~リア~
ユノに罪悪感を植え付けようと訴えたのに、通じなかった。
ユノは本気なんだ。
私のプライドはズタズタだった。
許せない。
本当に許せない!
モデルの仕事が激減した今は、この部屋を私一人で維持はできない。
ここを出なくちゃいけなくなるのは困る。
”あの人”のところへ転がり込もうか?
捨て身でいけば何とかなるかもしれない。
ユノの方も、良心と罪悪感をもっと刺激してやれば、折れるかもしれない。
ユノが私から離れられないように、引き留める何かとは...?
これしか、ない。
抱き着いたユノの耳元に囁いた。
「最後に1回だけ私を抱いて」
「え!?」
私の背中に回ったユノの腕がビクリとした。
私の流す涙がユノの肩に落ちる。
あなたのせいで泣いているのよ、って。
自分が可哀そう過ぎて、いくらでも泣けそうだった。
「1度だけ抱いてくれたら、ユノと別れてあげる」
「......」
「私のことを可哀そうだと思って...最後に...」
「...できない」
「ユノに断られたら、私...っく...っく...。
女としての自信を失っちゃう...」
「リアは自信を持っていいんだよ」
あと少しだ。
ユノの肩にもたせかけていた頭を起こし、間近から彼の顔を見る。
ユノも泣いているじゃない。
それにしたって...整った顔をしている。
私がユノと付き合ったのは、彼の顔とスタイルが理由なんだもの。
滅多にいない「いい男」だったから。
ユノには内緒。
私が「浮気」をしていることも、内緒。
もっと近づいて、ユノに口づける。
ユノは、唇を堅く引き結んだままだ。
「私とはキスもしたくないのね。
もう私は終わりなんだわ!
生きている価値なんてないんだわ!」
「リア!
落ち着けって!」
ごうごうと泣きわめく私を、ユノはきつく抱きしめる。
あと少し。
「死んでやる!
ユノと別れるくらいなら、私...死んでやるから!」
「リア!!」
この後の展開にふさわしい策がひらめいた。
ユノの腕の中から抜け出して、キッチンカウンター上のラックから包丁を抜く。
「リア!
よせ!」
私の手から包丁をもぎとろうとユノが手を伸ばすから、刃先を自分の方に向ける。
「死んでやる!
全部ユノのせいよ!」
死ぬ気なんて、さらさらなかった。
隙を狙ったユノが、私を羽交い絞めにする。
ユノは私の指を1本1本はがすようにして包丁を取り上げて、カウンター上に置いた。
「分かった、分かったから」
背後からきつく私を抱きしめた。
「死ぬとか、終わりとか、よしてくれ」
抱きしめられた私は、振り向いて片手をユノの頬に添えた。
充血した目で、苦しそうな顔をしている。
そうよ。
ユノが悪いのよ。
抵抗しないことに心中ほくそ笑んだ私は、ユノと深いキスを交わしたのだった。
~チャンミン~
「今夜はごちそうさまでした」
YUNさんはふっと笑みを浮かべると、「遅くまで悪かったね」と言って、マンションを見上げた。
「お友達は心配しているだろうね」
YUNさんとのキスで頭がパンクしそうになっていた僕は、ユノさんの部屋に住んでいる事情を端的に説明できなくて、「もう寝ちゃってると思うので、大丈夫です」と答えた。
食事の後、僕とYUNさんは雰囲気のいいカフェに入って2時間ほど過ごした。
レストランでお腹いっぱいに食べたくせに、甘いものは別腹みたいで、YUNさんに勧められるままケーキをオーダーした。
何を話したらいいのかわからなくて、食べることと飲むことに専念した。
ケーキを3個も食べる私を、YUNさんは穏やかな優しい眼で見ていた。
「チャンミンは美味しそうに食べるね」って。
キュンとする(それでも、ケーキは食べられるんだ。食い意地が張ってるんだ)
YUNさんが右を見る度、赤い跡が見え隠れするから、そこへ視線をやらないように意識していた。
恋人がいるんですよね?
さっきのキスなんて、YUNさんにしてみたら「軽い」ことなんだよね、きっと。
期待しちゃいけない。
YUNさんは遠い憧れの人なんだから。
「また明日」
「はい」
YUNさんは僕の顎に指の背で軽く触れると、車に乗り込んだ。
助手席に乗せてもらったのは。今夜で2度目。
大きくてかっこいい黒い車。
YUNさんの車が交差点を曲がって見えなくなるまで見送った。
「はぁ...」
僕は5分位、マンションのエントランス前で呆けていた。
ユノさん、心配しているだろうなぁ。
でも...。
ユノさんを見ると、正体の分からない理由で心がモヤっとする。
ユノさんのお部屋が、ちょっとだけ居心地悪くなってきたの。
ユノさんとリアさんが解散して、あの部屋を引き払うことになるのかどうかは僕には分からない。
今すべきことは、新しい住まいを探すことだ。
「よし!」と声に出すと、僕はエントランスドアを開錠したのだった。
(つづく)