(11)19歳-初恋-

 

 

 

「......」

 

チャンミンが生まれた場所...。

 

目をこらすと、建物の屋上に取り付けられた見覚えのあるマーク。

 

8年前、チャンミンが収められていた箱にプリントされていた。

 

まさかチャンミンの方から、はっきりと言葉にされるとは思いもしなかったタイミングだった。

 

「定期的に点検にいっているんです」

 

「...点検って...何を診てもらってるの?」

 

「おかしなことを口走らないように、バグを取り除いたり。

食いしん坊過ぎた時は、燃費改善の装置を取り付けたり...」

 

硬直した俺の表情に気付いて、チャンミンはとん、と俺の背中を押した。

 

「...これは冗談ですよ。

僕の中にケーブルや金属が詰まっていると想像しましたか?」

 

「......」

 

「やだな...ユノ。

冗談ですよ。

単なる健康チェックです。

ユノもするでしょう?」

 

「...うん」

 

悲しくなってきた。

 

チャンミンはアンドロイドだけど、俺にとってはそんなこと関係のないことで...俺にとってのチャンミンはチャンミンに過ぎないのだ。

 

そのはずだったのに...。

 

俺に知られないよう、チャンミンが口をつぐんでいたのではない。

 

俺が尋ねれば、教えてくれたはずだ。

 

まるで工業製品みたいに、「製造された」事実を知りたくなくて、敢えてその類の話題を避けてきた。

 

幼い頃は無邪気に、チャンミンのルーツについて尋ねたこともあった。

 

でもそれは、人間みたいなチャンミンが嬉しくて、アンドロイドらしさよりも、人間らしさ探しに夢中になっていた、そういえば。

 

「僕はあそこで造られたのですよ」

 

俺はどう返答したらよいか分からず、「そっか...」とぼそりとつぶやくのがやっとだった。

 

ドンホの父さんが所有するアンドロイドの話から、俺の脳裏に浮かんだ、沢山のチャンミンが並ぶ想像図。

 

あの時のぞっとした感覚。

 

実際の建物を見せられたら、その想像図にも具体性が増す。

 

ベルトコンベヤに載ったバラバラの身体のパーツが、順に組み立てられる。

 

腕...脚...最後に頭。

 

そっと隣のチャンミンを横目で見る。

 

半袖から伸びる腕は、骨も筋肉も感じられるし、当然だけどつなぎ目なんてない。

 

体毛が日光に透けていた。

 

汗に濡れたシャツが身体に張り付いていて、吹いた風にのって汗の匂いもする。

 

まるで人間じゃないか。

 

日光がまぶしくて細めた眼が、懐かしむ風に優しくて、悲しげじゃなかったことに、ホッとした。

 

チャンミンがその建物をどんな心境で眺めていたのか...アンドロイドの心境なんて想像できないけれど。

 

 

 

 

店内には、雑多な商品がごたごたと並べられていた。

 

ガラス瓶に詰められた毒々しい色の飴玉や、串に刺さった何かの干物など、屋敷で出されるおやつとは、全然違う。

 

物珍しくて時間をかけて観察してみたかったけど、ここでは俺たちは目立ちすぎる。

 

店主のおばあさんが不躾に俺たちを眺めまわすから、居心地が悪かった。

 

冷蔵庫からジュースを2本選んでお金を払おうとした時、財布から出した紙幣におばあさんは首を振った。

 

断られた意味が分からなくて困った俺は、チャンミンのTシャツの裾を引っ張った(背を丸めてスタンドラックに並んだ新聞の見出しを読み込んでいた)

 

チャンミンは冷蔵庫のガラス戸に貼られた値札と、俺の手の中の紙幣を見て、何かに気付いたようだ。

 

後ろポケットから小さな革財布を出すと、チャンミンは硬貨を2枚カウンターに置いた。

おばあさんはこくりと頷いて、早く持っていけという風にジュースの瓶を顎でしゃくった。

 

買い物ひとつスマートにできない俺より、チャンミンの方が世間を知っていると発見した一コマだった。

 

「ん?」

 

不意に目があってドキッとした。

 

薄汚いショーウィンドウから、店内を覗く者と目が合ったのだ。

 

子供だった。

 

不信に思って店の外にでたら、その子は逃げもせず、ショーウィンドウの前から動かなかった。

 

ひとりだけだと思ったら、全部で3人いた。

 

