チャンミンは横たわった男の髪を梳き、頬を撫ぜた。
男のまぶたは閉じたままだった。
チャンミンと男の年の頃は20代後半くらいか。
長く紫外線を浴びていない証拠に青白い肌色をしていた。
天を仰ぐと、天窓いっぱいに星空が広がっている。
この建物は天井高まで地面に埋まっており、天井は一面天窓になっている。
天窓は数年前まで鋼鉄のシャッターで覆われ、風雨や氷に炎、隕石から内部を守っていた。
つまり、この建物はシェルターだった。
じっと夜空に目をこらしていると、赤い恒星のような光が天空へ遠ざかり、消えていった。
宇宙船だ。
(みんな、行ってしまった)
チャンミンはシェルター内を見渡した。
卵型のカプセルが数十個並んでおり、そのほとんどの蓋は開いている。
ひとり、またひとりとカプセルは空になってゆき、チャンミンと眠ったままの男が、このシェルターに残された最後の2人だった。
「お風呂に入れてあげるね」
チャンミンは衣服を脱いだ。
そして、男を抱き上げると、お湯をみたしたバスタブに彼を横たえた。
この円形のバスタブは小さなプールほどもある大きさで、水深30センチと浅い。
さらに側面は底から縁まで傾斜がつけられており、眠ったままの男が沈んでしまうことはない。
チャンミンはバスタブに入ると、男の脇にひざまづいた。
チャンミンは男の手首をとると、ゆっくりと曲げ伸ばしを始めた。
次は足首と膝。
ふくらはぎとうなじを揉んだ。
心なしか、昨日よりも頬や指先のこわばりが緩んだような気がする。
男の身体が冷えないよう、お湯をすくっては彼の肩にかけた。
「気持ちいい?」
入浴剤を溶かしたお湯は43℃と高めに設定してある。
「いい香りでしょう?」
柔らかなスポンジで男の肌を優しくこすった。
男のまぶたが震えたような気がする。
チャンミンは手を止め、その後の変化を見逃さないよう、男の顔を凝視した。
「あ...!」
チャンミンははっきりと、男の唇の端が痙攣したのを認めた。
チャンミンは男に口付けた。
男の緩んだ唇の隙間に、舌をねじこんだ。
チャンミンは男の舌を吸った。
「あ...」
男の舌がチャンミンに応えたように思われた。
チャンミンは湯音をさらに1度上げた。
「熱い?
熱いでしょ?
でも、我慢してね。
僕は君を溶かさないといけないんだ」
チャンミンの真っ赤に染まった肌に対して、男の肌は白いままだった。
片手は男の首から下腹までゆるゆると撫ぜさすっていた。
チャンミンは男から唇を離すと、先ほどから手に触れるものの変化に目を見張った。
それは長さ17センチほどまでに育っている。
それの根元を掴んだ。
握った手の平と指の下で、それは脈々と熱い。
チャンミンの顔は、それへと吸い寄せられ、それはチャンミンの口の中に吸い寄せられた。
・
100年前。
彗星のひとつが軌道を離れたことで、間もなく隕石となって落下するという。
計算よりも10年早まった。
それは直径10㎞もあり、墜落後この星は100年にわたって塵の雲に覆われるだろう。
太陽の光は遮られ、気温は下がり、動植物は死に絶える。
宇宙船でここから逃れるには時遅し。
そこで人々は生き残るため、一縷の望みにかけた。
本来の10年後の来たるべき時に備えて、ある技術と装置を既に開発していた。
冷凍することで肉体を仮死状態にし、そこから生還する技術と、それを可能にするカプセル装置だった。
人々はカプセルに閉じこもった。
タイマーが切れるのは100年後...その頃には、外界の危機は去っているだろう。
このタイマーが切れると、カプセル内部が温まり始め、固く凍り付いていた肉体を解凍してゆく。
体温を取り戻すにつれ、止まっていた心臓は鼓動し始める。
カプセルから出た人々は、シェルター内に格納していた宇宙船に乗船し、新天地へ向けてこの星を脱出するのだ。
