(最終話)19歳-出逢い-

 

 

頭を右に傾けると葉緑の若草と、一面に咲きほこる白い小花たち。

 

湿った土と、草花の青い匂い。

 

視線を真上に転ずると、快晴の5月の太陽がまぶしくて、目を細めた。

 

すると光が遮られ、青空を背景に俺の愛しい人のシルエットが浮かぶ。

 

眩しさで眩んでいた目が慣れてくると、その人の笑顔。

 

シロツメクサが群生するここは、山深い中にぽっかりと現れる広場。

 

子供だった俺は、ここでチャンミンと沢山遊んだ。

 

鬼ごっこをしたり、フリスビーをしたり、ピクニック弁当を広げたりした。

 

屋敷から離れて、誰もやってこないここは、思う存分子供らしくいられる秘密の場所だった。

 

記憶にあるよりも案外狭く感じるのは、当時の俺が小さかったせいだ。

 

真っ赤なブランケットを広げた上で、俺たちは上になり下になり、抱きあっていた。

 

もつれあう最中、足で蹴り飛ばしてしまったキャンバスバッグから、ワインボトルが転がり落ちていた。

 

チャンミンは俺にそっと、触れるだけのキスをすると、上半身をのけぞらせ休めていた腰を動かし始めた。

 

チャンミンの腰を支えてやりながら、快感の波に合わせて「好きだ」を繰り返した。

 

 


 

 

きゅっきゅっと雪を踏みしめる音が、ブーツの下で立てている。

 

昨日一日降り続いた雪が、俺の膝の高さまで積もっていた。

 

チャンミンに置いていかれないよう、必死に足を動かしているが、所詮俺はチビ。

 

雪に埋もれてブーツが抜けず、前方につんのめるように転んでしまった。

 

「わぁ!

ユノ!」

 

慌てて引き返してきたチャンミンによって、肩の上に担ぎ上げられた。

 

「ユノは背が伸びますよ」と、チャンミンは自信たっぷりに請け負ってくれたのに、12歳になっても俺の背は、チャンミンの脇腹の辺り。

 

俺の足じゃ夕方までかかりそうだったから、大人しくチャンミンの首にしがみついていた。

 

視点が高くなり、見渡す限りの雪原と、葉を落としたシラカバの木立と、その背後の針葉樹の青緑色がぐるりと縁取っている。

 

零下15度で、日差しの中でキラキラと銀粉がまばゆい。

 

「ユノ、どこでランチをしましょうか?

あそこの木の下にしますか?」

 

「あんな暗いところは嫌だ。

真ん中がいい。

ここがいい」

 

木立を抜けたここは、野球の試合ができそうなくらい開けた場所で、俺とチャンミンのお気に入りの場所なんだ。

 

「雪かきをしますから、待っててくださいね」

 

チャンミンは俺を下ろすと、ブランケットを敷く場所の雪を除け始めた。

 

犬が穴を掘るみたいな動きに、俺はケラケラと笑った。

 

「笑っていないで、手伝ってくれませんかね?」

 

チャンミンに雪をかけられて、面白くなった俺は両腕いっぱいの雪を彼の背中にぶちまけた。

 

「あははは!」

 

散った粉雪が日光に反射していて、「ダイヤモンドダストだ...」と感動した。

 

真っ赤なブランケットを敷いて、その上にチャンミンのリュックサックで運んできたランチを広げる。

 

「寒くないですか?

指がかじかんでるでしょう?」

 

寒さでチャンミンの耳も鼻も赤くなっていた。

 

手袋を脱いだ俺の指を、ふうふうと息をふきかけて温めてくれるチャンミン。

 

じんじんと痛いくらいだった指先が、チャンミンの吐息で徐々にぬくもっていった。

 

チャンミンは俺を子供扱いする。

 

ムカつくことも多いけど、イヤじゃない時もある。

 

チャンミンに甘やかされ、大事にされているうちに、寂しく悲しい気持ちが消えていく。

 

俺を覗き込む、美しい琥珀の瞳にさらされると、自分がかけがえのない存在だと思えてくるのだ。

 

 

 

 

春になれば、俺は中学に進級する。

 

屋敷を離れての寮生活になる。

 

チャンミンとの別れの時が近づいてきていた。

 

父の折檻や、母の人形になること、悪魔のような従兄弟たち、意地悪な使用人...他にも痛いことをしてくる者たちから、離れられるから嬉しい。

 

でも...チャンミンと離れるのは嫌だ。

 

チャンミンを一人残していくことが、心配だった。

 

子守りの役目がなくなったチャンミンは、この屋敷に居続けることができるのだろうか。

 

大人たちの言いなりで、いいのか?

