(19)僕を食べてください★

 

 

目にしてきたものなのに、認識までたどり着かないように目を反らしてきたもの。

 

僕にとってキキは血の通わない人形だ。

 

これはどこかで見聞きした言葉なんだけど、「まるで神様がこしらえたかのような」精巧で美しい人形だ。

 

けれども、きめの細かい冷えた肌の下は、温かく湿っているから、僕は大いに混乱してしまうのだ。

 

今朝のこと。

 

突き放されてパニックになった僕は、林の中で倒れこんだキキを欲望のまま押し倒してしまった。

 

僕にされるがままのぐったりとしたキキを所謂、犯してしまった。

 

そして、身動きしなくなってしまったキキに対して、僕は罪悪感に苛まれる間もなく、Sおじさんの助けを借りて林を抜けた。

 

処理場のステンレスの台の上で死体のように横たわるキキを、医者に診せることもしないSおじさんに僕は焦れた。

 

Sおじさんはキキのことを知っていた。

 

キキとの関係性を問うたら、「ギブアンドテイクの間柄だ」と言っていた。

 

彼の口から語られた内容に僕は驚嘆した一方で、「やっぱり」と納得していたのだ。

 

どうりでおかしいと思ったんだ。

 

予感が的中、「なるほどそういうことなんだ」って。

 

キキのことを不気味だと感じる以前に、答えが得られて満足していた。

 

確実なのは、キキの正体を知ったからといって、彼女から離れたい意志が僕には全然生じなかったということ。

 

おかしいだろう?

 

その後、彼がキキに施した「処理」を目の当たりにして、僕は血の気がひき、吐き気をもよおした。

 

昨日からほとんど何も口にしていないせいで、何度えづいても吐き出されたのは胃液のみだった。

 

キキの側にいるには、これらを受け入れなくてはならないんだと、口の中を苦みでいっぱいにしながら最後まで見届けた。

 

Sおじさんの車で、僕ら2人は廃工場まで送ってもらった。

 

ふらふらだが歩けるようになったキキを先に下ろし、車のドアを閉めた僕にSおじさんは言った。

 

「俺にはチャンミンに何もしてやれない。

チャンミンには気の毒だし、残念だ。

彼女に魅入られてしまったら、遠くへ離れるか、行きつくところまで行くしかない。

お前に酷いことをする女じゃないが...。

ただし、命を大事にしろ。

お前にはばあちゃんがいるんだからな」

 

今の今まで、ばあちゃんのことが頭からすっぽりと抜けていた。

 

「命を大事にしろ」というSおじさんの言葉は、後々の僕に突きつけられる時が訪れることになるなんて、その時の僕は聞き流していた。

 

僕は今、マットレスに腰掛けて、汚れた衣服を脱いで着がえているキキの後ろ姿を見守っている。

 

キキの動きは敏捷で、数時間前まで死体のようにくたりとしていたのが、嘘のようだ。

 

「チャンミンには心配かけてしまった」

 

ロング丈のTシャツワンピースに着がえたキキが、僕の方へ歩み寄った。

 

キキが差し出した手を握ると、僕の方に引き寄せた。

 

「私のこと...気持ち悪いでしょう?」

 

キキは肩に回された僕の腕の下から抜け出してしまった。

 

「離れていいのよ。

あなたは明日、街に戻る。

それっきり、離れて行ってしまって構わないのよ」

 

「離れるもんか」

 

僕は再びキキの肩に腕をまわす。

 

「こんな言い方じゃ、チャンミンの意志に任せるみたいで卑怯だから、言い直すわ。

私から離れて欲しい」

 

「嫌だ。

帰るのは止めにした。

学校なんてもう、どうでもいいんだ」

 

「駄目よ。

私はそんなことを望んでいない」

 

「僕は覚悟を決めたんだ。

確かにキキは不気味な存在かもしれない」

 

薄墨色のキキの瞳が、僕の瞳から感情を読み取ろうとしているかのようだった。

 

見る度に目まぐるしく色を変えるキキの瞳の色に、僕は惹かれていた。

 

瞳の色の法則も何となく、読めてきた。

 

「確かに、とても驚いた。

驚いたっていうレベルじゃないな、ははっ」

 

キキの頬を包み込むように、片手を添えた。

 

僕の熱い手の平が、キキの肌で冷やされていく。

 

「『怖くなかった』は嘘になるから、正直に言うけど、

ぞっとした」

 

でも、僕の深層心理では、とっくに気付いてた。

 

だから、本当のことをSおじさんに教えてもらって、腑に落ちた。

 

「信じられないだろうけど、

本当のことを知って、これで真正面からキキを好きになれる、って安心したんだ」

 

「......」

 

「駄目かな?」

 

キキは長い黒髪の間からのぞく小さな耳をすまして、僕の言葉を考え深げに聞いているようだ。

 

「僕の身体だけが好きならば、それで僕は十分だ。

僕のことを少しでも気に入ってくれているのなら、離れろなんて言わないで欲しい。

僕の身体が好きだって言ってたよね?