・
5年前、チャンミンは目覚めた。
他の仲間たちも続々と目覚め、この星をたっていった。
ところが男は目覚めなかった。
カプセルに不具合があったようだ。
チャンミンは、男が目覚めるのを待った。
毎日、男の眠るカプセルに入り、肌と肌を合わせて眠った。
毎日、男を風呂に入れ、身体を洗った。
栄養点滴の輸液パックが空になったり、導尿バッグがいっぱいになると新しいものと交換した。
毛布にくるみ、後ろ抱きにして、男に語りかけた。
100年前の思い出話と、目覚めてからのシェルター生活の日々を。
『もし、永遠に目覚めなかったらどうしよう...!』
強烈な恐怖感に押しつぶされそうになる時もあった。
でも、チャンミンは諦めなかった。
『必ず目覚める。
僕が目覚めさせてやる』
凍り付いていた男の身体は、徐々に解凍されていった。
その証拠に、男の髭が伸び始め、毎日髭をあたる必要が生じた。
こわばっていた関節の可動域も大きくなっていった。
『あと少し、あと少し』
男はチャンミンの恋人だった。
100年前も今現在も、チャンミンは男を深く愛していた。
そして今日...。
・
チャンミンの唾液がだらだらと根元へと滴り落ちた。
じゅるりと音をたててそれから口を離し、再び飲み込んだ。
先端をくすぐり、きつめに吸った。
皮を伸ばし、全ての襞と襞の間を清めた。
窪みと血管の凹凸具合を先でたどった。
それは反り返り、硬度を増していった。
「美味しっ...」
表面が十分に潤っていることを確かめると、チャンミンは男の腰をまたいだ。
しゃがんだことでバランスを崩さないよう、両手を男の両胸について上半身を支えた。
チャンミンのそこは常に用意ができている。
日々、男を想って慰めていたからだ。
腰を落としてゆく。
ゆっくりゆっくり。
根元までうずめていった。
チャンミンの喉から、深い歓喜の唸りが発せられた。
しばしそのまま静止し、中が満たされた感覚と感激を味わった。
ぐぐっと、それは膨張したようだった。
それから、上下運動を開始した。
「いいっ...」
弾ける快感に全身の毛穴が開き、ばっと汗が噴き出た。
腰をずらすとそれが当たる角度が変わる。
上下だけでなく、左右前後、反回転、チャンミンは味わいつくした。
男は横たわったままだ。
男の口がうっすらと開いているようだが、運動と愉悦にのめり込んでいるチャンミンは気づいていない。
バスタブのお湯がちゃぷちゃぷと、チャンミンの動きに合わせて水音を立てる。
『熱い...。
...固い』
チャンミンの太ももと膝に、いよいよ限界がきた。
「はあはあ...」
快楽を追求したいのに、背筋と腰が悲鳴をあげている。
チャンミンは息が整うまで、男の胸に伏せ身体を休めた。
と、その時。
チャンミンの身体が突き上げられた。
「ああっ!」
突然のことで、自分の身に起きたことに理解が追い付かない。
身体を滅茶苦茶に揺すられ、チャンミンは悲鳴をあげる。
激痛に感じられるほど、間断なく与えられる快感は凄まじい。
まるで暴れ馬にまたがっているかのようだった。
チャンミン自身の体重と、真下からの突き上げで、奥深くにそれが突き刺さり、息が止まりそうになる。
のけぞり喉仏をさらしたチャンミンは、後ろ手に男の膝をつかんだ。
チャンミンの腰を支える両手があった。
『この指...このぬくもり...昔のままだ』
チャンミンの身体は力いっぱい引き落とされた。
チャンミンもその動きに合わせて、膝を屈伸させる。
半身を起こし、こちらを見上げる1対の眼と目が合った。
「ユノ...。
おかえり」
「チャンミン。
お待たせ」
空っぽのカプセルが整然と並ぶ空間に、肌同士が打ちつけ合う音が響いている。
(おしまい)