~チャンミン~
「はいはーい。
ユノさん!
もうすぐ帰りますよー。
今、向かってますよー。
何か買って帰りましょうか?
え?
え!?
今からですか?
もう23時ですよぉ。
明日は休みですけど。
うーん、いいですよ。
え?
どこにいるんですか?
え?
その説明じゃ、分かりません。
駅の裏ですか...。
裏ってどっちの裏です?
北口がどっち側なのかが、既に分かんないんですよ。
待ってくださいよー、今地図を見てますから。
おー、分かりました。
デパートがある反対側ですね。
今から向かいますね。
うーん...どうやってそっちへ行けばいいんですか?
地下道?
その地下道がどこにあるのか分からないんですよ...あっ!
線路の下のところですね...。
ありました...薄気味悪いんですけど。
大丈夫ですか、ここ?
暗いです。
カツアゲとかされませんよね...。
ストップ?
ここで?
こんな不気味なところで待つんですか。
嫌です。
駅に戻っていいですか?
早く来てくださいよ。
ユノさん、走ってるんですか。
はい、急いでくださいね。
あ!
ユノさん、発見しました~!
ここです!
ユノさん!」
仕事帰りだった僕は、夏らしく涼し気な水色ストライプのワンピースを着ていた。
「チャンミンちゃん!」
地下道から現れたのは、黒い部屋着にビーチサンダル姿のユノさんだった。
ユノさんは駆け寄ってくると、力強く僕の二の腕にしがみついたのだ。
「!!」
ユノさんはさらに、僕の肩に額をつけ、大きくため息をついた。
その息はアルコール臭い。
「ユノさん。
酔っぱらってますね」
「チャンミンちゃん...」
「お酒臭いですよ」
「......」
「もう遅いですから、お家に帰りましょうよ、ね?」
「帰りたくない」
「へ?」
「帰りたくない」
ユノさんは僕の肩に額を押しつけたままつぶやいた。
「ユノさん...」
「今夜は、家に帰りたくない」
「リアさんと何かあったのですか?」
ユノさんは頷いた。
「そうですか」
察した僕は、肩の上のユノさんの頭に手をおいた。
ユノさんの洗い髪が僕の頬をかすった。
かいた汗までアルコールの臭いがする。
僕にとってのユノさんは、大人で余裕がある頼もしい人だったから、僕の肩にすがる彼の行動にとまどってもいた。
「喧嘩はつらいですね。ユノさんもリアさんも辛いですね。
そうですか、『帰りたくない』ですか...」
僕はよしよし、とユノさんの後頭部を撫ぜた。
「朝まで飲みますか?
でも、あいにく僕はお酒が強くないんですよ。
知ってますよね?」
僕の肩に伏せたままのユノさんは、身動きしない。
~ユノ~
「たっぷり飲んだみたいですね。
これ以上は、よくないですよ」
チャンミンは俺をあやすように繰り返した。
「帰りたくない」
俺は駄々をこねる。
「困りましたね...」
彼は周囲を見回していたが、
「いいこと思いつきましたよ」
と、俺の肩を叩いた。
「あそこ!
あそこにお泊りしましょう!」
「泊まる!?」
彼の言葉に目をむいた。
(チャチャチャチャチャンミンちゃん!?)
彼が指さす先に 俺はフリーズした。
深酔いした俺の頭でも、チャンミン発言が突拍子もないと認識できた。
「僕、こういうところに入ったことがなかったんですよね」
彼は自身の思いつきに満足そうで、声が弾んでいた。
「チャンミンちゃん...」
「後学のために、見学してみたいです。
さささ、ユノさん行きましょう」
彼は元気いっぱい歩き出した。
「そんなの、よくないよ。
チャンミンちゃん...駄目だよ」
「『よくない』って何ですか!?」
彼に引きずられまいと抵抗する俺。
「ユノさーん。
お家へ帰りたくないって駄々をこねたのは、あなたですよ」
「チャンミンちゃん、よりによって...。
男同士なのに」
「だから何だっていうんですか!
何を想像してたんですか?
ユノさんも、えっちですねぇ。
お泊りするだけです!」
「うっ...」
「そんなに嫌なら、お家に帰りましょうか?」
回れ右をして歩き出そうとする彼の腕を、俺は引っ張る。
「帰りたくない...」
「ほらね?
行きますよ!」
彼はふん、と鼻を鳴らすと、俺の肩に腕を回してずんずん歩き出した。
「全くユノさんときたら、甘えん坊さんですね!」
彼は俺の制止を無視して、ずんずん歩く。
馬鹿力だ。
(そうだった。
チャンミンは男だった)
俺は彼に引きずられるようにして、怪しくライトアップされたアーチの下をくぐったのである。
(つづく)