翌朝。
1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。
ミミの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。
そして、ミミとミミの後輩チャンミン(実は彼氏)。
早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。
弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。
朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。
母セイコはチャンミンのお代わりをよそっている。
「なんだかお祭りみたいですねー」
納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったチャンミンは、明るい声で言う。
「ふん、祭りは明日だよ」
ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。
「お前さんは、張り切りすぎなんだ。
うるさいったらありゃしない」
寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。
「ゲンタさん、ごめんなさい。
僕は、寝言やいびきがひどいんです。
チャンミンとは一緒に寝られないって、よく言われるんです。
ねー、ミミさん?」
チャンミンは隣のミミに同意を求める。
「ぶはっ」
コーヒーを飲んでいたミミは、吹き出す。
(この子のことだ。
うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。
...って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないの)
「やだなぁ、ミミさん、汚いですね」
ティッシュをとってミミの顔を拭こうとする。
「じ、自分でできるから!」
ミミはチャンミンの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。
「ミミさん、
それは雑巾ですよ」
「チャンミン、うるさい」
「ゆうべは僕がミミさんを寝かさなかったせいですね。
寝不足で頭が回ってないんですね」
「なっ!
別々に寝たじゃない!」
「結果的には別々でしたけどね。
仕方なく別々でしたけどね」
「!」
(チャンミンの馬鹿馬鹿!
意味深なことを言わないでよ!
やっぱり、昨夜のことを根に持ってるわね)
テーブルの下のチャンミンの脚を蹴る。
「痛いです!
会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」
チャンミンは「後輩」に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって大きな口に放り込んだ。
「うるさいわね」
チャンミンがミミの脚を蹴った。
「痛いなぁ!」
ミミはムキになってチャンミンを蹴り返す。
『ミミさん!』
チャンミンはミミの耳元でささやく。
「何よ!」
『じゃれつかないでください。
“職場の後輩”設定でしたよね。
バレちゃいますよ』
「!」
ミミは周囲がしんとしていることに気づいた。
「え...っと...」
3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてミミとチャンミンを注目しているのだ。
「......」
突然、チャンミンは立ち上がった。
「えーっとですね、皆さん」
コホンと咳ばらいをした。
「ゆうべは、
僕の生まれたままの姿という...、
お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、
申し訳なかったです」
チャンミンは頭を下げる。
「気にすんな!
俺の方が立派だけどな、ハハハっ」
「お父さんったら」
はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。
(う...恥ずかしいです。
覚えていない分、恥ずかしいです)
「おじちゃん!」
「遊ぼ―」
食事を終えたケンタとソウタが、チャンミンの背中に飛びついた。
「は~や~く~!」
「おじちゃん、のろま~」
「ケンタ!ソウタ!」
兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。
「僕は”おじちゃん”じゃないよ」
チャンミンは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。
「”お兄さん”って呼ばないと、遊ばないよ」
「やだ~」
ソウタがチャンミンの首にかじりついた。
「仕方がないですね」
「ごちそうさまでした」と言ってチャンミンは席を立つと、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。
真っ赤な顔をしたミミは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。
(チャンミンの馬鹿!馬鹿!)
ミミさん、ごめんなさい。
ミミさんをからかうと楽しいです。
ちょっとやり過ぎましたかね?
いちいちムキになるミミさんが可愛いです。
確かに僕は、ミミさんと比べると若いですよ。
ミミさんが、年の差を気にしていることは、十分わかっていますよ。
僕がその壁を壊してあげますから。
でもね、僕も年の差を気にしてるんですよ。
年相応にみられない自分がコンプレックスなんですよ。
朝食後は、翌日の準備にとりかかるため、それぞれが持ち場に向かった。
からりとよく晴れ、機材をのせた軽トラックが走り回り、祭り旗を揚げる掛け声が遠くから聞こえる。
学校が休みの子供たちは、いつもと違う雰囲気に興奮を隠せず、まとわりついては大人たちの邪魔をしている。
ミミは母セイコと共に、宴会会場になる広間を掃除していた。
ふすまを外して、畳敷きの3部屋をつなげて広々とさせた。
縁側の雨戸も開け放ち、空気を入れかえた。
「ミミ」
座布団を干すため縁側に並べていたミミに、セイコが声をかけた。
その固い声に、ミミは「とうとうきたか」と気を引き締めた。
「そこに座りなさい」
正座をしたセイコの正面に、ミミも座る。
(何を言われるか、想像がつく!)
