二人の行為は激しく濃密だった。
ベッドのスプリングが馬鹿になってしまうくらいの荒々しさだった。
一般的に交際期間が長くなればマンネリに陥りがちで、恋人を見ても触れても、性欲自体が湧いてこないカップルもいるだろう。
ところが二人にとって、マンネリや性欲減退など無縁だった。
身体の相性が抜群に良く、深く愛しあっており、浮気をしたことなど一度もなかった。
ベッドにもつれ転がると、一刻も早く繋がりたくて欲情ばかり先走る。
10日ぶりだ。
ユノは前をチャンミンは後ろだけをぺろんと出した。
拡げる必要ないほど柔らかくほぐれたチャンミンのそこに、ユノはにたり、と笑う。
そして、ベッドに両手をついて待機するチャンミンに尋ねるのだ。
「俺がいない間毎日やってたのか?
ここに来る前に用意してきたのか?」
「その両方だよ!
どうせユノだって、自分でしてたくせに」
「まあな。
チャンミンにどエロいことさせて、抜いてたよ」
「僕だって!
...うっぷ!」
ずん、と突かれて、チャンミンは口を押さえた。
先ほど食べた焼うどんが、口から飛び出しそうだったのだ。
「ぼ、僕だっ...って...凄かったん...だっ、からっ!」
ユノはチャンミンを表に裏にとひっくり返して攻め立てる。
ギブアップしてたまるかと、チャンミンは歯を食いしばって失神しそうになるのを堪えた。
負けず嫌いのチャンミンを前にして、ユノの悪戯心は煽られる。
チャンミンを焦らそうと、ユノは腰をぴたりと停めた。
「やめちゃうの?」
後ろから繋がるユノを振り返り、ピストンを乞うチャンミンの可愛らしさに、胸がつまる。
チャンミンはとうとう強がるのをやめ、快楽に身を任せた。
ユノもチャンミンを試す余裕が無くなって、昇天を目指して律動運動を再開した。
・
「はあはあはあはあ...」
「...凄かった」
「うん、凄かった」
「やっぱ、チャンミン最高」
「ユノのも最高」
その後、二人は息が整うまで全裸のまま寝転がっていた。
設定温度20度にしたエアコンのおかげで、汗はひいていった。
肌寒くなった二人は仲良くシーツの中にもぐりこんだ。
「素肌ってあったかくて気持ちいいね~」と、チャンミンの頬はつやつやで、幸せいっぱいだ。
しっとりと濡れたユノの前髪が額にはらりと落ちて、とても色っぽい。
チャンミンの首筋には、ユノが吸い付いた痕がいくつも散っていて、ユノの肩には、チャンミンが噛みついた歯型があった。
「...考えてみたんだけど...」
ふいにユノは話し出した。
「やっぱ、俺の方が悪かったかも」
「へ?」
チャンミンは身を起こすと、肘枕をしてユノを見下ろした。
「最初にさ、誤解を生むようなことしたのは俺だったじゃん?」
「まあ...そうかもしれないけど...。
嫉妬深い僕の方が悪かったんだ」
「嫉妬深いのはいつものことじゃん。
それなのに、逆ギレしちゃった俺がやっぱり悪いんだ」
「もうさ、おあいこでいいんじゃないの?」
「うん、そういうことにしよう」
ユノはにっこり笑った。
「ニ段構えの喧嘩はきつかったね~」
「ホントだよ~。
特に一回目のは、アホらしい」
・
10日前、喧嘩第一弾が起こった。
発端は女子が絡んでいる。
その女子とは、ユノが勤めている居酒屋にやって来たグループ客のひとりだ。
酔いつぶれてしまった彼女は、閉店時間になってもテーブルに伏せたままで、店を出ようとしない。
グループのメンバーたちは、彼女を残して帰ってしまったのだ。
なんて薄情な奴らなんだと、店のスタッフたちは呆れ、施錠して帰宅したいのに目覚めない彼女に困り果てていた。
後になってスタッフたちは、
「あれはユノさんを狙った作戦ですよ。
メンバーはグルです。
わざとあの子を残していったんです。
