「進学の用意は済んでいるだろうな?」
予想通り、高校卒業後の進路についてだった。
「いえ、まだです。
学校の課題に追われてまして...」
実際、進学については放置していた。
「言い訳にもならん。
気が進まなくても、お前の進学先は××だ。
変更はない」
進学の意志を問うつもりは全くなく、父さんの母校に通うことは、俺が生まれた時から既に決定事項だったのだ。
...どこの大学に進学し、どの事業を任せ、いつ後継者になるのか...幼いころから決定していた
結婚相手も決まっていそうだ。
あいにく、俺の世継は誕生しない。
俺が同性しか愛せないと知ったら...父さんはどんな反応を示すのだろう。
怖いような、愉快な気持ちもある。
「まったくお前という奴は、何につけ甘い」
父さんは俺を蔑む眼差しを向けた。
俺から目を反らすと、後ろで控えていた従者Uさんを呼びつけ、住まいを含め進学準備を進めるよう指示をした。
「お前に従者をひとり付けよう。
それに全てを任せる。
何もかもが至らないお前の世話役だ」
提案という名の命令に、俺は「いりません」と間髪入れずそれを拒んだ。
俺の回答を予想していたのだろう、父さんは冷笑すると、背もたれに深々と背中を預けた。
父さんはたっぷりと間をおいてから、「『アレ』が理由か?」と、単刀直入に尋ねた。
この問いについても、覚悟していた。
「私には『アレ』がいるので、新たな従者を必要としておりません」
「『アレ』に実務的な事が出来るようには思えないのだが...?
外界の者と接したこともないだろうに」
「『アレ』へは細かい指示をしますので、ご心配なく」
「お前は甘い。
ぬるい!」
ダン、と父さんはこぶしをデスクに振り落とした。
俺はビクリと怯んでしまうのを、必死で堪えた。
「無能なモノに執着する姿は見苦しい」
父さんが息子である俺を『甘い』と呆れているのは、子守役を終えたアンドロイドをいつまでも手元に置き続けていることだ。
非常に気に入っているにしては、贅沢な暮らしをさせているわけでもない。
それどころか、元は高価で貴重だったアンドロイドに、誰でも出来る雑役というな仕事を与えている。
父さんは、そんな俺の中途半端さに呆れているのだ。
チャンミンの毎日は俺の不在が当たり前で、ひとりで使用人に囲まれて生活している。
役目もなく、屋敷内をぶらぶらするだけのアンドロイド...彼らがどう思うか。
チャンミンに対して、彼らがどんな嫌がらせをするか。
彼らとの摩擦を可能な限り減らしてやりたい理由から、不本意だけど、チャンミンには雑役夫を担ってもらっているのに。
...こんな事情は、父さんは思いつきもしないだろう。
だからといって、言い訳がましく説明する気はなかった。
「では、お父様。
その無能なモノを『使える者』へと変えてみせたら... いかがでしょう?
私の手で」
「...ふむ」
「私にとって必須不可欠な存在に変えられたとしたら...『アレ』を甘やかすばかりには見られないでしょう?
いかがでしょうか?」
父さんはこの言葉には満足したらしい。
「話は以上だ」
と、会話を一方的に打ち切ると、俺には用はないとばかりに手を振った。
とっさに口にしてしまった台詞だった。
当初は、俺は父さんが望む進路は選択しないし、高校を卒業次第、この屋敷を出るつもりだと宣言する予定だったのだ。
今夜の会見で、新たな計画が浮かんだのだ。
対外的にチャンミンが有能であることを証明すればいいことだ。
その為には、何をすればいいのか。
早急に練る必要がある。
・
鍵を開けて部屋へ入った。
「チャンミン...?」
そうじゃないかなと思っていた通り、チャンミンは寝息をたてていた。
ベッドに腰掛けた。
チャンミンの寝顔はいくらでも見つめていられた。
ふと、チャンミンはいくつなのだろう、と思った。
以前訊ねた時は、製造年月日なのか設定年齢なのかと逆に訊ねられたっけ。
年齢についての話は、そこで終わりになってしまったのだけど...。
『チャンミン』と名前を与えられた時を0歳としたら、今現在は俺と同じ17歳。
大人だと話していたこともあり、25か26歳あたりだと見なしていたけれど、寝顔はあどけなく幼くて、見た目年齢は10代後半にも見える。
どちらにしても、自身の身体を持て余す年ごろだ。
人間と同じ欲求を持つ自分が怖かったのだ。
それは俺との恋愛で呼び覚まされた欲求だ。
どうしたらいいのか分からず、相談できる者もおらず、屋敷の雑務に追われながら内心、動揺していたのだと思う。
今夜、俺に秘密を打ち明けたことで、羞恥と混乱から少しでも解放されていたらいいな。
そして俺も、チャンミンにも欲があると確認できて、心底よかったと思った。
これで対等な恋が出来る。
チャンミンは大人の男の欲を持っており、俺は若くて精神的な繋がりだけで満足できなかった。
繋がってひとつになりたい。
全身で愛し合いたい。
その意志の確かめ合いのつもりが、チャンミンの敏感なところに触れるまで前進してしまった。
ここまで進んだらもう、我慢しろと言われても無理だよ。
・
恋人が男だと知って、大多数の者は眉をひそめるだろう。
さらに、アンドロイドだと知った時...それ目的で側に置いているのだと思われる。
しかし...チャンミンがアンドロイドだと知っているのは家族と使用人、親族と招待客たちだ。
客の大半は、使用人のチャンミンを屋敷内で目にすることはほとんど無い。
それに、この屋敷を出てしまえば、下界の者たちの目にはチャンミンは人間と映るだろう。
チャンミンは、つなぎ目のない血の通った弾力ある肌を持っていている。
もしかして、研究者や製造工場関係者の目は誤魔化せないかもしれない。
だから、どうなる?
チャンミンがアンドロイドだとバレてしまっても、俺には困ることは何もない。
高校を卒業して寄宿舎を出たら、俺はチャンミンを伴ってこの屋敷を出るのだ。
・
俺は寝間着に着替え、チャンミンの隣に滑り込んだ。
チャンミンを背中ごと抱きしめた。
「チャンミン...」
眠りの世界にいる者にはどうせ聞こえないだろうけど、名前を呼んだ。
「う...うん...。
ユノ?
...大丈夫...ですか?」
「え!?」
実は目を覚ましているんじゃないかと、チャンミンの顔を覗き込んだ。
こうして、ひとつのベッドで眠るのは今夜が初めてはない。
チャンミンは常に、俺が寝入るまで、先に眠りにつこうとしない為、彼の寝顔をじっくりと眺める機会はほとんどない。
「...う、ん...。
無理...しないで」
チャンミンのまぶたはぴくぴくと痙攣していて、わずかに開いた口からうわ言が漏れていた。
夢を見ているのかな...?
「無理をしないで」なんて、夢の中でも俺の心配をしているのか。
チャンミンのうなじに唇を押し付けたまま、「大丈夫だよ」とつぶやいた。
ベッドの中は俺たちの体温で熱く蒸していて、寝苦しい夜になりそうだった。
(つづく)