ユノとまるちゃんはレンタルDVD店にいた。
二人は一番くじで獲得した賞品を両手に下げている。
外に停めたユノの自転車に置いておけないからだ。
ここはまさしく、ユノが恋に落ちた場所だ。
商品受け取りに手間取っているようで(新人スタッフが届いているはずの予約品を見つけられずにいる)、その間ユノは店内をぶらつくことにした。
「せんせにばったり会っちゃったりして...」と、淡い期待とともに。
深夜という時間帯もあり、店内は音と色の洪水なのに客はほとんどいない。
貸し切り状態だ。
(せんせが任侠コーナーにいたりして...萌える...居なかった。
アニメコーナー?...せんせってそんな感じ...居なかった。
アニマル系記録映画だったら...せんせ、疲れているんですね...居ないなぁ。
青春ドラマコーナー...これこそ“ボーイズラブ”ってやつっすね?
俺もボーイズラブものを観て勉強した方がいいのかなぁ...ここにも居ない)
店内を徘徊していたユノは、そろそろまるちゃんの用事は終わった頃だとレジカウンターの様子をうかがった。
まだ時間がかかりそうだった。
(スタッフが副店長を放送で呼び出したが、当人が行方不明。夜間は少人数体制で、新人スタッフが頼れるのは、副店長だけなのだ)
その時、自動ドアが開いた。
入店してきたのはTシャツとハーフパンツ姿のチャンミンだった。
(チャンミンせんせ!!!)
ユノの切れ長な眼はまん丸になった。
もの凄いスピードで、新作コーナーの棚の裏手に引っ込んだ。
(俺はなぜ、隠れた?)
会いたくて仕方がない人物が不意打ちに現れた時、実は心の準備が全くできていなかった現実。
チャンミンは手にとった新作映画のパッケージ裏を読んでいる。
二人を隔てているのは棚ひとつ。
ユノの心臓はドクドクと速い。
(話しかけようかな。
『せんせ、偶然っすね。
この辺に住んでるんすか?(知ってるけど)
何借りたんすか?
それ、俺も観たかったんすよね...えっ!?
いいんすか!?
じゃあ、せんせんちに行っちゃおうかなぁ...』
...な~んて)
ユノは息を整え、髪を整えた。
(よし!
声をかけよう!)
チャンミンの前に姿を現わそうと決心した時だった。
「お~い!
済んだぞ!」
(まるちゃん!!)
この声は、会計が終わりユノを探すまるちゃんのものだ(商品はカウンター下にあった)
まるちゃんという邪魔者はいるが挨拶だけはしようと、棚の陰から姿を現わしかけた時、ユノは気づく。
(せんせに見られたら困る!
誤解される!)
『誤解される』とは、一体何のことだろう。
まるちゃんは上下くたびれたスウェット姿だが、ユノ以上のイケメンだ。
(せんせは男が好きな男だ。
真夜中に寝巻みたいな恰好をした男といる俺!
まるちゃんを恋人だと勘違いする!
それは困る!!)
ユノは、両手に下げている手荷物のヲタク感についてはノーマークだった。
袋からフィギュアの箱が頭を出している。
一般的な感覚の者からすると、『キモイ』と引かれがちな恋愛攻略ゲームの幼顔・巨乳キャラだ。
まるちゃんとの付き合いが長いユノは、耐性がついていて抵抗感が全くなかったため、心配事はよそに向いたのだ。
実際にこれを目にして、チャンミンがどんな反応を示すのかは想像するしかない。
美少女フィギュアよりも、チャンミンと偶然出くわした喜びで、五感の全てを持っていかれたのでは?と想像できる。
新作コーナーはレジカウンターと同じ通路にある。
(チャンミンせんせに、まるちゃんと一緒にいるところを見られるわけにはいかない。
ここは退散するに限る)
ユノは新作コーナー裏の通路をダッシュした。
レジカウンター前でユノを探していたまるちゃんが、ふっと消えた。
ユノによってまるちゃんは、レジ真向いの棚裏へと引きずり込まれたのだ。
この時、新作コーナーにいたチャンミンは準新作コーナーへ移動したようで、目撃されずに済んだ。
「何だよ!?」
「帰るぞ」
ユノはまるちゃんを引っ張って、チャンミンがいるらしいエリアを避けるように、遠回りコースをとって出入口に向かった。
「おい、何だよ!?
