~ユノ~
床についた両手の間で、頬を赤らめ涙で濡れたまつ毛を震わせる可憐な乙女...じゃなくて、逞しい若い男。
男。
やたらと背が高くて骨っぽい身体をしているのに、顔だけはあどけなくて。
「あー、もー!!」
勢いよく半身を起こした俺は、髪をがしがしと掻いた。
「あり?」
眼をパチクリとさせていたチャンミンも、遅れて身体を起こした。
「ねぇ、ユノ。
今から『ヤる』んじゃないの?」
俺の袖をツンツンと引っ張って、膝に伏せた俺の顔を覗き込んでいる。
「ユノ?」
「なぁ、チャンミン」
「ん?」
「チャンミンはどうして『女』じゃないわけ?」
いつも通りの恋愛だったら、セックスなんてとっくの前に済ませている頃合いなのに。
「同じセリフを、ユノに返すよ。
どうしてユノは『男』なの?」
顔を見合わせた俺とチャンミンの顔がみるみるうちに歪んで、くっくっと肩が揺れる。
「あーっはっはっはっは!!!」
腹を抱えて大笑いだ。
そして、ワックスが剥がれて軋むばかりの床に、2人して大の字になった。
俺はTシャツにボクサーパンツ姿、チャンミンの方は全裸で(なぜか毎回、タイミング的に裸なわけ、こいつは)。
「男とか女とかどっちだっていいよな」
「うん」
「俺は、チャンミン、お前が好きなんだ」
横を向くと、既にこちらを向いていたチャンミンとバシッと目が合った。
「僕も、好きだよ」
「意見は一致した、な?」
「ふふふ」
なんだよ「ふふふ」って、笑い方が女っぽいんだよ。
床を滑らせて伸ばした手をチャンミンの手に重ねた。
「俺が怒った理由、分かるか?
閉じ込められたからじゃないんだ」
「うん。
分かってる」
「とっさに俺を隠そうとした心理が、今のお前の本心だって知って...ショックだった」
「ごめんね」
俺の真上辺りの天井に広がる不気味な染みが、困りきった人間の顔にも見えてきて、今の俺の気持ちそのものだと思った。
「チャンミンは謝らなくていい。
俺だって似たようなものだった。
ダチにはチャンミンとデキてることは、全く話していない」
友人たちとは、相変わらず「あの子が可愛い」とか「何人とヤッた」とか、そんな話ばっかりしている。
1年ばかり付き合っていた彼女と別れた俺を哀れがって、合コンに誘う男友達を「今は一人でいたい」なんてキザなことを言ってるんだ。
そもそも彼女と別れた理由がチャンミンだなんて、絶対に隠さなくては、と。
タマちゃんとかいうチャンミンの友人が訪ねてきたとき、必死になって俺の存在を隠そうとしたチャンミンと同様なことを、俺はすでにしていた。
周囲に気持ち悪がられるから?
そう、俺の中にある偏見だ。
「俺たちは、『恋人同士』だ。
でも『男同士』ってのは人に知られたくない気持ちが、あった。
堂々としていられるほど、今の俺は潔くないんだ」
「ユノとのことを隠そうとしちゃって...。
タマちゃんは親友なんだ。
あ!
正真正銘の「友達」だからね。
ユノのことは大好きなのに、親友にさえ内緒にしたいって思うんなんて、僕の気持ちは薄っぺらいものなのかなぁ、って。
...そんなんじゃないのに...」
「いざ冷静になってみると、この『禁断の扉』ってのは分厚くて重いんだ。
鍵はかかってないけど、この押し入れの戸みたいに...」
俺とチャンミンは揃って、斜めにぶら下がっている壊れた戸を見る。
「滅茶苦茶頑張らないと、開けられないんだよなぁ...」
「そんなの簡単じゃん。
ぶち破ればいいんだよ」
「簡単に言うんだなぁ、チャンミン」
チャンミンも一歩前進したい気はあるけど、『男の相手は女』っていうマジョリティな考えが当たり前になってるから、その狭間で行ったり来たりしている。
その迷いに俺は振り回されていて、肩透かしをくらったり、押し入れ事件みたいに傷ついたりする。
チャンミンの前では、度胸が据わった男を装っているのに、日常の友人たちに囲まれている時はチャンミンの存在は「秘密」なんだ。
「壊しちゃったな」
跳ねるように起き上がった俺は、戸の損傷具合を確かめる。
「俺らで直せないか、ホームセンターへ行こう」
「うん」
「もし直せなかったら、俺がバイト代で弁償してやるよ」
「いいって。
このアパートはボロいんだ」
チャンミンの懐具合は常に寂しい。
ファストフード店に気軽に立ち寄れないし、大学へは弁当持参だ。
洗濯のし過ぎで色褪せてよれよれのTシャツを着ていようと、チャンミンの整い過ぎた容姿は隠しようがない。
禁断の花園に飛び込むため『勉強』したという『男色の歴史』も、大学図書館で借りたものだし、アブノーマルWEBサイトも大学で開放されているPCルームでだ(全く...すごい度胸をしている)。
チャンミンのいた学科は、入学するのだけでも大変な高偏差値の狭き門だ。
家庭の事情で俺のいる学科へ転科せざるを得なくなって、さぞかし落胆しただろう。
そのおかげでチャンミンと出逢えた。
チャンミンが、この科で進みたい道を見つけてくれることを、俺は願っている。
さて、俺たちにとって初めての旅行っぽいこと...『牧場実習』が来月ある。
約10日間、寝食を共にする。
ニヤニヤ笑いが止まらない。
「任せろ。
道具は俺が全部揃えてやる」
