(55)オトコの娘LOVEストーリー

 

~リア~

 

ユノに罪悪感を植え付けようと訴えたのに、通じなかった。

ユノは本気なんだ。

私のプライドはズタズタだった。

許せない。

本当に許せない!

モデルの仕事が激減した今は、この部屋を私一人で維持はできない。

ここを出なくちゃいけなくなるのは困る。

”あの人”のところへ転がり込もうか?

捨て身でいけば何とかなるかもしれない。

ユノの方も、良心と罪悪感をもっと刺激してやれば、折れるかもしれない。

ユノが私から離れられないように、引き留める何かとは...?

これしか、ない。

抱き着いたユノの耳元に囁いた。

 

「最後に1回だけ私を抱いて」

「え!?」

 

私の背中に回ったユノの腕がビクリとした。

私の流す涙がユノの肩に落ちる。

あなたのせいで泣いているのよ、って。

自分が可哀そう過ぎて、いくらでも泣けそうだった。

 

「1度だけ抱いてくれたら、ユノと別れてあげる」

「......」

「私のことを可哀そうだと思って...最後に...」

「...できない」

「ユノに断られたら、私...っく...っく...。

女としての自信を失っちゃう...」

「リアは自信を持っていいんだよ」

 

あと少しだ。

ユノの肩にもたせかけていた頭を起こし、間近から彼の顔を見る。

ユノも泣いているじゃない。

それにしたって...整った顔をしている。

私がユノと付き合ったのは、彼の顔とスタイルが理由なんだもの。

滅多にいない「いい男」だったから。

ユノには内緒。

私が「浮気」をしていることも、内緒。

もっと近づいて、ユノに口づける。

ユノは、唇を堅く引き結んだままだ。

 

「私とはキスもしたくないのね。

もう私は終わりなんだわ!

生きている価値なんてないんだわ!」

「リア!

落ち着けって!」

 

ごうごうと泣きわめく私を、ユノはきつく抱きしめる。

あと少し。

 

「死んでやる!

ユノと別れるくらいなら、私...死んでやるから!」

「リア!!」

 

この後の展開にふさわしい策がひらめいた。

ユノの腕の中から抜け出して、キッチンカウンター上のラックから包丁を抜く。

 

「リア!

よせ!」

 

私の手から包丁をもぎとろうとユノが手を伸ばすから、刃先を自分の方に向ける。

 

「死んでやる!

全部ユノのせいよ!」

 

死ぬ気なんて、さらさらなかった。

隙を狙ったユノが、私を羽交い絞めにする。

ユノは私の指を1本1本はがすようにして包丁を取り上げて、カウンター上に置いた。

 

「分かった、分かったから」

 

背後からきつく私を抱きしめた。

 

「死ぬとか、終わりとか、よしてくれ」

 

抱きしめられた私は、振り向いて片手をユノの頬に添えた。

充血した目で、苦しそうな顔をしている。

そうよ。

ユノが悪いのよ。

抵抗しないことに心中ほくそ笑んだ私は、ユノと深いキスを交わしたのだった。

 


 

~チャンミン~

 

「今夜はごちそうさまでした」

 

YUNさんはふっと笑みを浮かべると、「遅くまで悪かったね」と言って、マンションを見上げた。

 

「お友達は心配しているだろうね」

 

YUNさんとのキスで頭がパンクしそうになっていた僕は、ユノさんの部屋に住んでいる事情を端的に説明できなくて、「もう寝ちゃってると思うので、大丈夫です」と答えた。

食事の後、僕とYUNさんは雰囲気のいいカフェに入って2時間ほど過ごした。

レストランでお腹いっぱいに食べたくせに、甘いものは別腹みたいで、YUNさんに勧められるままケーキをオーダーした。

何を話したらいいのかわからなくて、食べることと飲むことに専念した。

ケーキを3個も食べる私を、YUNさんは穏やかな優しい眼で見ていた。

 

「チャンミンは美味しそうに食べるね」って。

 

キュンとする(それでも、ケーキは食べられるんだ。食い意地が張ってるんだ)

YUNさんが右を見る度、赤い跡が見え隠れするから、そこへ視線をやらないように意識していた。

恋人がいるんですよね?

さっきのキスなんて、YUNさんにしてみたら「軽い」ことなんだよね、きっと。

期待しちゃいけない。

YUNさんは遠い憧れの人なんだから。

 

「また明日」

「はい」

 

YUNさんは僕の顎に指の背で軽く触れると、車に乗り込んだ。

助手席に乗せてもらったのは。今夜で2度目。

大きくてかっこいい黒い車。

YUNさんの車が交差点を曲がって見えなくなるまで見送った。

 

「はぁ...」

 

僕は5分位、マンションのエントランス前で呆けていた。

ユノさん、心配しているだろうなぁ。

でも...。

ユノさんを見ると、正体の分からない理由で心がモヤっとする。

ユノさんのお部屋が、ちょっとだけ居心地悪くなってきたの。

ユノさんとリアさんが解散して、あの部屋を引き払うことになるのかどうかは僕には分からない。

今すべきことは、新しい住まいを探すことだ。

「よし!」と声に出すと、僕はエントランスドアを開錠したのだった。

 

(つづく)