(24)チャンミンせんせ!

 

 

 

マンション訪問を終えたユノは喉の渇きを覚え、コンビニエンスストアに寄ることにした。

 

煌々と明るい店内に目をしょぼつかせ、店内奥のショーケースから炭酸ジュースをとった。

 

ユノは昼間の応急救護教習を思い出していた。

 

チャンミンを前にすると心拍数が上がり、ユノのハートは非常事態に陥る。

 

結果、噴出した恋のマグマが、想いに正直になった行動を起こしてしまって、チャンミンを困らせてしまうのだ。

 

例えば、「キス」という際どいワードを、教習時間中にしかも大勢の前で口にしてチャンミンをからかってしまった。

 

(せんせ、真っ赤になってて可愛かったけど、すごい慌ててた。

ごめんなさい、せんせ)

 

チャンミンと密室空間で二人きりになれる機会は、有限だ。

 

ユノは焦り出してきた。

 

この間のうちに、チャンミンとプライベートで会えるところまで進展したいから、スムーズに卒業するわけにはいけない。

 

だからと言って、わざと下手くそに見せているつもりはないけれど、教習への真剣度を下げているのは事実だった。

 

教習簿の記録を見る限り、ユノの習得度は遅れ気味になっており、狙わなくても補修教習の可能性が高かった。

 

嬉しがる自分に、ユノは反省した。

 

(せんせは一生懸命なのに、せんせと一緒にいる時間を増やしたくて、ズルしてるっぽいです。

ちょっとだけズルしてるけど、俺なりに頑張ってます。

せんせに振り向いてもらえるまで、俺は教習生でい続けなければならないのです。

そのためには補習代を稼がないと!)

 

窓際の雑誌コーナーを通り過ぎる際、ほんの興味本位で反対側の棚を覗いてみた。

 

「......」

 

(男とエッチをするってことは...こういうものが要るんだよな。

そう簡単にはいかないと聞いたことがある)

 

ユノはボトルのひとつを手に取って、裏面の説明書きに目を通してみた。

 

(これってユニセックス?

アソコ専用のものがあるのかな?

あとで調べてみよう)

 

ユノがそのボトルを棚に戻した時だ。

 

新しい客が入店してきて、その客とはチャンミンなわけでして...。

 

ユノを捕まえねばと走ってきたせいで、「はあはあはあ...」呼吸を乱している。

 

「?」

 

ユノは入店してきた客から、特別な気配を感じて入口の方を振り向いた。

 

(なんとーーー!?)

 

予想もしていなかったチャンミンの登場に、ユノの口はあんぐりと開いている。

 

チャンミンのTシャツ、ハーフパンツ、サンダルといったカジュアルファッションに、ユノはときめいた。

 

「...せんせ」

 

(俺は今、深夜過ぎのコンビニエンスストアで偶然、大好きな人とばったり鉢合わせている)

 

...と、ユノはワンテンポ遅れて、願ったりかなったりの状況であることを把握した。

 

「...ユノ、さん。

はあはあはあ」

 

チャンミンは額に浮かんだ汗を、手の甲で拭った。

 

汗で濡れた前髪に、ユノはさらにときめいた。

 

(せんせは男なのに、カッコいい姿にドキッとしちゃうなんて。

参りました)

 

「!!」

 

(はっ!)

 

ユノはここで、チャンミン宅の近くに居る説明が必要なことに気づく。

 

チャンミンのマンションを観測しに来たとは、絶対に口にできない。

 

いくら夢中になっているからと言っても、自宅を知られている状況がチャンミンを怯えさせてしまうこと位、ユノには分かっていた。

 

「せんせ。

ど、どうしたんすか?

こんな時間に?」

 

ユノは質問される前に、質問する作戦に出た。

 

「いや...それは、その」

 

チャンミンの方も、いい台詞を考えていたわけじゃないため、しどろもどろだった。

 

「お腹が空いて、夜食でも買おうと思って」

 

「せんせんちって、この辺ですか?(知ってるけど)

だって、恰好がラフなんで...」

 

「そう!

そう。

そうなんだよ、すぐそこ」

 

チャンミンはマンションの方を立てた親指で指した。

 

ユノを見かけて6階から駆け下りて、ここまで走って追いかけてきたとは言いづらい。

 

「俺は...友達んちが近くにあって、さっきまで遊んでたんです」

 

「そうなんだ」

 

ついさっきまで、ユノがマンションを見上げていたことに、チャンミンは触れなかった。

 

自身に好き好き光線を放ち続けたユノのことだ、何かしらの手段で知り得た可能性がある。

 

そうだとしても、悪い気は全然しなかったため、責める気はさらさらなかった。

 

ユノの嘘に騙されたふりをした。

 

チャンミンは適当に、ゼリー飲料とチョコレート菓子、雑誌をかごに入れた。

 

ビスケットを手に取ったチャンミンに、ユノは訊ねた。

 

「あれ?

