(26)チャンミンせんせ!

 

 

午後から降り出した雨の中、3時間にわたる高速教習(自動車専用道路走行実習)が行われた。

 

ユノとチャンミンが、コンビニエンスストアで遭遇した日の翌日にあたる。

(チャンミン宅を眺めに来たユノを見つけたチャンミンがユノを追いかけた日)

 

この教習では自動車専用道路(例えば高速道路)を、80㎞/時走行体験をする。

 

(第1走者は高速道路EC入口を通過し、約20Km先のサービスエリアまで走行する。

そこでバトンタッチした第2走者はしばらく走行し、一旦ECを出たあと、Uターンして再びECに入る。

先ほどの逆方面のサービスエリアで休憩したのち、バトンタッチした第3走者は、ECを出て学校まで走行する。

...このような流れで実施される。

ちょっとしたドライブ気分を味わえるため、人気の教習だ)

 

1台の教習車につき3名の教習生が乗車し、他の指導員担当の教習生が加わることがあるため、男女混合になってしまうことも多い。

 

ユノは当然、チャンミンが担当する日に予約を入れたのだが、他の参加者は彼のスケジュールに合わせたQと50代半ば男性(免許の取得し直し)だった。

 

予約次第ではマンツーマンになる場合もあるらしく、ユノは非常に残念がった。

 

当日の朝、予約表を確認したチャンミンは「よかった...」とつぶやいた。

 

前夜、財布を忘れるというこっぱずかしい姿を見せてしまっていたせいで、ユノと1対1になるのは気まずかったのだ。

 

(借りたお金を返さないといけないんだけどさ)

 

でも、わずかだけど残念がってもいたりして。

 

 

 

教習車は順調に走行していた。

 

Qは運転が上手かった。

 

チャンミンが指導すべきポイントは特に見当たらず、車内はとても静かだった。

 

ユノの隣に座った男性教習生は、無表情にフロントガラスを洗うワイパーを目で追っている(免許更新を忘れた自分を悔いている)

 

ユノは後部座席から、雨粒が教習車のボディを叩く音、追い越す車の水しぶきや轍に溜まった水をかき分ける音をBGMに、ムカムカイライラ...嫉妬の嵐だった。

 

湿度が高いせいで、車内が蒸してきた。

 

そこでQは「せんせぇ、エアコンいれてください」と頼んだ。

 

「気付かなくてごめん」

 

ユノは、頼んだというよりおねだりに近いQの口調よりも、自分に対するより断然優しい指導をするチャンミンに腹を立てていた.。

 

(俺の時は、ビシッと厳しいのにさ)

 

「緊張します~」とぶりっ子ぶるQに、「上手いですよ」と勇気づけるチャンミンせんせ。

 

(俺の時は、『僕も緊張します』って、俺の運転は信用ならぬといった風なのにさ)

 

イケメン先生に、ポッと頬を赤らめるQ。

 

もし、Qがユノ自身の彼女だったとしたら、目の前の光景にヤキモチを妬いていた。

(ユノの彼女Qを誘惑しようとする男チャンミンと、それがまんざらでもなさそうなQ...といった風に)

 

「肩に力が入ってますね。

リラックスしてください」

 

「はい」

 

(なんだよ...ドライブデートじゃないか)

 

イライラするユノの気持ちも分かるが、Qを責められない。

 

ずっと女性スパルタ先生に指導を受けてきたQが、イケメン指導員が隣に座り、優しく指導してもらえて、テンションが上がってしまったのだろう。

 

チャンミンの恋愛対象が同性だと分かってはいても、ユノは非常に面白くなかった。

 

(待てよ。

せんせは女性もいける“バイ”の可能性もある!

いつも野郎とばかり密室に閉じ込められてるから、久しぶりの女子に浮かれているんだ!

なんだかんだ言ってもせんせは男だ。

女子に惹かれてしまうものなのだ!)

