「引っ越しの片づけを手伝って欲しくてね」
叔父さんは俺の二の腕から手を放し、とび退った俺に「そこまで嫌がらなくても...」と笑った。
この夏、叔父さんは大学病院から町の小さな病院へと勤め先を変えたのだ。
姉(俺の母さん)の屋敷に住まいを移すことになったことが、俺の気持ちを暗くさせていた。
田舎町に頃合いの良い下宿屋はなかったから、仕方のない選択なのだけれど...。
「本も大量にあるし、本棚が重くって...俺ひとりじゃ無理だ。
ユノも大きくなったし...。
手伝ってもらいたいんだ」
叔父さんの言う『大きくなった』の言葉に、俺の背筋がぞくりとした。
・
何度かそれらしい夢...叔父さんが...を見て、寝汗びっしょりで目覚める日々。
あれは俺が実際に目撃した光景なのだ。
唯一異なるのは、叔父さんと肌を重ねる男たちの中に、チャンミンが含まれていることだ。
屋敷の中では、叔父さんはまあまあな部類に入る人物だった。
学生で滅多に屋敷にいなかったこともあるけど、帰省する度、俺のために珍しい菓子を買ってきてくれたりして、俺はまあまあ叔父さんに懐いていた。
そうじゃなくなったのは、俺が10歳頃...春休みで従兄弟たちが屋敷に滞在していた時のことだ。
悪魔のような従兄弟たちとかくれんぼ...チャンミンを人質に取られていたから、命がけの...をしていた。
従兄弟たちが簡単には入って来られない部屋、ということで叔父さんの部屋に隠れることにしたのだ。
叔父さんは昼間は街に出かけて留守にしていることが多かった。
俺は叔父さんの部屋にそっと忍び込み、クローゼットの中に身を潜ませた。
暗闇の中、俺は膝を抱えて時が経つのを待った。
1時間か2時間、実際はそんなに経っていなかったと思う、時計がないと概して時は間延びして感じられるのだ。
たっぷり待って、彼らがかくれんぼなど忘れて違う遊びに夢中になっているのを確認してから、外へ出ようと思った。
探しに来ないからって、中途半端なタイミングで隠れ場所から出てきたりなんかしたら、チャンミンがいじめられてしまう。
・
いじめられるチャンミンを、指を咥えて眺めるしかなかった以前の俺じゃなかった。
チャンミンの頭を小突く従兄弟たちを、俺は突き飛ばす。
突き飛ばされた彼らは、俺に殴りかかってきて、俺も負けじと彼らを叩く。
床を転がりもつれ合う俺たちを、他の従兄弟たちは遠巻きに眺めるだけだ。
チャンミンが止めに入るけれど、手荒に引きはがすことは出来ない。
だって、万が一従兄弟たちに怪我をさせたら、人に仕えるアンドロイドのチャンミンは、ここを追い出されてしまう。
騒ぎをききつけた大人たちによって俺たちは引き離され、当然のことだけど、俺は父さんから叱責をくらうのだ。
女中頭Kによって、父さんの元へ引っ張られていく俺。
泣き出しそうな顔のチャンミンに、俺は頷いて見せる、「大丈夫だよ」って。
先に手をあげたのは俺の方だから、罰を受けても全然、平気だった。
怖いのは、事態を引き起こしたチャンミンが責を問われることだったんだ。
だから俺は、従兄弟たちを殴ってしまった理由については、絶対に口を割らない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
涙をぼろぼろ流して、何十回も謝りながら、腫れあがった俺の顔に軟膏を塗るチャンミン。
「チャンミンは謝らなくていいんだよ。
チャンミンを守るのも、ご主人の仕事なんだよ」
そう言って、10歳の子供が大人のアンドロイドの頭を撫ぜてやったんだ。
・
叔父さんのクローゼットの中に隠れているうち、俺は眠り込んでしまった。
羽根板の隙間から差し込む光の加減から、夕方頃かなと思った。
これくらい隠れていれば十分だろうと、そこから出ようとした。
ところが、ベッドのきしむ音と呻き声に、扉にかけた手が止まってしまった。
誰かいる!
