チャンミンのプラン通りに帰路につくことにした。
数キロごとに設定した待ち合わせ場所...コンビニエンスストア...で、2人は合流する。
先に到着したチャンミンは、自転車のユノが到着するまで待った。
曇り空ならよかったのだが、強い日差しがユノの体力を奪っていった。
チャンミンは早々と車から降りて、道路の向こうに目をこらし、ユノの姿が現れるのを今か今かと待ち続けた。
その姿は、初めてのおつかいに出掛けた我が子を、自宅前で待ち構える親のようだった。
(来た!)
「せんせっ...はあはあ...お待たせです」
待ち合わせの回を重ねるごとに、ペダルを漕ぐユノの脚が緩慢になってきたのがよく分かる。
「お疲れです。
チョコレートで糖分補給しましょう」
「せんせぇ。
俺、アイスクリームの気分っす」
「今買ってきます!」
チャンミンは、マラソン選手の給水場になっていた。
ユノはチャンミンの車の中で、エアコンの冷たい風で熱い身体をクールダウンする。
その間、15分程とりとめのない会話を交わすのだ。
「せんせ、今のお気持ちは?」
「実感がないですね」
「それって、受かって当然って思ってた証拠っすよ。
『緊張する~』『僕、駄目かも~』って、不安なこと言ってたけど、内心自信があったんです。
だから俺が思うに、せんせが不安がったり、心配しまくるのは単なる趣味じゃないっすかね。
全部が全部、ホントの感情じゃないっていうのかなぁ...?
どう思います?」
「そう...なのかな」
チャンミンは、ユノの言うことが少しは理解できた。
(そうかもしれない。
僕はいたずらに、不安を育てることが得意過ぎる。
これがこの先、僕らの仲を壊す原因になるだろう。
これから、気をつけないと!)
「せんせ。
おめでとうございます。
俺なんて、あんなデカい車動かせないっすよ」
ユノはこれで何度目かのお祝いの言葉を口にした。
「どういたしまして」
実際終わってみると、この試験とは大して恐れるものではなかった。
そう。
チャンミンは、大型自動車教習指導員試験に合格していた。
滞りなくコースを走り終えた時点で、検定員は合格を告げてくれる。
(ここが、一般の者が受ける卒業検定と違う点だ)
・
日が沈むと、随分楽になった。
休憩時間を頻繁にとっていたため、2人が街に帰りついたのは21時過ぎになっていた。
2人はユノのアパート前にいた。
「ユノさんちはここなんですね」
チャンミンは、ベージュ色のモルタル塗りの2階建てのアパートを見上げた。
「いい感じのところですね。
ユノさんの部屋は?」
ユノは、「2階のあそこです」と指さすと、バルコニーで揺れる洗濯物を発見してしまった。
「しまった!
干しっぱなしだった!」
チャンミンは、「ユノさんらしいですね」と笑った。
「一昨日は着替えを取りに帰るのがやっとだったんすよ」
膨れたユノの表情が、隣のチャンミンを振り向いた時には真顔に変わっていた。
「ねえ、せんせ」
「はい」
「夢みたい...」
満面の笑顔になったユノにつられて、チャンミンも微笑んだ。
「そうですね」
「せんせとこんな風になれて。
マヂ、嬉しい...です」
「ユノさん...」
チャンミンは自転車のハンドルを握ったユノの手に、自身の手を重ねた。
「僕はユノさんのこと、真剣に考えています」
「知ってます」
ユノの答えに、チャンミンは目を丸くした。
「ふっ。
せんせの真似をしてみました」
チャンミンはユノから手を離せず、ユノはいつまでも手を離さないチャンミンを、ニヤニヤしながらからかった。
「名残惜しいのなら、俺んちに泊まります?」
「!」
「ジョークです。
今の俺、フラフラなんで、後日に回しましょう。
『そういうこと』はおいおいです。
ね?」
「じゃあ。
おやすみなさい」
「おやすみなさい」
踵を返す直前、チャンミンはユノの肩を引き寄せた。
ユノとチャンミンの頬はくっ付き合った。
ユノの頬は汗ばんでいて、その男らしい汗の匂いにチャンミンはクラクラした。
「学科試験は?」
「明後日です」
「会場まで僕が送ってゆきます」
「ええっ!
俺、子供じゃないっすよ」
「明日明後日は休日です」
「俺を甘やかしますなぁ」
チャンミンは頬と頬を離す瞬間、ユノの額に口づけた。
「チュッ」と音をたてた、可愛らしいキスだ。
「その夜に、ご飯を食べに行きましょう」
「はい」
2人は手を振り合い、チャンミンは愛車に乗り込んだ。
...と思わせて、チャンミンは車から降り、ユノの部屋の照明が点くまで見守った。
ストッパーが外れたチャンミンは、やっぱり溺愛タイプの男だった。
(つづく)