(63)オトコの娘LOVEストーリー

~YUN~

 

サイドテーブルに置いた携帯電話が通知ランプを点滅させていた。

ブラインドの隙間から、夜明け前の白んだ光がぼうっと差し込んでいる。

いつもだったら無視するところだが、眠気が一向にやってこない今夜に限っては、スマートフォンに手を伸ばした。

時刻は4時。

作品制作を始めるには早いが、寝付けそうにないから起きてしまうことにした。

俺の隣で寝息をたてている女を起こさないようにベッドを抜け出し、スマートフォンの通知内容を確認する。

チャンミンからメッセージが届いていた。

「義姉の出産に伴う手伝いがあるから仕事を休ませてほしい」という内容だった。

「残念」

昨夜、食事に誘い、帰りの車中で唇を奪ってしまった。

カチカチに緊張したチャンミンの幼さっぽさには、今思い出しても笑みがこぼれる。

成熟しきっていない華奢な身体をワンピースで包んで、ユニセックスな妖しい雰囲気にやられてしまった。

からかう気持ちでチャンミンに口づけた時、触れた唇からびりっとした刺激が走った。

次はこの子だ。

すぐにでも、チャンミンをモデルにした作品作りに取り掛かりたかったから、非常に残念だ。

ベッドに残した、横顔を長い髪で隠した女を振り返った。

彼女もいいモデルだった。

目鼻立ちがくっきりとした、典型的な『美人』だ。

作品の人体部分の無名性を保つことに成功し、周囲を彩る草花を主役に表現することができた。

どんなポーズをとらせても安定感のある顔かたちのため、お手本のような人体像に仕上った。

その反動でか、危うさを漂わせたチャンミンに目がいった。

次の作品は人体部分を主役にしたい。

男と女の間をさまよう揺らぎのようなものを、写し取ることができたら最高だ。

「身も心も」の言葉通り、相手の全てを手中におさめていく過程と並行して、作品も完成に向かっていくのだ。

俺に観も心も奪われ突き放され、涙をたたえた透明な瞳を早く目にしたい。

久方ぶりに、闘志のようなものがみなぎってきた。

面白くなりそうだ。

シャワーを浴びて寝室に戻ってみると、女は未だ眠っていた。

チャンミンとのキスで欲に火がついた俺は、深夜過ぎにも関わらず彼女を呼び出した。

この女は俺が欲しい時に呼び出せば、いつでも尻尾を振って駆けつけ、激しく抱かれる。

よく勘違いされるのだが、俺は遊び人じゃない。

恋人に対しては細やかな気配りを欠かさないし、彼らが欲しがる言葉もふんだんに与えてやる。

いい顔をしていてもらわないと困るからだ。

俺が恋人に求めるものはただ一つ。

作品制作にインスピレーションを与えてくれるか否かだ。

熱っぽい目で見つめられながら、俺は作品を作り上げる。

俺にとことんのめり込ませた挙句、彼らから引き出せるものが枯れたら、残念ながら終わりの時だ。

切れ味よいナイフのようにスパッと切り捨てる時もあれば、彼らに期待を持たせたまま時間をかけて引きちぎる時もある。

チャンミンという次のモデルを見つけてしまった俺は、目の前の女と終わりにしなければならない。

その予感を察したのか、俺に刻印を残すかのように激しく吸い付きやがって。

子供っぽい行為に走る彼女が不憫になった。

恐らくチャンミンは、このキスマーク見つけてしまっただろう。

一瞬の間に見せたショックを受けた表情に俺はほくそ笑んだんだ。

酷い話だが、泣きわめいてすがりつく姿からインスピレーションを得る時もあった。

ひと悶着ありそうな予感がしたが、それもいいスパイスになりそうだ。

さて、あとでチャンミンに電話をしてやろう。

男にしてはやや高い、弾んだ声で電話に出るだろう。

君が俺に夢中になっていることなんて、お見通しなんだよ。

 


 

~チャンミン~

 

お兄ちゃんは産科待合室のベンチの間で行ったり来たりしていた。

僕を一目見て絶句する。

「...!?」

自分の髪が真っ白だってことを忘れていた。

甥3人はベンチに寝転がって眠っている。

「予定より早いね」

「そうなんだって。

予定通りにはいかないものだな」

困った顔をしていながらも、嬉しそうだ。

「仕事は大丈夫なのか?」

お義姉さんが入院している間、家のことを任されているのだ。

「大丈夫。

理解ある上司なんだ。

そんなことより、お兄ちゃんこそ立ち会うんでしょ?

いかなくていいの?」

「俺にうろちょろされると気に障るらしい」

「駄目だよ、行ってあげなくっちゃ。

僕ちゃんたちは僕が連れて帰るから」

「助かる。

登園グッズは玄関にあるからさ」

「お兄ちゃん...すごいねぇ...4人だよ?」

「ホントだよ。

3つ子も予定外だが、4人目も予定外だ。

稼がなくちゃなぁ...」

お兄ちゃんは、両腕を上げて大きく背伸びをすると立ち上がって自販機で買ったコーヒーを僕に手渡してくれる。

柔道部員だったお兄ちゃんは僕の肩までの背で、がっちりとした肩と太い首をしている。

「こっちでの生活は、どうだ?」

「ぼちぼち」

僕とお兄ちゃんは血の繋がりはない。

僕のお父さんとお兄ちゃんのお母さんとが再婚した結果、僕たちは兄弟になった。

「俺んとこに呼べなくて悪かったな。

ユノに可愛がってもらってるか?」

ユノさんの名前が出てドキリとした。

「うん」

「腹いっぱい食べさせてもらってるか?」

「うん」

「あいつは優しい奴だからなぁ」

そうそう、ユノさんは、優しいんだ。

「ねえ、お兄ちゃん。

ユノさんって、大学生の時どんな人だったの?」

「モテてたな」

「やっぱり?」

「女子たちにキャーキャー言われてたけど、根が照れ屋な奴だから、居心地悪そうだったなぁ」

「へぇ...。彼女は?」

さり気なさを装って質問した。

「いっぱいいた?」って。

「モテてたわりに、彼女はそう何人もいなかったなぁ。

俺が知っている限りでは...1、2...3人...くらいか?

彼女一筋なんだって。

今の彼女が4人目になるかな、多分。

二股かけてなければ、の話だが」

「ふ、二股!?」

「冗談だよ。

あいつはそういう奴じゃない」

よかったー。

心の中で、深い安堵のため息をついた。

「ユノと同棲してる彼女はどんな子だ?

邪魔していないか?」

「凄い綺麗な人だよ。

ほとんど留守にしているみたい」

「兄貴がもう一人増えたみたいでよかったじゃないか?

ユノにお前を見てもらってるから、俺は安心だよ」

リアさんといちゃいちゃしているのを見てモヤモヤした感情は、愛情を横取りされてヤキモチを妬いた弟みたいなものだろうって。

今の僕は、それとは少し違ってきた。

 

(つづく)