尿意を我慢していたのに、出るに出られず困った。
ところが、外から聞える声が、とても辛そうなものだったから、病気か怪我で苦しんでいるのでは?と、俺は心配になった。
羽根板の隙間からは、外の様子がよく見えなくて、扉をほんの少し開けたのだ。
きぃ、ときしみ音の後、俺の眼の前で繰り広げられていた光景に、口もきけない程驚いたのだ。
ベッドでうつ伏せになった人の上に乗っかっていたのが叔父さんで、服を着ていなかった。
叔父さんの下敷きになっていたのが、新しく雇った庭師だったことにも驚いた。
大人の男の人たちは、こういうことをするものなのか、と驚いた。
庭師はとろんとうつろな目をしていて、叔父さんは目をぎらぎらさせて、呼吸が荒かった。
クローゼットの中の俺と、叔父さんと目が合った。
ところが叔父さんは、僕の存在などなかったかのように、行為の続きに戻ってしまった。
俺はへたり込んだまま、叔父さんたちの行為から目が離せず、身動きができなかった。
あれ以来だ。
俺を見る叔父さんの目が変わったのは。
「ユノはまだ小さいから、大きくなったら仲間に入れてあげるよ。
今はお勉強の時間だ。
覚えるんだよ?」
そう言って、俺をクローゼットに押し込んで、行為にふける姿を俺に目撃させるのだ。
叔父さんたちのやっていることは、目を背けたくなるほど気持ちが悪いことのはずなのに、俺の下半身がうずいてしまう理由が当時の俺には分からなかった。
・
チャンミンとは、「ただの大人」だと認識していたのが、近ごろの俺は変なことを考えてしまう。
チャンミンの姿から、性的な香りを嗅いでしまうのだ。
チャンミンは何の気なしにしていることであっても、俺の心と身体がびくりと反応してしまう。
宿題を片付ける俺の背後から、「綴りが間違ってます」と指摘するチャンミン。
俺の背中に触れるチャンミンの胸や、肩ごしに伸ばされた太い二の腕に、胸が苦しくなる。
チャンミンはアンドロイドのくせに、汗の匂いを漂わせたりもするから、困る。
女の裸が載った写真が俺のところにも回ってくることもしばしばだ。
級友たちの中には、寮の個室にその類の雑誌を大量に隠し持っている者もいる。
俺は女の裸を見て妙な気分になることはないけれど、チャンミンに対して抱いてしまう感覚はそれに近いのだろうか、と。
チャンミンは俺が7歳の時からずっと一緒で、俺の家庭教師でお兄さんで友だちで...使用人で...それから、アンドロイドなんだ。
それなのに、チャンミンを『そういう目』で見るようになってしまった。
級友たちが異性に対して抱くものと同じような欲を、チャンミンに対して抱いたりなんかしたら、彼を穢してしまう。
・
庭でチャンミンが俺を待っている。
叔父さんが果たして、言葉通り引っ越しの片づけの助っ人に俺を呼んだだけなのか、それとも、情事の見学をさせようとしているのか、その時は判断がつかなかった。
チャンミンを男として意識し出していたから、他人の行為を見せつけられて平静でいられる自信がなかった。
下半身を反応させてしまって、叔父さんを喜ばせてしまいそうだ。
そうしたら、「ユノもそろそろ仲間入りするか?」とメンバーに俺を加えるかもしれない。
夕方までチャンミンとのんびり過ごすつもりでいたのに...。
渋る俺に、叔父さんは、
「ユノの手が空かないのなら、あのアンドロイド...チャンミンだったかな?
あれを貸してくれないか?」
なんて、言い出した。
「ダメです!」
即答する俺が意外だったようだ。
叔父さんは「おや」といった風に両眉を吊り上げて、目を丸くした。
「俺は人手が欲しくて困っているんだ。
ユノが駄目なら、チャンミンに手伝ってもらいたかったんだけどなぁ。
身体も大きいし...アレは雑役夫だろ?」
「だとしても、ダメです。
チャンミンは俺のものだから、叔父さんであっても貸してあげられません」
「......」
叔父さんは黙って、俺を見下ろしている。
「手伝いなら、俺がします。
とにかく...チャンミンはダメです」
叔父さんたちがしていることの意味を知るにつれ、美貌のアンドロイドであるチャンミンの身の危険を感じるようになっていた。
アンドロイドは人に逆らえない。
チャンミンは血を流す温かい肌を持っている。
そういう目的に使われているアンドロイドも多いと聞く。
「チャンミンに声をかけてから行きます。
俺を待ってるので」
そう言って、俺はチャンミンの元へ駆けて行った。
(つづく)