(最終話)君と暮らした13カ月

 

 

~冬~

 

ノック音に、ユノさんの帰りを今か今かと待ちわびていた私は、玄関ドアに飛びついた。

 

「...ユノさん?」

 

ユノさんの腕の中に、バスタオルにくるまれた『それ』はいた。

 

ユノさんの腕の中のものを覗き込んだ。

 

私の傍らで眠っていたタミーも、のそりと起き出してユノさんの足元へ寄ってきた。

 

バスタオルの隙間から肌色の鼻がのぞいていた。

 

指を近づけると、匂いを嗅ごうとひくひくとうごめいていた。

 

「赤ちゃんなの?」

 

「生後2週間だ。

毛布をもっておいで。

この子を下ろすから」

 

ユノさんの腕の中で『それ』はぷるぷると震えていた。

 

団扇のような耳、子豚のような鼻に4色の毛皮、短すぎる脚と尻尾。

 

まぶたを縁どる白いまつ毛の下、その瞳は焦げ茶色をしていた。

 

「...この子...どこに?」

 

鼓動が早かった。

 

「アルパカの檻にいた。

今朝の話だ。

...今度こそ、本当の話だよ」

 

「嘘みたい...」

 

「嘘みたいだけど、本当の話だよ」

 

「...夢じゃないよね」

 

「夢なものか。

さあ、名前は何て付ける?」

 

「私が決めていいの?」

 

「もちろん。

チャンミン、君への誕生日プレゼントだ。

っていう言い方も変だなぁ。

チャンミンのところに来たい、って突然現れたギフトだからね」

 

「...嘘」

 

私はそうっと腕を伸ばし、小さくか細いその子を抱き上げた。

 

渦を巻くおへその下の突起に、この子がオスだと知った。

 

「えっと...名前は...」

 

実は瞬時に思いついた名前はあったのだ。

 

でも、照れくさくて口に出すまでに数秒の間が出来てしまった。

 

「...ミンミン」

 

ユノさんったら酷い...子供みたいにお腹を抱えて「わーはっはっは」って笑い転がるだから。

 

「ミンミンは...消えたりしないよね?」

 

「消えないよ。

チャンミンはチャンミンだし、ミンミンはミンミンだ。

ずーっと俺たちと暮らすんだ。

チャンミンの弟なんだから」

 

「よかった」

 

ユノさんへの誕生日プレゼントはワイン色のセーターで、タミーへはクッキーの詰め合わせだ。

 

「私もね、ミンミンの為にあるんだ」

 

白の毛糸で編んだ帽子だった。

 

この帽子は両耳を覆い隠してくれ、顎の下で紐を結ぶと、温かな頬かむりになるのだ。

 

今のミンミンにはそれは大き過ぎて、ポンチョのようだった。

 

私はユノさんに頼まれなくても、ストーブからヤカンを下ろし、熱いお湯をバケツに注いだ。

 

ホットタオルでこの小さな生き物...ミンミンの身体を拭いた。

 

足先とお腹、尻尾についたウンチ汚れを拭き取った。

 

肋骨が浮き出るくらいやせ細っていて、頭ばかり大きく見えた。

 

ミンミンは気持ちよさそうに、まぶたを半分閉じている。

 

「ミンミンは君のことを気に入ったようだね」

 

「当たり前だよ。

だって私はこの珍獣にはとても詳しいの」

 

 

 

 

彼は13カ月、私たちと暮らした。

 

ふいに、たまらなく彼に会いたくなる。

 

そんな時は、胸に手を当てる。

 

空想の草原を、彼はのびのびと駆けまわっている。

 

私がちゃんとついてきているか、立ち止まり振り返る。

 

彼は心配性なのだ。

 

「大丈夫だよ!」

 

安心した彼は「僕についてこられるかな?」と、コビトカバ的お尻を振って先導していくのだ。

 

私はミンミンを連れて、現実の草原を走り回る。

 

ミンミンの団扇のような両耳は風にたなびき、大きなお尻が弾んでいる。

 

名前を呼ぶと、全速力で私の腕の中に飛び込んでくる。

 

私の手からミルクを飲んでいたミンミンは、スイカ1個分まで成長していた。

 

雪どけ後の地面はじくじくと水気が多く、ミンミンに飛びつかれた私のズボンは泥だらけになってしまった。

 

ミンミンと並んで地面に腰を下ろし、木柵にもたれて眼下の景色を眺めた。

 

魔法瓶につめてきた熱くて甘いお茶を飲んだ。

 

ねえ、ミンミン。

 

まだ君について知らないことばかりだよ。

 

街の彼方にあるであろう海に想いを馳せる。

 

ミンミンの肌色の鼻がひくひくとうごめいている。

 

山と街を越えてきた風から、潮の香りを嗅いでいるのだろうか。

 

「夏になったら皆で海に行きたいです」

 

「うん、行こうね」

 

「...ねえ、チャンミン」

 

ミンミンの前足が、私の手首にとん、と添えられた。

 

「なあに?」

 

「僕と君は...」

 

焦げ茶色の目で、私をじぃっと見上げている。

 

「ずっと一緒ですよね?」

 

瞳孔は漆黒で虹彩は深緑、とても不思議な瞳をしている。

 

視力があるのか疑ってしまうほどに美しい瞳だ。

 

「もっちろん!」

 

不安がるミンミンのために、私は何度でも「どこにも行かないよ」と繰り返す。

 

これから何度も撫ぜるであろう、ミンミンの頭を優しく撫ぜた。

 

まん丸な頭蓋骨から伝わるミンミンの体温が、じんじんと私の手の平を温めた。

 

「僕はこの通りチビ助ですけど。

僕とチャンミン...友だちですよね?」

 

「もちろん!」

 

日差しは温かいけれど、風はまだ冷たい芽吹きの季節。

 

黄緑色の細かな点々が、日に日に灰色の世界を埋め尽くしていくだろう。

 

私とミンミンは同じものを見て、各々にもの思いにふける。

 

私はいつか読んだ物語のシーンに似ていると思い、ミンミンは...何を思っているんだろうね。

 

同じ小鳥のさえずりを聴いて、私は過去を思い出して切なくなり、ミンミンは小鳥を捕まえようとジャンプする。

 

同じ風を頬に受けて、私にはちょうどよく、ミンミンは肌寒く感じている。

 

ミンミンは「ぶちゅん」とくしゃみをすると、垂れ下がった鼻水をずるんとすすった。

 

「そろそろ帰ろうか?

夕飯の用意をしなくっちゃ」

 

「僕もお手伝いします」

 

「味見係は間に合ってるから、ミンミンは外で遊んでいてよ」

 

私の言うことなんて聞きやしないミンミンは、既に家へと走り出している。

 

「僕についてこられるかな?」

 

「ミンミン、ずるい!」

 

ぬかるんだ地面と長靴履きで、走りづらいったら。

 

「ユノさんが帰ってきた!」

 

私たちに気付いたユノさんは、笑顔になって運転席から手を振っている。

 

赤いトラックに負けまいと、私もミンミンの白いお尻を追った。

 

優しいユノさんは、スピードを落として私たちに並走してくれる。

 

ユノさんへ抱く恋心に気付いたのは、それから数年後のことだった。

 

 

 

(おしまい)

 

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