(33)君と暮らした13カ月

 

~冬~

 

あの出来事が人生の最低点だと思えば、今の地点はなんと幸福なことだ。

 

人生はこうやって比較することで、幸せとか不幸せだとかを測っていくのかな。

 

「俺も手伝おうか?」

 

チョコレートを刻む私に、ユノさんは声をかけてくれる。

 

板チョコ3枚分。

 

「ユノさんはチョコレートを湯煎して」

 

「ゆせん?」

 

首を傾げるユノさんに、私はコンロの上の鍋を前に湯煎の仕方を教えてあげた。

 

今日の私は料理教室の先生なのだ。

 

ぎこちない手つきでチョコレートをかき混ぜるユノさんを横目に、私は得意げだった。

 

チャンミンは外で、タミーと遊んでいる。

 

チャンミンにプレゼントを渡す明日を想像し、私の頬はほころんだ。

 

「タミー!

チャンミーン!

おやつだよ」

 

大声で呼ぶと、雪まみれの彼らが家の中へと転がりこんできた。

 

失敗して焦がしたスポンジケーキがおやつだ。

 

タミーはひと口で、チャンミンは少しずつ大切に食べていた。

 

赤々と燃えるストーブの前で、午後3時のティータイムを楽しんだ。

 

こんな時が永遠に続いたらいいのに。

 

そう願った私は、何かを感じとっていたのだろう。

 

 

その夜のチャンミンは甘えん坊だった。

 

私の脇の下に鼻づらを突っ込み、全身を私の胸とお腹にぴたりと密着させて寄り添った。

 

チャンミンのまん丸い頭のてっぺんに、唇を押しつけた。

 

「僕はあなたが大事です」

 

チャンミンがそう言っているようだったから、「私もチャンミンが大事だよ」と心の中でつぶやいた。

 

私はよしよしと、チャンミンの背中を撫ぜた。

 

「明日はユノさんの誕生日だね。

ワクワクするね」

 

「僕とあなたの1か月遅れの誕生日でもありますね」

 

「私もチャンミンも、正確な誕生日が分からないなんてね。

確実に分かっているのはユノさんの誕生日だけ」

 

「それならば、ユノさんの誕生日を基準にしましょうか?

1か月遅れだなんて、中途半端です」

 

「いいね!

そうしよう」

 

「...となると、12歳のあなたは13カ月あったことになりますね」

 

「チャンミンもそうだよ。

13カ月で1歳だね」

 

「1歳ですか...赤ちゃんみたいで嬉しくないですね」

 

「ユノさんに教えてもらったことがあるの。

チャンミンを犬に例えると、1歳で中学校に上がる頃に成長しているんだって」

 

チャンミンの眉根にしわがよった。

 

「僕は犬じゃありません」

 

「分かってるよ。

それからね、これは本に書いてあったことなんだけど、13月が存在する暦もあるんだって」

 

「13月...神秘的な響きですね」

 

「他にもね、1月を13月、2月を14月とする暦もあるの。

それからね、月の満ち欠けでひと月とする暦もあってね、3年に一度閏月を作って日づけのずれを直してたんだって。

3年に一度、13月が登場するの」

 

熱心に話す私をよそに、チャンミンは大きなあくびをした。

 

「だからね、私とチャンミンのこれまでの1年はとても特別な年だったんだよ」

 

これが私が言いたかったことだった。

 

眠くて仕方がない証拠に、チャンミンの身体はほかほかに温かかった。

 

目はとろん、としている。

 

「私ね、自分の誕生日に興味がなかったの。

適当に決めた誕生日を祝ってもね...嬉しくない。

ユノさんはお祝いしたがってたけどね。

でも、チャンミンがうちに来てくれたおかげで、意地張ってないでお祝いされるのもいいかなぁ、って思うようになったの」

 

チャンミンの方をちらりと見ると、彼の上まぶたは間もなく下まぶたにくっついたままになりそうだ。

 

呼吸がゆっくり、穏やかになってきている。

 

「おやすみ」

 

「チャンミン、よく眠りなさい」

 

 

どちらが先に眠ってしまったのだろう。

 

夢を見た。

 

私はチャンミンの背中にまたがっていた。

 

チャンミンの首にしがみつき、お尻の下で彼の筋肉が躍動していた。

 

速かった。

 

草原の柵を軽々と飛び越え、街を駆け抜け、荒野を突っ切った。

 

そしてたどり着いた場所。

 

視界が180度開けた光景に圧倒され、突き出した崖の上に立っているみたいに心細くなった。

 

生まれてはじめて海を見た。

 

海なんて、写真で見るだけだった。

 

家の前に広がる草原なんて、ちっぽけな世界だと思い知らされた。

 

世界はなんと広いのか。

 

チャンミンと共に潮騒に耳をすます。

 

砂浜を洗う波は穏やかで、水平線はどこまでも遠かった。

 

朝なのか夕方なのか、時刻は分からなかった。

 

唇に温かい雫を感じた。

 

私は...泣いているようだった。

 

無性に寂しかった。

 

チャンミンから飛び下り、彼の首を掻いた。

 

気持ちよさそうに鼻を鳴らした。

 

鼻づらも撫でた。

 

チャンミンと同じものを私も見ている。

 

同じ匂いを嗅ぎ、同じ音を聴いている。

 

「チャンミン...ずっと私の側にいてね」

 

「一緒にいるじゃないですか?」

 

そう答えると、チャンミンはふん、と鼻を鳴らした。

 

チャンミンの首はすんなり伸びやかで、四肢もすらりと長かった。

 

大き過ぎた耳と鼻にふさわしい肉体に成長していた。

 

短い尻尾はそのままだった。

 

まだら模様の毛皮は、何とも美しいグラデーションを描いていた。

 

チャンミンは世にも美しい生き物へと生まれ変わっていた。

 

これがチャンミンの姿を目にした最後だった。

 

 

(つづく)

 

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