どうしたんだよ、急に!?」
「しっ!」
「ユノ」と口にしかけたまるちゃんの口を覆った。
そして2人は、チャンミンに見つかることなく無事に店外へ出ることに成功した。
ユノは荷物を自転車の前カゴに入れ、両ハンドルに引っかけた。
「ずらかろうぜ」
「ずらかる!?
お前っ、何かパクったのか?」
「パクるかよ!
早く帰りたいだけさ。
早くグッズを見たいじゃん」
いつチャンミンが店から出てくるか知れない。
ユノはまるちゃんを急かした。
この場は早く立ち去るべきだ。
「珍しいことを言うなぁ。
分かったよ」
二人はまるちゃんのアパートへ向けて歩き出した。
「今回はついてたな。
A賞もB賞も押さえちゃったよ」
「押さえて当然。
あれだけ注ぎこんだんだ、捕れなかったら泣くよ」
「なあ。
まるちゃんって、誰かに告白したことってある?」
「は?」
ユノの質問は脈絡無視だ。
「どんな風に告白した?」
「それ、俺に訊くの?」
二次元ラブ、コミュ障なまるちゃんにすべき質問ではなかった。
「生身と経験がなくても、まるちゃんは恋愛の達人じゃん。
駆け引き上手だし、女子の気持ちにも詳しいじゃん」
ユノは決して、恋愛攻略ゲームをマスターしているまるちゃんをからかってはいない。
至極まじめに尋ねているのだ。
「誰かに告白する予定でもあるのか?
例の彼女にか?
そっか、あの子には興味がないんだったな。
他に好きなヤツがいるなんて、初耳だぞ」
「いや...俺じゃなくて、クラスにいるんだよ。
好きな子がいて告白したいんだけど、どうしたらいいか分かんないって、相談を受けたんだ」
自分のこととして相談できない照れが、ユノにはあった。
「そんなもの、自分の体験談をもとにアドバイスしてやればいいんじゃないの?」
「経験していないからアドバイスできないんだよ。
俺、誰かに告白したことなんてねぇもん」
「お前、告白されたことはあるもんな~」
「ああ」
ユノの恋は相手からのアプローチで始まるものがほとんどだった。
それプラス、「恋をすると胸が苦しくなる」などとチャンミンに語っていたが、その経験もなかった。
今の恋を除いて。
・
深夜の道路を走る車はない。
赤信号でも構わず横断しようとするまるちゃんは、スウェットの裾を後ろから引っ張られた。
「えっ、渡らないの?」
「赤信号だから駄目だ」
「あっそ。
自動車学校に通うと、交通ルールに敏感になるもんなんだな」
二人の男は、信号の赤ランプが緑に変わるのをじっと待った。
・
チャンミンが散歩のついでで寄ったレンタルショップ。
会計前に財布を忘れてきたことに気づき、レジスタッフに照れ笑いをして手ぶらで店を出た。
あの最悪な夜から2か月半が経っていた。
恋人抜きの夜に慣れてきた頃で、ようやく気持ちに余裕が出てきた。
今夜は気候もちょうどよく、ぶらぶらと散歩でもしようかと外出し、たまたまレンタルDVD店に寄ったのだ。
チャンミンはレンタルビデオ店前の交差点で、信号待ちの2人組に気づいた。
(あれ...?
今のユノだよね)
遠目ではっきりしないが、全身のシルエットに見覚えがあったし、白のパーカー、淡色のボトムスは、今日(日付が変わったから昨日)教習で着ていたファッションと同じだ。
チャンミンは一瞬迷った。
声をかけて振り返ってもらうには距離があることと、ユノが1人ではなかったことだ。
(友達...かな?)
ここでユノの心配は杞憂に終わった。
ユノは隣にいる同性イコール恋人と捉えてしまっていた。
相手がまるちゃんで助かった。
もしここで、ユノが女子(例えばQ)と一緒にいたりなんかしたら、チャンミンは諦めてしまっていたかもしれない。
それくらいチャンミンのユノに向ける想いは、センシティブなものだ。
信号が青になり、2人は横断歩道を渡り始めた。
このままでは見失ってしまうと、チャンミンは駆け出した。
(近づいて声をかけるべきか。
でも近づき過ぎたら気付かれてしまうし)
チャンミンは「どうしようどうしよう」と迷っているうちに、2人を尾行していた。
(つづく)
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