上に、自身のそれらが他人に付着してしまうことを恐れている。

 

ユノの潔癖について調べてみたいと思っても、LOSTには情報を得る手段がない。

 

書籍を取り寄せてもいいけれど、ユノに関心を持っていることを施設側にバレてしまう。

 

僕にできることは、ユノが嫌がることはしないこと。

 

ユノと少しでも長く側にいられる方法を考えることだ。

 

「そろそろ寝ようか?」

 

「う、うん。

見回りもくるだろうから」

 

僕もユノも、場が白けてしまったことを気付かないフリをしている。

 

今この時、見回りのスタッフが来てくれるといい、と僕は願った。

 

ユノの部屋にいたらいけない僕は、ユノの胸にくるまれて隠れるのだ。

 

ユノのドキドキいう鼓動を聞きながら、異常なしを確認し、スタッフが立ち去るのを待つ。

 

ドアが閉まる音に、僕らは「危なかった~」と顔を見合わせて笑うのだ。

 

 

 

「誰だろう...?」

 

廊下の床へと給湯室の光が漏れていて、僕は足を忍ばせた。

 

「...ユノ?」

 

半裸になったユノが、タオルで二の腕を拭いていた。

 

石鹸をよく泡立て、爪ブラシで指先を擦っていた。

 

僕は泣いてしまった。

 

僕とユノとの距離を思い知らされた。

 

 

 

目覚めた時、そのシーンが夢だったと分かった。

 

耳の穴の溝に、冷たくなった涙が溜まっていた。

 

「...よかった」

 

目にしたくないと恐れるがあまり、そのシーンがそのまま夢に登場したらしい。

 

夢うつつで目にした現実だった可能性もあるけれど、それは無いと信じたい。

 

キスもしたし、全身で最も汚いところに指を入れて、内部を荒したんだ。

 

全身の中で最もデリケートなところを、僕にゆだねたんだ。

 

弾力と味、形状と匂いを思い出した。

 

あれはリアルだ。

 

 

椅子の背もたれに引っかけたワンピースは、しわだらけだった。

 

裾に付着した精液の汚れをもみ洗いしないと...。

 

胸の真ん中がギリギリ痛み始めていた。

 

小箱の中身が外に出せと足を踏み鳴らして、ガタガタと蝶番を揺らしていた。

 

ユノが用意してくれた鍵...銀色に光る錆一つないが守ってくれているから、任せて大丈夫だ。

 

全身が重くだるい。

 

ユノの指でもたらされ快楽に溺れた結果、僕は全身虚脱状態だった。

 

時間がない焦りと、慌てず慎重に進めていきたい思いの狭間に僕はいる。

 

手放しに楽しめないとは、僕らの関係をいう。

 

僕の元から去っていった婚約者も、浮気相手と心から楽しめなかっただろうな。

 

僕とユノは浮気をしているわけじゃないけどさ、LOSTという場所がいけないだけだ。

 

ユノは度合い強めの潔癖症で、僕は僕で変わったところがある。

 

共通点は、喪失の悲しみを抱えていること、そこから抜け出したいこと...そして、思いがけず新しい恋を得てしまったこと。

 

...眠くて仕方がない。

 

朝食の時間まであと2時間ある...半分だけ覚醒していた意識は霞の中へと沈んでいった。

 

 

(つづく)

 

 

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