緊張のあまり、ミミの手の平はすでに汗ばんでいた。
「チャンミン君とは、どういう関係なの?」
(やっぱりお母さん、単刀直入にきたか)
「単なる『後輩』じゃないでしょ?」
「...うん」
ミミは観念して、あっさり認めることにした。
「お付き合いしてるんでしょ?」
「...うん」
「いつから?」
「4か月くらい前」
「彼はいくつなの?」
「いくつだっていいじゃない」
「彼といくつ年が違うの?」
「いくつだっていいじゃない」
「彼は、学生?」
「『後輩』だって言ったでしょ?
社会人してるって」
(まるで尋問みたい!
お母さんが引っかかってるのは、
私とチャンミンとの年齢差、それだけなんだ!)
予想はしていたが、やっぱりショックだった。
『職場の後輩』設定にしておかないと、セイコにつっこまれる要素を増やすだけになるので、実際のところはぼかしておくことにした。
チャンミンは、ミミの『元教習生』だ。
ミミが先生でチャンミンが生徒だった。
チャンミンが若すぎることに加えて、教え子に手を出したと誤解されてしまうと、頭の固いセイコの拒絶反応を煽ってしまう。
実際のところ、チャンミンと個人的な連絡を交わすようになったのは、チャンミンが卒業してから。
正式に交際するようになったのは、それからずっと後のことだ。
あと一歩のところで奥手な二人だったから、交際4か月になっても軽いキスを交わしただけの関係だ。
私の前では、気持ちをストレートに表現するチャンミンだけど、実は相当な照れ屋さんだ。
そして、人付き合いが得意ではない。
いきなり彼女の実家に連れてこられて、彼なりに緊張して、明るく人懐っこくふるまっているに違いない。
ごめんね、チャンミン。
「彼氏です」って紹介してあげられなくて。
チャンミンのことが恥ずかしかったわけじゃないの。
自分が恥ずかしかったの。
チャンミンと二人きりのときは全然意識していないのに、いざ第三者の目を意識すると、自分が恥ずかしくてたまらないの。
自分ってば、まだまだだね。
チャンミンの邪気のない澄んだ目に映る自分が、少しでも彼にふさわしい姿でいてあげたい。
チャンミンは賢いから、私が教えてあげられることは何もないよね。
少しでも若く、綺麗でいられるように努力するからね。
「いい年して、若い子に手を出して...」
セイコの言葉に、ミミの全身がカッと熱くなった。
一番言われたくない台詞だった。
「そんな言い方...ひどい!」
ミミはたまらず大声を出した。
「その通りでしょう?」
ミミの目に涙がふくらんできたのが分かる。
「若い子にのぼせて、
お母さんは、ミミに泣いてほしくないだけよ。
悪い言い方をして悪かったね。
お母さんはミミが心配なんだよ。
あんなことがあったでしょ?」
「......」
「チャンミン君は、知ってるの?」
ミミは首を振る。
「教えたらチャンミン君に逃げられると、思ってるの?」
「そんなんじゃないもん。
チャンミンは、そんな人じゃないもん」
しゃくりあげるミミをしばらく見つめていたセイコは、ミミの背中をなぜた。
「チャンミン君が、ちゃんとした人だってことは、ちゃんと分かってるよ。
少し心配だっただけよ。
お母さんの言い方が悪かったね」
セイコは立ち上がると、首にかけていたタオルでミミの涙をぬぐった。
「さあさあ、10時のお茶にしようかね。
皆を呼んでおいで」
(つづく)
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