俺に肩を叩かれたチャンミンは、眉を下げて不安そうに口を歪めた。
「道具!?」
俺は玄関先に放り出されたバッグを取ってくると、
(中華料理店から戻って来たとき、いちゃいちゃが開始されてしまって、そのままだったんだ。
タマちゃんとやらも、目にしたハズだ。靴を隠してもバッグはそのまま、だなんてチャンミンはツメが甘いのだ)
中から薄型ノートPCを取り出して、ブックマークしていたWEBサイトを開く。
「これ」
胡坐をかいた俺の肩ごしに、覗き込むチャンミンの喉がごくりと鳴っている。
「チョクチョウ...洗浄...」
「チャンミンのケツの中を綺麗にするわけ。
うんこが詰まってるだろ?」
「は、恥ずかしいこと言うな!」
「ま、俺はそのまんまでも、多分平気だけど、最初はマニュアル通りにいこうぜ」
「浣腸使ってもいいし、ホースを突っ込んでもいいらしい。
チャンミンはどっちがいい?」
「どっちもお腹が痛くなりそう...」
「両方試してみよう!」
「嫌だ」
「それから...ケツの穴をマッサージして柔らかくするんだと。
チャンミン、そこのローションを取ってきて」
「う、うん」
ベッド下に転がったボトルを取ろうと四つん這いになっているから、チャンミンのケツの穴は丸見えなわけで...(無防備過ぎる)。
「ストップ!」
「えっ!?」
「そのまま、ワンコちゃんの恰好でいろよ」
「やだぁ...!」
チャンミンの腰に後ろ前にまたがって、チャンミンの尻の割れ目に沿ってローションを垂らす。
「ひん...!」
2本の指でチャンミンの尻を割った。
つんつん突いてみる。
「ひやぁぁぁっ!」
腰を引こうとしたチャンミンを、両腿で全力で挟み込む。
「じっとしてろ!」
「うん...ひゃぁっ...」
円を描くようにくるくると、人差し指を滑らせる。
「あ...」
チャンミンの秘部をぐにぐにと押してみる。
「あ...」
チャンミンの声音が変わってきて、俺はほくそ笑む。
「今日のところはこれでおしまい!」
俺はチャンミンの尻をペチンと叩いて、馬乗りになっていた腰から下りた。
「え...?」
四つん這いのままのチャンミンにタオルを放ってやる。
「終わり?」
「もっとして欲しかったの?
チャンミンはエッチだなぁ」
「......」
チャンミンは不貞腐れた顔で、身体を起こすとすとんと正座する。
太ももの間で主張する斜め上を向いたモノ...。
尻の穴を少しだけ愛撫してやっただけなのに...どうやら気持ちがよかったらしい。
と、満足していたら。
「おぅっ!」
俺のペニスがチャンミンの大きな口の中に飲み込まれた。
「う...」
膝立ちしたチャンミンの股間に視線を落とすと、俺に負けず劣らずイキってる。
ちろちろと舌先で刺激されて、俺は呻き声を漏らす。
よく考えてみると、チャンミンにフェラチオされるのは初めてだ。
「どう?」と問うように、俺のペニスをしゃぶったまま俺を見上げる丸い目。
愛おしい気持ちが沸き上がってきて、チャンミンの頭を撫ぜてやる。
ペニスの根元に手を添えて、チャンミンの頭が前後に動く。
その見よう見真似のぎこちない愛撫に、チャンミンの髪をすいてやる。
もう少し咥える力を込めてくれたら、もっと気持ちよいのだが、なんて。
一生懸命な姿に、そんな注文はつけられない。
正座の姿勢で足がしびれてきたのか、チャンミンは足を崩して膝立ちしようとした...ら。
「いってぇ!!!」
もんどりうった俺は股間を押さえて、床にうずくまる。
尻から垂れたローションで足を滑らしたチャンミン。
姿勢が乱れたはずみで、俺のペニスがチャンミンの前歯で噛みつかれた格好になったのだ。
「俺のちんちんを食いちぎるつもりかぁっ!?」
「ごめん...ユノ...ごめん!」
押さえた手を離して大事な部分の負傷具合を確認する。
「お前なー、これがもげたら何もできなくなるんだぞ?」
「ユノ...ゴメン...。
噛むつもりは、なかったんだ」
チャンミンはそろそろと手を伸ばして、萎えてしまった股間を押さえる俺の手の上に重ねた。
「おっかなくて、預けられねーよ!」
「事故だよ、事故」
「どれだけここがナイーブなのか、お前だって知ってるだろう?」
「......ごめん」
泣き虫のチャンミンの目は、やっぱり充血して涙を浮かべている。
「次はもっと上手くやるから...」
顔を伏せて再び咥えようとするチャンミンを、肩を押して制した。
「え?」
「泣くなよ~。
よしよし、こっち来い。」
鼻をすするチャンミンの後頭部を、がしがしと撫ぜてやる。
「今日は3回もイッたから十分だ。
続きは明日にしよう、な?」
俺の背に腕を回して、胸にぴとっと頬をくっつけたチャンミンは、ぼそっと答えた。
「バイト」
「明後日は?」
「バイト」
「その次の日は」
「バイト」
「嘘つくなよ。
木曜日はバイト入っていないハズだ」
「う...っ」
「ってことで、木曜日の夜にスタートだ」
「...うん」
ノリ気になったり、怖気ついて拒否するチャンミンをなだめすかしたりして、俺たちは少しずつステップアップしていくんだな、と俺は苦笑した。
(つづく)
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