3杯目のビールジョッキを空にした時、
「こら!」
いい加減に焦れた私は、冷麺をすするチャンミンの片耳をひっぱった。
「いったいなぁ」
身をひいて私の手から逃れたチャンミンは、頬を膨らませて耳朶をこすった。
「私に話があるんだろ?
とっととおしゃべり、チャンミン。
私も暇じゃないんだって」
「ごめん...。
彼氏と約束があったんだよね」
「その通り。
今夜はお泊りなんだよ」
「うわぁぁぁ。
ってことは?」
「彼氏がお泊りといったら、『それ』でしょう?
徹夜でジグソーパズルするってか?
わぁ、1,000ピースもあるの?俺たちの愛を1ピースずつ埋めていこうぜ。私はこっちから攻めていくね、あなたはそっちから攻めていってね。あん、攻めるのはそこじゃないの…って、おい!」
「そうだよね...。
ねえ、タマちゃんはどんなえっちをするの?」
「...聞きたい?」
「うん、聞きたい」
チャンミンは目をキラキラとさせて身を乗り出した。
「どんな体位でやるの?」
体位!?
坊やだったチャンミンからは予想もつかないワードが投下された。
「道具を使ってるチャンミンには負けますよ~」
「なっ!
道具なんて使わないよ...」
乗り出した身を引っ込めて、チャンミンの顔がボッと赤くなる。
「大事に守ってきた童貞を捧げた彼女と、エッチ三昧なんだろ?
あんたの性癖が大爆発しちゃったんだよね。
縛ったりするんでしょ、彼女を?
こわ~」
腕をさすって見せると、
「そんなんじゃないって!」
「まあまあ、話が反れてるよ。
私に話があるんだろ?
やり過ぎて勃たなくなったとか?」
「タマちゃん!!」
「なわけないか、ははは。
学校でもたまに勃ってるときあるからなぁ...。
あんたって、いっつもぴたっとしたズボン履いてるじゃない。
丸分かりなんだよねぇ...」
「ええええ!!」
チャンミンは、勢いよく股間を確認する。
「冗談だって」
「むぅっ」
「で?」
「......」
「私に話したいことって、『そっち方面』なんだろ?」
「う...ん...それに近いような、近くないような...」
「『そっち方面』なんだね。
で、あんたの彼女ってどんな子?」
「...綺麗な子...だよ」
「へぇぇ。
スタイルは?」
「すごくいいよ」
「同じ学校?」
「同じ学科」
「転科して出会っちゃったんだ」
「うん
で、そのことなんだけど、話の本題はこれからでありまして...」
「?」
「牧場実習があるよね」
「あるね。
あんたたちの科は10日で済んでいいよねぇ。
私はみっちり1か月あるんだよ」
「うん。
そのことなんだけど。
タマちゃんが行くとこって、僕と一緒だったよね?」
「うん。
あそこは種牛センターに近いからね」
「実は...その...『恋人』も同じとこなんだ」
「へぇ、そうなんだ。
よかったじゃないの。
ヤリたい盛りのチャンミンのことだから、頼むから私たちの部屋に夜這いにくるんじゃないよ。
彼女と間違えて私を襲ったりしてさ。
おえぇぇぇ!」
「タマちゃん!!」
「はははは! 」
「...タマちゃん」
「ん?」
「タマちゃんは僕の友達だよね」
「そうだよ」
「僕がこれから見せるもの見ても、絶対にひかないでね」
「見せるって、何を?」
「僕の『恋人』の写真」
「彼女とエッチしてる写真なんて、見たくないからな」
「ふざけないでよ!」
「ごめんごめん。
はよ見せなさい」
手をひらひらさせたら、突き出した旧式のスマホをチャンミンの長い指がスクロールさせた。
「この人なんだ」
「......」
チャンミンの部屋で撮られたと思われる。
色白で、スリムで黒髪のショートヘアで、小作りな整った顔。
上半身裸で、ベッドでうつ伏せになって顔だけこちらを向けている。
「ぶはっ!!」
ビールが気管に入ってしまって激しくむせる私の背中を、チャンミンがさすってくれる。
「ゲホッゲホッ!」
「ひいた...よね。
おかしい...よね?」
「ゲホッゲホッ!」
「もう僕とは友達でいられなくなった?」
「アホか!?」
「だって、びっくりしてるから」
「そりゃ、びっくりするに決まってるじゃないの」
私はおしぼりで口を拭って、胸を叩いて息を整える。
「よく見せなさい。
ほほぉぉ。
ずいぶんと...いい男だねぇ」
「他にもあるんだ。
ほら」
チャンミンの指がスクロールさせて、別の写真を見せる。
「ユノ、っていうんだ」
これは相手の部屋で撮ったものらしい、しかも盗み撮りか...?歯を磨いている最中か。
こちらに背を向けていて細いのに背筋が作る溝もくっきりとしていて、長い脚にと繋がっている。
別な写真は...これも盗み撮りか...寝顔らしい...女の私が嫉妬するくらいきめの細かい肌と長いまつ毛と、赤みを帯びた唇...。
「あんたが惚れるのも分かるよ。
こんなに美形じゃ、女も男も放っておかないね。
他の写真はないの?
