~チャンミン~
いつもみたいに「泥棒さんみたいです」とか「勃ってますよ」って、ユノさんをからかえない。
僕はコーヒーをちびちびと飲みながら、自分の感情を整理することにした。
その1.
昨夜、リアさんを介抱するユノさんを見て、この2人は恋人同士なんだ、って初めてリアルに実感した。
行為そのものを目にしたわけじゃないけれど、交際している男女の生々しさを目撃した、っていうのかな。
リアさんの扱いを慣れてる感じが、いろんなことを想像してしまって。
僕は親友の弟で、おうちに住まわせてもらっていて、ホテルにも泊まったし親近感を抱き合っていると思っている。
けれども、一緒に暮らしている恋人には、負ける。
その2.
その1にも通じること。
ユノさんとホテルに泊まった時、忠告の意味を込めてか僕を押し倒すフリをした。
ユノさんに耳の下のあたりをキスされて、くすぐったいのとは違う、初めての感覚に驚いた。
ぞわぞわっとしたけれど、嫌な感じじゃないんだ。
「ってな風に襲われるから」ってユノさんはすぐに身体を起こしてしまったけれど、僕はもうちょっとキスしてて欲しいなぁ、って思ってしまった。
ユノさんは、リアさんにいつもこんな風にキスするのかな?って想像してしまった。
昨夜、ユノさんがリアさんの頭を撫ぜているのを見て、その1とその2の感情が湧いてきたの。
「リアさんは?」
「まだ寝ている。
今日のチャンミンちゃんの予定は?」
「お休みなんです」
「そっか...。
悪いんだけど、リアは寝かせておいてくれないか?」
「はい」
悪くなんか、全然ないのに。
ここはユノさんとリアさんのおうちであって、僕は居候。
洗面所で「シャワーを浴びる時間はないな、仕方がない」と、ユノさんはぼやいている。
髪の毛がはねていることに気付くといいんだけれど。
不思議なことに、今朝はユノさんに近寄れなかった。
そして、ユノさんはリアさんと別れられないんじゃないかな、ってちらっと思った。
なんでだろうね。
~ユノ~
昨夜のリアには参った。
泣いたり、罵ったり、叩いたり、そして泣いたり。
彼女に酷い酔わせ方をさせたのは、俺が原因だ。
「私を捨てないで」
「別れたくない」
「ユノがいないと生きていけない」とまで。
プライドの高い彼女がそんな台詞を口にするなんてと、正直少しだけぐらりと揺れた。
でも、心を鬼にして首を横に振り続けた。
気持ちには添えないけれど、彼女の頭を抱きしめてやることが、今できる精いっぱいだ。
以前の俺だったら、「別れたくない」と泣いてすがりつく彼女の姿に、「愛されている」と勘違いをして情にほだされて、別れを撤回していたと思う。
しかし、今の俺は違う。
彼女のどこを好きになったんだろう、とじっくりと思い起こしてみた。
美しい顔とスタイルに惚れた。
何としてでも自分のモノにしたくて、追いかけた。
憧れに近い恋だった。
現実の生活を共にしてみたら、美しい蝶が舞うのを眺めているだけにはいかなくなる。
世話も必要だし、羽を休める休眠所を整えてやらなければならない。
その蝶は極めて気紛れなタイミングで俺を誘ったり、放置したり、野暮ったい俺を哂ったりした。
彼女の隣を歩くには、それなりのレベルでいる必要で、彼女の指示通りに身なりを整えた。
そんな過去の遺産みたいなものを、俺はチャンミンに貸し与えている。
田舎から出てきた飾りっ気のない彼を、俺の手で整えてやった。
メイド服以外はきちんとした洋服を持っていないようだったから。
彼は土台がいいから、シャツ1枚で一気に垢抜けてくれて、そんな彼を前に俺は気分がよかった。
俺が彼にしている行為は、リアが俺に教育していたことと同類じゃないか、と気付いた。
いや、違う。
彼はそのままで十分なんだ。
俺はただ、彼のことを放っとけないんだ。
彼のありとあらゆる表情を見てみたいから、あれこれ理由をつけて彼と関わろうとしている。
俺の言うこと成すことに、素直に反応する。
素直過ぎて怖いくらいだ。
彼を綺麗に磨けば磨くほど、俺の心が満たされていくんだ。
昨夜、彼の「大事な人です」の言葉に、心が震えた。
嬉しかった。
「俺にとっても、彼は大事な人だよ」と言いたかった。
でも、彼には片想いをしている『彼』がいて、彼の恋がうまくいかなければいい、と本気で望んでしまった。
言葉と裏腹な心を抱えていて、「大事だよ」なんて言えないよ。
今朝のよそよそしい彼の態度が気になっていた。
(つづく)