(10)19歳-初恋-

 

 

 

叔父さんの指示通りに、医学書などを本棚に詰め終えた。

 

『手伝い』の意味を、俺は間違った意味で捉えていたらしい。

 

俺を探しに追ってこないよう、チャンミンには町への用事を言いつけた。

 

安堵と拍子抜けに変な表情をしていたみたいで、叔父さんはそんな俺を笑った。

 

悔しいけれど叔父さんはハンサムで、お相手に求めるのも自身の美貌に見合っていないといけない。

 

チャンミンの彫刻のように整った顔は当然、叔父さんのお眼鏡にかなっている。

 

チャンミンのしなやかな腕だとか、固い胸だとかにドギマギするようになった俺だから、にわかに彼の安全が脅かされている、と怯えはじめた。

 

叔父さんは、俺に目をつけていることを全く隠さなかった。

 

俺が成長するのを舌なめずりしながら待っていたんだと思う。

 

チャンミンに手をつける前に、阻止しなければ、と...それ程の覚悟だった。

 

ところがあっさりと解放されて、肩すかしを食らって、ぽかんとしてしまっても仕方がない。

 

そんな俺の気持ちを見透かして、叔父さんは笑ったんだ。

 

「それじゃあ、失礼します」と叔父さんの部屋を辞去しようとした時。

 

俺を呼びとめる叔父さんの言葉に、俺の背中は硬直した。

 

「チャンミンを」

 

俺は振り向いた。

 

「今夜、チャンミンに来るように伝えてくれないか?

ここに」

 

ああ、やっぱり...。

 

「出来ません。

駄目だって...お断りしたでしょう?」

 

俺は言葉のひとつひとつに威厳をこめたつもりだったけど、その声は無様に震えていた。

 

「チャンミンは俺の所有物です。

チャンミンをどうするかは、俺が決めます」

 

胸がドキドキして、全身に冷や汗が噴き出た。

 

寝椅子に寝っ転がっていた叔父さんは、身体を起こすと、いつものニヤニヤ笑い...悔しいことに、そんな不敵な笑みも美しいのだ...を浮かべた。

 

「役立たずなアンドロイドだねぇ。

そんなんで、ただ飯を食わす価値があるのかね?」

 

俺の中にふつふつと怒りがこみあげてきた。

 

だからといって、声を荒げるわけにはいかない。

 

この屋敷では、叔父さんの立場は俺よりうんと上なのだ。

 

「チャンミンは...役に立っていますよ」

 

「へぇ...ユノにはまだまだお守りが必要なんだ?」

 

チャンミンは俺の子守りとして、この屋敷にやってきた。

 

15歳になった俺には、子守りなんて不要だ。

 

とうの昔に払い下げるか廃棄処分になるはずだったのを、俺の我が儘で屋敷に置かせてもらっている身分なのだ。

 

俺が留守の間、チャンミンが出来ることと言えば雑用しかない。

 

「義兄さんがよく許しているよなぁ。

あの方は合理的で無駄が嫌いな人間なのに」

 

 

 

 

叔父さんの言う通りだけど、父さんは軟弱な言動を憎む人でもある。

 

理屈に合わないことでも、未来の当主を担う者たるもの、意志を貫き通す姿勢を重んじているのだ。

 

俺が中学に進学する際、父さんに直談判したのだ。

 

「アレを気に入っているのです。

だからアレは手元に置いておきたい」と。

 

これ程度の主張じゃ弱いと分かっていた。

 

「思うがままに使える助手のような者が欲しいのです。

アレは私の嗜好を全て把握しております。

学業を邪魔するような雑事は、アレに任せるつもりです。

私が不在の間は、適当に使ってやってください。

アレは見た目がいいです。

屋敷内をウロウロしていても、見苦しくないでしょう」

 

父さんを説得しながら俺は、心の中でチャンミンに謝っていた。

 

アンドロイド相手に、人間並みの情を傾けていることは悟られてはいけなかった。

 

だから、ドライな姿勢を見せなければなかったのだ。

 

 

 

 

「チャンミンをどう使おうと俺の勝手です」

 

これ以上何も言うことはないの意思表示に、勢いよくくるりと叔父さんに背中を見せた。

 

そして、こう言った。

 

「俺が来ますよ、今夜。

チャンミンは来ません」

 

 


 

 

心臓がどっどと拍動している。

 

照りつける太陽と摂氏30度の屋外、俺の背中は汗でびっしょりで、これは暑さのせいじゃない。

 

緊張と怒りと恐怖の冷や汗だ。

 

