~君が危ない~
〜民とユン〜
「あさっての夜は、空いてる?」
定時になって、帰り支度をしていた民にユンは尋ねた。
「あさってですか?
はい、空いてます!」
「俺との約束を覚えている?
君に美味しいものを食べさせないと、って」
「はい!
覚えてます!」
リュックサックを背負った民は、姿勢を正して直立不動になる。
「デートの約束があったんじゃないの?」
「まっさか!」
ユンは、オフィスとアトリエを繋ぐ螺旋階段の柱にもたれて、慌てる民の様子をからかう目で見た。
「あれ?
ユンさん、粘土がついてますよ」
撮影を終えた後、ユンはアトリエで作品作りに没頭していた。
髪が汚れないよう、うなじの辺りで長いストレートヘアを結んでいるため、ユンの精悍な顔が眩しくて、民はユンを真っ直ぐ見られない。
「どこ?
ここ?」
頬や顎を撫でるユンに、民はくすりと笑って「ここです」とこめかみの辺りを指さした。
「どこ?」
「ここです」
場所が分からない風のユンを見かねて、民はユンのこめかみに付いた白い汚れを人差し指で拭った。
(きゃー、ユンさんに触ってる!)
「!」
民の手がユンの大きな手で包まれて、反射的に手を引っ込めようとした民の手を、さらに強く握りしめた。
「俺のモデルになってくれるね?」
「あの...でも...」
「なってくれるよね?」
民はユンの刃物のように鋭い目に射すくめられたようになって、こくりと頷いた。
「いい子だ」
「ひとつ気になることがあります」
「なんだい?」
「モデルって言うと...服を脱ぐんですか?」
「そうなるだろうね」
「えっ!」
握った民の手を離すと、ユンの指が民のシャツのボタンに触れた。
「全部脱がなくてもいい。
胸元だけだ。
だから、安心していいよ」
オフィスのドアを閉めた民は、心臓が早く打つ胸を押さえて、大きく息を吐いた。
(どーしよー!)
〜チャンミンと民〜
「ただいま、です」
チャンミンはダイニングテーブ上のノートPC画面から顔を上げ、民に「おかえり」と声をかけた。
民の髪が、さらに明るくプラチナ色になっていて、チャンミンはポカンとして民を視線で追ってしまう。
(民ちゃんが、民ちゃんじゃなくなってきた!)
「くたくたです」
民はソファにバタリと身を投げ出すように倒れこんだ。
「真っ白だね。
何か飲む?
先にお風呂に入る?」
ひと昔前の、帰宅した夫を出迎える妻みたいだな、と思いながらチャンミンは、よく冷やしたジャスミンティを注いだグラスを持って、ソファの下に座った。
「ありがとうございます」
身を起こした民は、チャンミンからグラスを受け取ると、あっという間に飲み干した。
「生き返る~」
(ユンさんの前では、恥ずかしくてがぶ飲みなんて出来ない)
「......」
空になったグラスをじっと眺めていた民だったが、今度はチャンミンをじろじろと見始めた。
部屋着のチャンミンは、半袖Tシャツ、ハーフパンツ姿だ。
「?」
「チャンミンさん。
立ってくれます?」
「どうしたの、民ちゃん?」
「お願いですから、立ってください。
スタンダップです!」
「わかった」
民の勢いに負けてチャンミンは立ち上がる。
(何をしたいのか、全然予想がつかないんだけどな)
民も立ち上がり、チャンミンの背後に立った。
「チャンミンさん...」
「!」
民の吐息がチャンミンの耳の後ろにかかり、チャンミンの全身に鳥肌がたつ。
民の両手がチャンミンの脇を通って前へ回された。
「!」
そして、チャンミンの胸の上で止まった。
チャンミンの背中に、民の身体がぴたりと密着している。
「ミミミミミミミンちゃん!」
チャンミンは後ろから民に抱きつかれた格好となったのだった。
(つづく)
[maxbutton id=”27″ ]