白い襟付きシャツと紺色の半ズボン...俺たちみたいにこざっぱりとした恰好だった。

 

7歳か8歳くらい...男の子が1人、女の子が2人...俺と目が合ったのは男の子の方だ。

 

「欲しいものがあるの?」

 

突然声をかけられても、その子たちは怯えるどころか、興味津々に俺をじぃっと見つめる。

 

こちらの方がドギマギして目を反らしそうになるくらい。

 

女の子みたいに可愛らしい顔をしていたから、半ズボンを履いていなければ男の子だと分からなかっただろう。

 

紺色のスカートを履いた女の子二人は、揃って黒髪を三つ編みにしていて、顔が似ていたから姉妹か双子なのかなぁ。

 

彼らは周囲から浮いていた。

 

小綺麗な恰好をしていることもそうだけど、普通じゃない空気をまとっていた。

 

「僕たちは、お菓子が欲しいの?」

 

俺は屈んで、男の子に問いかけた。

 

『僕たち』だなんて、チャンミンを贈られた日、箱から出た彼が俺に向けて言ったのと同じ言い方だなぁ、と懐かしかった。

 

その時は確か、「僕の名前は?」と聞かれたんだっけ。

 

子供扱いされてムカついた俺は、「『僕』じゃない、ユノだ!」って答えたんだ。

 

ところがチャンミンは、台詞そのままの意味で尋ねていたんだ...「僕の名前を教えて。僕の名前を付けて」の意味で。

 

懐かしいなぁ...あの時から8年か...。

 

「チャンミン、この子たちに何か買ってあげようよ」

 

ショーウィンドウを覗き込む目がもの欲しそうだったからだ。

 

遠巻きに子供たちを見ていたチャンミンに声をかけると、彼ははっとした感じで「いいんですか?」と賛成ではない様子だ。

 

「この子たちの保護者に怒られませんか?

お菓子を禁止されているかもしれませんよ?」

 

「そういうもんかなぁ」と、チャンミンの返事に納得がいかずにいると。

 

「ごめんなさい!」

 

ひとりの若い女の人が、通りの向こうから駆けてきた。

 

 

 

 

「冷たくて美味しいですね」とチャンミンは目を細めている。

 

こくこくと上下する喉仏や、汗で光る肌に胸が苦しくなって、すっと目を反らした。

 

濃い緑色の液体が乾いた喉をすべり落ち、甘ったるいのに薬みたいな味がした。

 

日差しを遮るもののない、色の乏しい町をチャンミンと並んでゆっくり歩いた。

 

元来た道を引き返して、山道を脇に行ったところの谷川まで下りようと、意見が一致したのだ。

 

冷たい谷川に足を浸して、涼もうって。

 

釣り竿と網かごを持ってくればよかったなぁ、って。

 

「あの子たちは、避暑に来た子たちかなぁ?」

 

「......」

 

「あの女の人は、子守りか家庭教師かな?

...きっと、あの人はアンドロイドだね」

 

アンドロイドを身近に置いたことのない者は、気付かないと思う。

 

でも、俺には分かった、チャンミンと似たような空気を漂わせた彼女だったから。

 

女版のアンドロイドは初めて見た。

 

「あの子たちもアンドロイドなのかなぁ?

人形みたいに綺麗だったよね。

でも、子供のアンドロイドって聞かないよね」

 

「......」

 

「チャンミン、聞こえてる?」

 

俺の問いに答えないチャンミンに、俺は彼の二の腕を揺すった。

 

「はいっ?

...さあ、どうでしょうね」

 

「チャンミン...暑すぎてしんどいのか?」

 

「いえ...平気ですよ」

 

チャンミンを気遣った俺だけど、頭のてっぺんを直射日光に炙られたせいで、視界の縁に虹色のギザギザが瞬いて、頭が痛かったのだ。

 

とめどなく流れる汗を、手の甲で拭った。

 

「もうちょっと歩けば涼しくなるぞ。

頑張れチャンミン」

 

自転車のカゴにいれた空き瓶が、カタカタ音を立てている。

 

背後にそびえる白い建物を、何度も振り返って見上げた。

 

案外近くに、チャンミンの生まれ故郷があったんだ。

 

実際の建物を見せられて、チャンミンはやっぱり造り物なんだと実感した。

 

チャンミンがアンドロイドのふりをした人間だったら...どんなにいいことか!

 

心の底からそう願った。

 

 

(つづく)

 

 

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