屋敷裏の庭園の小路を、シラカバの木立へ向かって歩いていた。

 

静かで涼しい場所で、気持ちを鎮めたかった。

 

「ユノー!」

 

裏門前に停車した車から、サングラスをしたチャンミンが手を振っていた。

 

「チャンミン!」

 

運転席から顔を出したチャンミンは、ただ事じゃない俺の雰囲気にすぐ気づき、車から降りた。

 

サングラスを外すと、俺を覗き込んで「どうしたのですか?」と尋ねる。

 

俺の肩をつかむ手が大きくて、頼もしくて涙が出そうになる。

 

「ううん。

何でもない」

 

俺はごしごしと目元を拭った。

 

何も知らないままでいてくれるチャンミンに安心したのと、俺の頑張り次第で彼に危険が及んでしまう恐怖で、涙が出てしまったのだ。

 

「チャンミン。

どっか遊びに行こう」

 

「今からですか!?

...暑いですよ?」

 

チャンミンの顔がゆがむ。

 

アンドロイドは皆そういうものなのか、チャンミンは暑さに弱い。

 

「山道を行けばいい。

自転車で行くんだ。

風が涼しいよ」

 

「行きはいいですけど...帰りは上り道ですよ?」

 

「おっさんみたいなことを言うなよ~。

帰りは夕方だからさ」

 

「うーん...」と渋っていたチャンミン。

 

「ご主人の言うことはきかないとね」

 

「僕は『おっさん』じゃないですからね」

 

自分で口にしておきながら、『ご主人』の言葉にドキリ、としてしまった。

 

 

 

 

針葉樹林を貫く、細くて薄暗い山道だ。

 

車通りは全くと言っていいほどないため、俺たちは並列して、ふもとまでの5Kmの道のりを一気に走り下りた。

 

気持ちよくて、雄たけびを上げて、全身で風を受ける。

 

ペダルを踏んで加速する俺を追いかけて、チャンミンは「危ない!」だの「もっとゆっくり!」だのうるさい。

 

屋敷の者は、裏門から続くこの山道を使うことは滅多にない。

 

なぜなら、山ふもとには巨大工場と、そこで働く人々が住まう集合住宅がごたごたと立ち並ぶ...いわゆる住む世界の違う一帯なのだ。

 

雑多とした建物の先に、白い建物がそびえている。

 

屋敷にいる限り、木々に遮られた下に、こんな風景が広がっているなんて知ることはない。

 

キキっとブレーキ音を派手にきしませて、自転車を止めた時には、俺の心は晴れ晴れとしていた。

 

遅れて到着したチャンミン。

 

「ユノ...危なっかしくて...もう...!」

 

こんなに暑いのに、俺の心配をし過ぎてチャンミンの顔色は真っ青だった。

 

そして、長身なチャンミンに対して、その自転車はあまりに小さい。

 

「暑いな」

 

山風でせっかくひいた汗が、再び噴き出てくる。

 

空は真っ青で、縁どる山々からの蝉の鳴き声がわんわんとうるさい。

 

俺たちは舗装されていない道を、自転車を引いて歩く。

 

行先は特に決まっていない。

 

チャンミンの隣を歩く今この時、この瞬間が、貴重だった。

 

砂利を踏む靴底から砂ぼこりが舞った。

 

「喉が渇いたね。

ジュースが飲みたいな」

 

「あの先を曲がったところに、お店がありますよ」

 

「いいね!」

 

通り過ぎる者たちの視線が気になって、俺は足元に視線を落とした。

 

白茶けた地面に、俺たちの影が濃い。

 

「日用品や切手を売っている小さな店ですけど。

お菓子やアイスクリームも売っていますよ」

 

異次元めいたチャンミンのいでたちと、こざっぱりした俺の恰好は、ここでは目立つのだ。

 

ジュースを買ったら、山すそを流れる谷川に下りて行って涼もう。

 

「へぇ、詳しいね。

来たことがあるんだ?」

 

「はい」

 

チャンミンはこの辺りに、何の用事があって来ることがあるんだろう?

 

俺の疑問を察したのか、チャンミンの長い腕がすっと持ちあがった。

 

「あそこです」

 

「?」

 

チャンミンの指さす先に、意図が分からず首を傾げた。

 

「あの建物です。

コンクリートでできたあそこ」

 

レンガ造りの住居が立ち並ぶ茶色のグラデーションの先、そこだけのっぺりと白い直方体だ。

 

「あれが...どうしたの?」

 

「僕が生まれたところです」

 

 

 

(つづく)

 

 

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