...っ、こら!」
チャンミンは、私の手からスマホを取り上げると、頬を膨らませる。
「駄目だよ、ユノのこと好きになっちゃ」
「好きになるか、アホ!」
「ユノはとってもカッコいいんだから」
「カッコいいってことは、十分わかったよ。
つまり、チャンミンがカミングアウトしたかったのは、恋人が『彼女』じゃなくて、『彼』だってことなんだね」
チャンミンはこくりと頷く。
「教えてくれてありがとうな」
「へ?」
拍子抜けした様子のチャンミン。
「タマちゃんはひかないの?」
「ひくって、何に?
相手が男ってことに?」
「...うん」
「別に」
「ホントに?」
「お似合いだと思うよ。
ほら、チャンミンって顔もわりと整ってるし、
ユノって子も、あんた以上に綺麗な子だし。
美男美女...じゃなくて美男美男、だ。
それに私、...この子のこと、知ってるよ」
「嘘っ!?」
「女子たちの間では有名だよ。
かっこいいって。
去年の文化祭だったけなぁ、ダンスだか何かを披露したんだって。
私は見ていないけど。
チャンミン!
不機嫌なツラをするんじゃないよ」
女子たちに人気、と聞いて不安になったらしい。
「チャンミンは、その女子たちよりも可愛い顔してるから、安心しなよ」
「可愛い、って言うな!」
チャンミンは磨けばもっといい男になれるのに、いつもトレーナー+デニムパンツ、Tシャツ+黒パンツといった味も素っ気もない恰好をしていて、切りっぱなしの髪で、流行に敏感な女子からは野暮ったく見られるかもしれない。
どこのサークルにも所属せず、猫背気味にバックパックを背負って、大きなストライドで構内を無表情に歩いている。
チャンミンとは1年生の時からの仲だ。
生協前のポットの湯を、袋麺に直接注いでいるチャンミンの前を私は通りかかった。
「あっちぃぃぃ!!」
悲鳴に振り返ったら、床にお湯と麺をぶちまけてしまったチャンミンが居た。
他の学生たちは、チャンミンの失態をクスクス笑いしているくせに、見てみぬふりをしてたんだ。
見かねた私は、床の片づけを手伝ってやり、昼食を台無しにしてしまったチャンミンにチャーハン定食をおごってやった(苦学生のチャンミンは、常に金欠なのだ)。
甘ったれた言葉づかいと、素直な性格がいまどきここまでピュアな子はいないと感動した。
どじっこチャンミンをほっとけなくて、あれこれと世話を焼いてやったら懐かれた。
女っ気のなかった坊やにようやく出来た恋人が男だったとは...。
心底驚いたけど、嫌悪感はこれっぽっちも湧かなかった。
納得。
じっくりとチャンミンを観察すると、びっくりするくらい綺麗な顔をしているのに、垢抜けない格好がそれを隠している。
そこらへんにいる「普通の」女子にはチャンミンの魅力は気付けないだろうし、手に余るだろう。
甘ちゃんで純朴で、磨けば光る宝石の原石みたいなチャンミンは、ユノとかいう強い存在感をたたえた美人じゃなくちゃ駄目だ。
チャンミンが見せてくれた写真からでさえ、そう伝わったんだ。
間近に接しているチャンミンは、彼に強く惹きつけられているだろう。
彼なら、危なっかしいチャンミンを見守り...それから、チャンミンの美点を引き出してくれるだろう。
よかったよかった。
タマちゃんは安心だよ。
「タマちゃん。
カミングアウトついでに、教えて欲しいことがあるんだけど?」
「なんでも聞きなさい」
「痛い...かな?」
「痛いって...あ!」
チャンミンが、こくりと頷いた。
「チャンミンが『そっち側』なんだ?