 

ユノの妄想は悪い方悪い方へと落ちてゆき、教習中であることもすっかり忘れていた。

 

実は、Qがチャンミンに甘えた態度を見せたのは、ユノにヤキモチを妬かせたかったのだ。

 

そして、ユノはそのことに気づいていない。

 

チャンミンは後部座席からのユノの視線光線に、うなじをじゅうじゅう焼かれていた。

 

「......」

 

チャンミンは、ユノがヤキモチを妬いていることを分かっていた。

 

「!」

 

「!」

 

バックミラー越しにユノの視線とぶつかった。

 

その瞬間、バチっと火花が散った。

 

(ユノ...怒ってる?)

 

(当ったり前だ!)

 

 

 

2番走者の男性の番が終了し、一行はサービスエリアで15分の休憩をとることとなった。

 

「休憩しましょう。

15分後に出発します」

 

二人きりになりたいユノは、ぐずぐずと車内にとどまっていたが、

 

「ユノ、行こ!」

 

Qによって教習車から引きずり下ろされた。

 

Qに二の腕をとられたユノは、強引に売店へと連れていかれながら、助手席に残ったチャンミンを何度も振り返った。

 

「おい!

離せよ!」

 

「ソフトクリーム、食べよ」

 

「遊びに来てるんじゃないんだ!

雨なのに、アイス気分じゃない!」

 

ユノの表情はQに言いなりになって申し訳ないと言っているように、チャンミンの目に映っていた。

 

(ちょっと嬉しかったりして...)

 

「はあ...」

 

緊張で凝った首と肩を揉んだ。

 

(何やってんだろ、僕)

 

立て替えてもらったお金を返す口実と、2人きりになれる時間を、ユノなら作ってくれるだろうとチャンミンは期待していた。

 

二人きりは怖いけど、二人きりになりたい複雑な男心。

 

小銭程度のやりとりくらい、休憩時間に人に見られないよう、素早く行えば済むことだ。

 

「せんせ、ジュース飲みましょうよ」「連れションしましょうよ」ってな具合に、ユノなら誘ってくれそうだ。

 

でもチャンミンは、それでは物足りなかった。

 

プライベートに踏み込んだ2人きり...例えば、コンビニエンスストアで落ち合う約束をする...そんな計画をユノが立ててくれていたらいいなぁと、チャンミンは期待していた。

 

(2人きりになりたい...僕から動けばいいんだろうけど...)

 

ユノの電話番号は教習簿に載っているから、いくらでも彼に連絡を取ることは可能なのだ。

 

ただし、ルールを破れば...の話だが。

 

それをチャンミンができるかどうかだ。

 

 

30余年も生きてきていると、凡庸な生活を送ってうち、一片ひとひらと積み重ねられてゆく欲求不満。

 

恋愛への期待値が高いチャンミンだ。

 

欲求不満の行き先が恋愛になってしまってもおかしくない。

 

さらにチャンミンは、恋センサーの感度が高め。

 

チャンミンは恋愛相手(男である自分を好きになってくれる男)を見つけるのが難しいゲイということもあり、恋愛センサーの感度はより高まる。

 

ストレートの男を好きになってしまうことも多々ある。

 

さらに恋愛対象が男だと知られないよう、片想い相手に恋心を隠すことも大変うまい。

 

その結果、指導員だから、ユノは20歳だから、教習生だから、ここは職場だから...あれこれと言い訳して気持ちにセーブをかけようとした。

 

チャンミンが過去の恋愛で何度も経験したパターンだ...ゲイが「ノンケに」恋をする。

 

その逆パターンが今現在、既に成立している...「ノンケが」ゲイに恋をする。

 

いい加減くっ付いてもよさそうなのに、未だ実現していない。

 

ユノの周りでちらちらするQの存在が、2人の関係を進展しづらくさせている。

 

外野で見守る者がユノにできるアドバイスは、「早急にQとの関係をはっきりとさせましょう」だ。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]