僕は、キキの側から離れないと決めたんだ」

 

僕の顔を穴が開くほどじぃっと見つめていたキキは、小さくため息をついて「そっか...」とつぶやいた。

 

「さて。

セックスでもしようか?」

 

「え?」

 

キキに胸を押された僕は、マットレスの上に仰向けになった。

 

キキの唐突な誘いに僕はポカンとしたが、僕らは会えば必ず交わる関係性だ。

 

キキの「セックスしようか」の台詞は、僕の言葉に対する肯定の返事だと捉えた。

 

キキの肩を引き寄せて、僕は彼女に深く口づけた。

 

1枚1枚相手の服を脱がし合い、焦らすように肌をさらしていった。

 

僕のものは痛いくらいにそそり勃っていて、キキの温かい口内に包まれた時には、喉の奥から低い呻きが漏れた。

 

初めての日のように、僕の乳首が執拗にいたぶられた。

 

右が済んだら、次は左。

 

左右両方。

 

1センチにも満たない1点から強い快感が全身を駆け巡る。

 

きつく吸われながら、後ろ手で僕の亀頭をしごかれた時には、はしたないほどの嬌声をあげていた。

 

「あっ...あ...」

 

辺りに響くのはやっぱり、途切れることのない僕の喘ぎ声だけだった。

 

「気持ちいいか?」

 

キキに問われて、僕は答える。

 

「すごく...気持ちがいい」

 

すぐに達してしまっては勿体なくて、激しい腰の振りを弱めた。

 

ゆっくりと出し入れしながら、キキと言葉を交わす。

 

「Sおじさんとは、どういう関係?」

 

衰弱したキキを助ける処置で精いっぱいだった僕が、Sおじさんに聞けずじまいだった疑問をキキに投げかけた。

 

「古い知り合い」

 

「古くから...」

 

不安げな僕のつぶやきに、キキは僕の頬を軽く叩いて言った。

 

「昔の恋人だ、とかじゃないから」

 

Sおじさんがキキのことをよく知っていたから、過去に関係を持っていたのでは、と嫌な思いが浮かんでしまったんだ。

 

「本当にそういうのじゃない」

 

キキを荒々しく四つん這いにさせて、突き出された割れ目に僕のものを深くうずめた。

 

キキの背中にぴったりと覆いかぶさる。

 

片腕をキキの腰に巻き付け、もう片方でキキの乳首を弄んだ。

 

ふわりと甘い香りが、僕の鼻孔をくすぐる。

 

そう、この香りなんだ。

 

僕を愉楽の蜜の壺に沈めるのは。

 

下腹部の奥がせり上がり、視界が狭くなってきた。

 

「キキっ...イクよ?...イクよ?」

 

これ以上はないほどのスピードで、かつ奥の奥を小刻みに叩く。

 

僕はキキの最奥に勢いよく放った。

 

決して子種にはならないその白濁は、キキの膣の中を充たし、したたり落ちて内腿を濡らした。

 

小一時間も経たずに硬さを取り戻した僕のものは、再びキキの穴に突き立てる。

 

「チャンミンは、若いわね」

 

キキはクスクスと笑った。

 

「そうだよ。

僕は若い」

 

「でももう、小学生じゃない」

 

「その通り」

 

僕のものの角度を変えて、中の上辺を強めにこすり上げた。

 

直後に白い喉を反らしたキキに、僕は満足する。

 

「明日になったら、帰るのよ」

 

僕はキキを横抱きにして挿入する。

 

「僕を...置いて行かないで」

 

「置いて行かない。

ここにいる」

 

力強いキキの腕によって、僕はキキを組み敷く格好になった。

 

「絶対だね?」

 

「ええ。

私も覚悟を決めた」

 

ついた両手の間で、キキの紺碧色の瞳が僕をまっすぐ見上げていた。

 

その場限りの言葉じゃないことが、伝わってきた。

 

身体の重なりを反転させ、僕の上にキキをまたがらせる。

 

キキの腰骨を両手でつかんで、上下に揺する。

 

同時に僕の腰も高く突き上げた。

 

1度目より時間はかかったけど、やがて僕は射精を果たした。

 

放心する僕の隣で、キキは半身を起こした。

 

キキの背中に見惚れた。

 

キキの背骨をひとつひとつ指でなぞり、手の甲で背中を撫で上げた。

 

美しい身体だった。

 

それなのに、血が通っていないなんて。

 

そうか。

 

温かみがないからこその美貌なのか。

 

キキのウエストをさらって、キキを包み込むようにきつく抱きしめた。

 

じっとしているだけでじわじわと汗がにじむ中、谷川の水のように冷たいキキの肌が気持ちよい。

 

割れた窓ガラスから、オレンジ色の夕日の光が差し込んでる。

 

太ももに当たるものに気付いたキキが、呆れた顔をした。

 

「まだヤルの?」

 

「そうだよ。

あと...18時間しかない。

時間が勿体ないんだ」

 

いつまでも、いくらでも、僕はキキと繋がっていたい。

 

性器の接触だけが、キキを身近に繋ぎとめられる唯一の行為だ。

 

それでいいじゃないか。

 

僕の心がキキの心には届くことは、最後まで訪れないかもしれない。

 

「僕は...何人目?」

 

気になって仕方がないことを、僕はとうとう口に出す。

 

「過去の恋愛にについて尋ねるなんて、無粋な子ね」

 

「5人目?

10人目?

それとも...もっと?」

 

「今はチャンミンなんだから、それでいいでしょう?」

 

「うーん...」

 

はぐらかされて、僕は不機嫌になる。

 

「誘惑してごめんなさいね」

 

「そうだよ。

最後まで責任をとって欲しい」

 

「純粋過ぎるあなたが怖くなる」

 

「だから、僕から離れたくなったの?」

 

「そんなところね」

 

「僕は死ぬまでキキの側にいる、何があっても」

 

「勇ましいわね」

 

「そうだよ。

僕は勇ましいんだ。

キキのことが、全然怖くないんだ」

 

乱れた前髪をかき分けて、僕はキキの額に唇を押し当てた。

 

暗闇の中、倒してしまった水筒からこぼれ落ち、コンクリートの床に作った染み。

 

懐中電灯の灯りに照らされて、赤く光った瞳。

 

「狂ってるわね」

 

「そうだよ。

僕は狂っているんだ」

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”27″ ]