 

俺の手の中のカップで、熱々のココアから白い湯気をたちのぼっていた。

 

チャンミンお手製のココアだから、女中頭Kが作るのとは違って、ココアも砂糖もたっぷりで濃くて美味しいのだ。

 

でも、今日のココアは味がしなかった。

 

「...チャンミン」

 

「はい?」

 

チャンミンは大きな口で、サンドイッチをかぶりつこうとしたのを止めた。

 

「チャンミン、俺と一緒に大きくなろう」

 

「僕はもう、大きいですよ?」

 

困ったときにいつもするように、チャンミンは眉毛を下げて小首をかしげた。

 

「俺、早く大きくなるから!」

 

俺はチャンミンの腕を揺すった。

 

「チャンミンと同じくらい大きくなるから!」

 

「ユノ...急にどうしたんですか?」

 

チャンミンは俺の手からココアのカップを取り上げ、自分のサンドイッチも皿に戻した。

 

身体の向きを変えて座り直すと、俺の手を引いて膝の上に俺を座らせた。

 

「慌てなくていいんですよ、ユノ。

子供でいられるのは今しかないのです。

ゆっくり大きくなりましょうね」

 

俺をゆったりと抱きしめて、背中をとんとんと叩いた。

 

チャンミンの匂いを肺一杯に吸い込んだ。

 

俺を安心させる匂い。

 

「俺とっ...一緒に...」

 

鼻の奥が痛くなってきて、視界が揺らめいてきた。

 

7歳になった朝、俺はチャンミンと出逢った。

 

あの頃は、膝に乗った俺の頭はチャンミンの鎖骨の辺りだった。

 

ところが今は、チャンミンの肩の向こうが見えるくらいになった。

 

順調に大きくはなっている、なってはいるけど...。

 

「それじゃあ遅いんだ。

チャンミンを守れるようになりたい」

 

「ユノが僕を守ってくれるのですか?」

 

俺を見下ろすチャンミンの目が優しくて、ちょっとだけ潤んでいて、それを見た俺の胸がきゅうっとなった。

 

「僕の仕事が無くなってしまいますね。

無職になっちゃいますね」

 

チャンミンは分かってる。

 

俺がいなくなったら、自分がどうなってしまうのか。

 

「チャンミン!

ずっと、ずっと俺のそばに居てよ」

 

「居ますよ。

あなたは僕のご主人様です。

ご主人様から暇を告げられるまでは、ずっとそばに居ます」

 

「じゃあ、ご主人からの命令だ。

俺のそばにずっと居て」

 

こんな会話...以前もした覚えがあった。

 

当時は、「その時」は遠い未来の話だった。

 

イヤイヤと駄々をこねて、チャンミンを困らせるだけで済んでいた。

 

今こそ「その時」だった。

 

押しつけていたチャンミンの胸から頭を起こし、涙を拭った。

 

「でもね、ユノ。

向こうの学校までは、僕はついていけません」

 

「学校に行くのは止めにする。

ここで勉強する!」

 

「そういう訳にはいきませんよ。

ユノのお父さんとお母さんに反対されますよ?」

 

「俺が何とかする!

俺、頑張るから!」

 

「お!

お手並み拝見ですね」

 

チャンミンの目尻に光るものがあり、アンドロイドでも涙を流すんだ...と震えるほど感動した。

 

よかった、チャンミンも俺と同じことを考えている。

 

でも、チャンミンにはどうしようもできない。

 

俺が何とかするしかない。

 

チャンミンの涙目を見て、彼が俺の頑張りを期待していると知った。

 

心から嬉しかった。

 

「ユノのそばにずっと置いてください」と、口に出して言えない立場。

 

俺はチャンミンの願いをしかと受け止めた。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕が初めて目にしたのは、あなたの漆黒の...黒よりも黒い、という意味ですよ...瞳でした。

 

興味津々でしたね。

 

素敵な名前を付けてくれましたね。

 

ありがとうございます。

 

辛くて悲しいことも多かったのに、あなたは綺麗な心を保ち続けました。

 

優しくて、強い、ハンサムな大人になるでしょうね。

 

その時を僕は見届けられるでしょうか。

 

分かりません。

 

でも、5年間ありがとうございました。

 

僕はあなたの味方ですよ、ずっと。

 

あなたは僕の宝物です。

 

アンドロイドの僕が言う台詞じゃありませんね、ふふふ。

 

 

『出逢い編』おわり

 

 

 

19歳(BL)

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