せんせは犬を飼ってるんですか?」

 

「えっ!?」

 

適当に手に取った商品がペット用おやつであることに気づいた。

 

(パッケージが紛らわしいんだよ!)

 

チャンミンは教育する側だ、その威厳を保たないといけない。

 

ユノにカッコ悪い姿は見せられない。

 

商品棚に戻すわけにはいけない。

 

「えーっと、うん、そうなんだ」

 

「やっぱり?

せんせって、犬飼ってそう」

 

「そう?」

 

「そんなイメージあります。

日頃の疲れを可愛いワンコに癒してもらってる...そのワンコにせんせはデレデレなんです。

可愛い洋服とか着せて。

...みたいな?」

 

「そうかなぁ」

 

もし自分が犬を飼っていたら、きっとそうなんだろうな、とチャンミンは思った。

 

「お金払ってくるよ」

 

レジカウンターで会計をしようとした際、チャンミンは青ざめた。

 

(財布を忘れた!)

 

まさぐったポケットは、左右も後ろも空っぽだ。

 

ユノに追いつこうと、鍵だけを持って部屋を出てきたのだ。

 

自分一人だけだったら、「財布忘れました」で済むのだが、今は後ろにユノがいる。

 

「......」

 

固まってしまったチャンミンに、支払いを待つ店員はイライラを隠さない。

 

「会計、一緒にお願いします」

 

レジカウンターにペットボトルが2本、チャンミンの背後から現れた。

 

「せんぱ~い」

 

「へ...?」

 

「先輩に焼き肉を奢ってもらったんで、今日くらい俺が払いますって」

 

ユノはそう言って、二人分の会計を済ませてしまった。

 

店を出るとすぐ、チャンミンは頭を下げた。

 

「ありがとう。

助かったよ。

財布忘れてきて。

立て替えてくれた分、明日、必ず返すよ」

 

「返さなくていいです。

日頃のお礼ですから」

 

「いやっ、そういうわけにはいかないよ」

 

「あげたんですから、貰ってくださいよ」

 

「できません!」

 

「そんなに拒否されたら、俺...傷つきますよ」

 

しゅんと肩を落としたユノに、チャンミンは慌てた。

 

「ユノさんに奢ってもらうのが嫌なんじゃなくて、『教習生』から貰うわけにはいかないんです!」

 

自動車学校のルールでは、指導員と教習生間で金銭及び物品の授受は禁止されている。

 

「ふ~ん。

お金のやりとりは学校内でするわけにはいけませんね」

 

「え?」

 

「今夜みたいに、プライベートな時間ならいいでしょ?

例えば、このコンビニとか...」

 

ユノにしてみたら、勇気をふり絞った大赤面ものの台詞だった。

 

「俺...財布を忘れるお茶目なせんせ...好きですよ」

 

「...ユノさん」

 

ユノの言葉に、チャンミンは静止した。

 

突然、ユノは腕時計を見ると、「大変だ!」と叫んで飛び上がった。

 

「どうした!?」

 

「遅刻しそうっす。

この後、バイトがあるんですよ!」

 

「ごめん!

引き留めてしまった!」

 

「いや、全然。

じゃあ、おやすみなさい!」

 

ユノは自転車にまたがると、満面の笑みを見せた。

 

「せんせに会えて、嬉しかったです」

 

よほど急いでいるのだろう、ユノの自転車は間もなく通りの先に消えていった。

 

「僕も会えてよかった」と、チャンミンは心の中でつぶやいた。

 

ユノが買ったペットボトルは、チャンミンが下げた買い物袋の中に入ったままだった。

 

 

ユノを見送ったチャンミンは、店頭に立ち尽くしたままだった。

 

ユノが陳列棚に戻した商品が気になったのだ。

 

(あの辺りは確か...)

 

そこには、絆創膏や熱さましシートなど衛生用品がまとめられ、アレにまつわるものも販売されている。

 

(...まさか、ねぇ。

もしそうなら、あの女子と使うつもり?

そうだったとしたら、すごくい、や、だ!)

 

ここでチャンミンは、ふと想像してみるのだ。

 

ユノに抱かれる自分を。

 

(ごくり...)

 

ユノはスタイルが抜群にいい。

 

そうだからと、チャンミンは身体目当てでユノに注目していたわけでは決してない。

 

確かに初期の頃は、ユノの股間につい視線がいってしまっていたが、それは男の性だもの、仕方がないことだ。

 

気になる人が現れたら、その人と裸で抱き合いたい。

 

チャンミンはユノに対して、そう願うようになったのだった。

 

想いを伝える前からにして。

 

先にすることがあるでしょうに。

 

 

(つづく)

 

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