彼女に頼まれたのかもしれません」と推理してみせた。
以前からユノに絡んでくる客だったから、「そうだろうな」と、ユノは思った。
店長は公休日で、この日はユノが責任者。
必然的に、彼女の面倒はユノがみるしかない。
終電はとっくに行ってしまった。
店の前でいつまでもいるわけにはいかない。
とりあえず、最寄り駅まで移動した。
「さて、どうしたらよいものか」
ユノは頭を抱えた。
この時、スッと半眼になったチャンミンが、氷の視線を送る光景がユノの頭に浮かんでいた。
彼女の肩に手を置くことがはばかれて、肩を揺するユノの手は遠慮がちになり、当然彼女は眠ったままだ。
業を煮やしたユノは、彼女のバッグを漁らせてもらい、財布も開けさせてもらい、免許証を確認させてもらった。
捕まえたタクシーに彼女を押し込め、ドライバーに住所を伝えてドアを閉めた。
ところが、タイミングが悪いことが起こった。
気紛れに、駅までユノを迎えにきたチャンミンに、一連の出来事を目撃されてしまったのだ。
彼女の身体を支えて、駅に向かって来るあたりからだ。
ユノがその女子と一緒にいる事情をチャンミンは知らないため、あれこれと誤解してしまった。
ユノはその場で事情を説明し、チャンミンは一旦は納得した風だったが、実は納得など全くしておらず、怒りの炎を揺らめかせていたのだ。
道中ひと言も口をきかず、むすりと膨れているチャンミンを、ユノは持て余していた。
そこでユノは、チャンミンを強引に押し倒した。
二人にとって、ご機嫌とりだったり、仲直りの儀式はアレすることだ。
下になったチャンミンも、「仕方がない」とユノに身をまかせようとしたのだが...。
あれっぽちのことで、腹を立てるチャンミンの狭量さに、ユノの心の奥底に怒りの火種がくすぶっていた。
情熱的でロマンティックなアレにしたかったのに、相手を屈服させようとしたものとなり、いつしか取っ組み合いのようになっていた。
「このっ!」
性欲は徐々に失われてゆき、気付けば萎えていた。
チャンミンの嫉妬深さを責める代わりに、ユノが言い放ったのがこうだ。
「俺じゃ勃たねぇのかよ!」
「ユノこそ勃ってないじゃんか!」
「その気にならないんだよ!」
「ふ~ん。
じゃあ、僕以外だったら勃つのかよ!」
「かもね。
カリカリカリカリ怒りっぽいチャンミンを見て、勃つかよ」
「うーーー」
ここでチャンミンは、ユノにダメージを与える台詞を吐いたのだ。
「僕だって浮気してやる!」
「はぁぁぁ?」
怒りとはエネルギーを消費するから、無関心な人物相手にここまでの暴言は吐けない。
ユノはこの手のチャンミンの台詞に慣れていた。
ユノのキャラクターは大らかで真っ直ぐ、チャンミンはやや神経質で天邪鬼だった。
チャンミンの一筋縄ではいかない小難しい性格によって、悪態も本心の真逆を突いている場合が多いのだ。
それから、ユノのことを信頼しきっているから、『浮気してやる』だの『別れてやる』だの、禁忌の言葉を吐けるのだ。
ところが、この日のユノは勃たなかった情けなさから、いつものように寛大でいられなかった。
「おー、そうかそうか。
浮気すればいいさ。
浮気しようにも、相手なんていないくせに。
ははは!」
むぅっとしたチャンミンの眉間にシワが寄り、顔が紅潮した。
「うるさいうるさい!
売りを買うなり、ハッテンに行くなりしてやる!」
そう叫んでチャンミンは、ユノと同棲する部屋を飛び出していってしまった。
「チャンミン!」
...このように、喧嘩第一弾は、やりとりは激しいものの、きっかけ自体はこのように大したことのない内容だった。
チャンミンは5日間帰ってこなかった。
ユノもチャンミンに電話を一切かけず、探さなかった。
このことが、喧嘩第2弾の発端となってしまったのだ。
(つづく)