私はBLをこよなく愛する腐男子で、尾絵留男子高等学校の教師をしている。
右を見ても男子、振り返っても男子、教室は男子臭でむせかえり、教壇で男子たちの視線を一斉に浴びる。
つまり、最高の環境に身を置いている私の腐脳がどうなっているかは、ご想像の通り。
ここでは私は単なる語り手に過ぎない。
繰り広げられた事柄は私の想像なのか現実に起こったことなのか...どちらなのかの判断はお任せする。
・
4月、新学期。
今期はどんな獲物が揃っているのか、胸を高まらせ教室のドアをガラリと開ける。
ざわつきがぴたり、と止んだ。
心の中で、「よかよか。初々しくてよろしい」とほくそ笑んだ。
なぜなら、教師に対して礼儀を見せていられるのも今のうちで、夏までにはぐずぐずになるのだ。
...そして、この中で何組のカップルができるのやら(もちろん、私の想像の中で)
教壇に立ち、教室内をぐるりと見回した。
ざっと見た感じぼちぼち、とても主役を張れそうにない問題外も何人か...。
「私は〇〇。
生物を教えている」と自己紹介をした。
まずは名前と顔を一致させようか。
(ターゲットになりそうな奴の目星をつけようではないか。
妄想には名前が必要だ)
「一人ずつ自己紹介をしてくれるか?」
人前で名乗る気恥ずかしさ、自己アピし甲斐のある女子はひとりもいない。
安心しろ、諸君。
男子ばかりのこの世界でも恋愛は完結することを、早いうちに知るだろう(※ただし、私の妄想の中で)
新学期でもあり、あからさまに不満の表情を見せる者はいない...1名を除いて。
「...ちっ」
舌打ちの出所は、廊下側、後ろから1列前の席にいた生徒だった。
髪を後ろに撫でつけ(中途半端な容姿の者がしたらいけないヘアスタイルだ)、ブレザーは羽織っただけ、第二ボタンまで開いたシャツ、ネクタイもぞんざいに絞められている。
後ろに引いた椅子に浅く腰掛け、だるくて仕方がないと訴えたいのか、背もたれにぐたりともたれかかっている。
椅子の高さと膝下との差から、推定身長180センチ以上、色白、古典絵巻風顔立ち、切れ長eyes。
ターゲットNO.1、捕獲。
紺のブレザー、グレーのスラックスの集団の中で、彼の周囲だけにキラキラ星が瞬いていた。
私は名簿に目を落とし、席順に並ぶ生徒名の中から彼の名を探し出した。
「君は...ユノ君?」
こくん、と頷くユノ氏。
かったるそうに見せて、素直なところがあるじゃないか、可愛い可愛い。
大学生じゃとうが立っている、やはり高校生じゃないと!(エロ心を実践に移し始める頃だから)
「ユノ君は自己紹介しなくてよろしい。
今のやりとりが自己紹介になっているから」
私の言葉に、ユノ氏の頬はさっと赤くなり、それを悟られまいと顔を背けた。
所詮君は子供だ、教壇に立って10年の私を舐めるでないぞ。
ユノ氏はおそらく、授業中に居眠りをし、ゲームをし、提出物は紛失するタイプだ。
となると、ユノ氏の前、もしくは隣の席の生徒はとばっちりを受ける羽目になるだろうな、と目を向けると。
ターゲットNO.2捕獲!
ブレザー、ネクタイにシワ・ゆがみ無し、遊び心のないヘアスタイル、背筋はしゃんと伸びている。
机の上には筆記具とノート(何をメモるんだ?)
これで眼鏡をかけていれば完璧だったのに...惜しい。
この生真面目君には、華麗なる生徒会長、学級委員長タイプのような華やかさはない。
クラスの真ん中あたりに位置する、大人しめ、そこそこの成績、校則を破るなんてもってのほか、辞書や体操着は授業がある度持ち帰るタイプだ。
生徒たちの自己紹介は順調に進んでゆき、生真面目君のところまで回ってきた。
「...チャンミンと言います。
よろしくお願いします」
ターゲットに値する条件はただひとつ、イケメンであること。
イケメン×イケメンは王道で、イケメン×イケてないも有り。
(厳しいようだが、イケてない×イケてないVersionは、滅多に取り扱わない)
チャンミン氏は合格だ。
隣席のユノ氏は、ぺこりと頭を下げるチャンミン氏を横目で見上げていた。
その目は先ほどの気だるさは無くなって、瞳色濃くハッとしたものに変化していた。
自己紹介を終えたチャンミン氏は、安堵の感情を共有したくてなのか隣を振り向き、肩をすくめて舌をちろりと出した。
今、二人の間で恋が生まれたぞ!
絶対にそうだ!
ちょい悪男子と生真面目男子...いい!
すごくいい!
・
「おい」
チャンミン氏の行く手は、壁に付いた片腕で阻まれた。
「!」
休み時間、生物化学室へ移動する途中のことで、腕の持ち主はユノ氏だった。
いわゆる壁ドンだった。
「ぼ、僕に構わないでください!」
ユノ氏の腕から逃れようとチャンミン氏は脇にずれたが、ユノ氏もその動きについてくる。
反対側にずれても同様。
「いい加減にしてください!」
「構うさ。
お前、俺のことずっと無視してるだろ?」
「だって...あんなことっ、あんなことされて、普通でいられないでしょう?」
新学期から一週間後、ユノ氏とした『あんなこと』を思い出し、チャンミン氏の身体は熱く火照った。
ユノ氏はくくくっと笑った。
そして、チャンミン氏の耳元で囁いた。
「授業...サボろうぜ?」
ほんのりと付けたコロンの香りがチャンミン氏の鼻を、ミントの香りの吐息が耳をくすぐった。
「んんっ!」
チャンミン氏の首筋に鳥肌だったのを、ユノ氏は見逃さなかった。
「サボるなんてっ...ダメです。
二人揃って姿を消していたら、変に思われます」
生物の教科書を胸に抱き、チャンミン氏は首をいやいやするように振った。
「変に思うって...?
うちの担任は俺らのサボりを歓迎してると思うけど?」
ユノ氏はチャンミン氏の手を取ると、トイレへと引っ張っていった。
「どういう...意味ですか?」
「さあね」
拒絶の言葉を繰り返しながらも、完全に拒否できないチャンミン氏だった。
この後に待つ、スリルと隣り合わせの快感を思うと下半身が震えるのだった。
・
ユノ氏にバレてるようだな...おかしいな。
新学期1週間で深い仲になってしまうのは、早過ぎだったかもしれない。
どっちがそっちにするか、そろそろ決めないと。
王道をゆくなら、イケイケな方がウケになる設定になり、チャンミン氏が攻めだ。
しかし私は、彼らの雰囲気を優先したい。
イケやんちゃなユノ氏が攻めに決定だ。
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