やっぱりね」
「やっぱり、ってどういう意味だよ!」
「チャンミンって...そういう感じ」
「ユノにも同じこと言われた...」
「未だヤッてなかったの?」
こくりと頷く。
「難しく考えすぎなんだって。
穴の位置が違うだけだよ」
「位置が問題なわけじゃなくて...。
心構えというか...。
つかぬことをお聞きしますが、タマちゃんは経験あるの?」
「うん」
「教えて!」
「やだよ。
あんた耳年増になってない?
大したことないよ。
大好きな彼なんでしょ?
とっととお尻の初めてを奪ってもらいなさい」
「初めて...か」
以前、相談ごとがあるって呼び出されたファストフード店の時のことを思い出した。
あの時は、てっきりバージンの彼女が痛がりはしないか、と心配してるんだと思い込んでいたが...やっと話が繋がった。
「うっそぉ!
そっか!
あんたは未だチェリーってことか!」
「しぃぃぃ!」
「チャンミン...あんたって子は...ピュアっピュアなんだねぇ」
チャンミンの頭を撫ぜてやったら、不服そうに頬を膨らませていた。
「せいぜい、ユノに可愛がってもらいなさい」
「むぅっ」
~チャンミン~
僕はかれこれ30分以上、手の中のものを凝視している。
風呂上がりで、首からタオルを引っかけただけの恰好で、ベッドの上で胡坐をかいて。
箱にプリントされた説明書きは、もう何十回と読んだ。
とっくに頭に入っている。
そもそも、「出す」ための場所に、「挿れる」行為が身体に悪そうだ。
「よし!」
僕は膝立ちすると、右人差し指にたっぷりと潤滑ゼリーをまとわせる。
これはお尻専用のもので乾きにくく、とろっとしている(ユノが買ったモノ)。
いざ。
この辺りかな...?
ユノと何度も素股を経験している僕だから、お尻の穴あたりの刺激は慣れてきた。
しかし、それは撫ぜるようなものだから、突き刺すのは当然初めてなわけで。
「あれ?」
僕のお尻の穴は強情で、人差し指を拒否している。
落ち着けー、リラックスだ。
「ふぅ...」
深呼吸をして、両肩をぐるぐる回して緊張をほぐすと、とろとろ状態の指を後ろにまわす。
指で周囲をぐにぐにと押してみる。
立膝の姿勢はやりにくいことに気付いて、横向きに寝っ転がった。
おっかなびっくりじゃ、僕のお尻は指一本受け入れてくれない。
「んっ」
指の先っぽが入った...。
お尻の力を抜けー、リラックスリラックス。
じわじわと指を埋めていく...。
「んー...」
第一関節まで入った...けど。
指を入れてみたけれど...。
違和感しかない。
僕の人差し指を、きゅっと締め付けているのが分かる。
(指一本でこれだからなぁ。
ユノのおちんちん...大丈夫かな)
指を曲げてみた。
「うーん...」
(これのどこが、イイんだ?
気持ちよくなる気配がないんだけどなぁ)
息を大きく吐いて、指の付け根まで埋めてみる。
「うーん...」
当然だけど、温かい。
女の人のアソコもこんな感じなのかな...と、ちょっと想像してみたりして...。
人差し指をお尻の穴に刺した状態で、僕は固まっていた。
怖くて指を動かせない。
僕のお尻が早く抜け、と言っている。
違和感しかない。
「はぁ...」
はた目から見ると、お尻丸出しでお尻をいじっている僕はマヌケ過ぎる。
でも、僕は大真面目だったし、必死だった。
今日のところは、指を入れるところまで到達できた。
どっと疲れが出てしまって、僕はお尻丸出しのままでしばらくの間、うずくまっていた。
こんなんで、大丈夫かな...。
(つづく)
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