(11)19歳-初夜-

 

 

週末のチャンミンのルーティンは、このような感じだ。

 

早朝5時に目覚めたチャンミンは、着替えのために地階の自室に戻り、雑役の仕事にとりかかる。

 

俺が朝食を終え、学校の課題を仕上げた頃に、一仕事終えたチャンミンは部屋のドアをノックする。

 

それから夕方まで、裏手の山道を下りた先の下町を散歩したり(チャンミンの製造工場が建っている辺り)、街まで買い物に出掛けたり。

 

気候がよくなると、湖で魚釣りの真似事をすることもあった。

 

湖面できらめく光は春先と比べて鋭さを増し、目を細めていないとくらんでしまいそうだった。

 

『真似事』と言ったのは、桟橋から水中を泳ぐ魚が何匹も確認できるのに、俺の釣り針には1匹もかかってくれないから。

 

獲れるあてのない釣り糸を落とす俺の隣で、チャンミンは小難しい顔をして読書をしていた。

 

「ユノの殺気を感じるんでしょうね」と、チャンミンは笑った。

 

屋敷の図書館の本はあらかた読み尽くしてしまったというから、街の本屋に依頼して、取り寄せてやっていた。

 

無言であっても、時を共有し合っている今この時を俺たちは楽しんでいる。

 

日がかげる頃になって、俺はカラのバケツを下げ、チャンミンは読み終えた本を抱えて屋敷へと戻る。

 

まばたきのスピードで軽いキスを交わす時もある。

 

俺たちの週末はこのように大きなイベントなど無く、ゆるゆると静かに過ぎてゆく。

 

学校では陽気でバカ騒ぎする俺の素顔は、騒がしさから離れた時に居心地の良さを感じるタイプらしい。

 

この性質はチャンミンに似ざるを得なかったとも言える。

 

 

昨夜の俺たちの会話は、恋人同士なのにどことなく遠慮しがちだった距離間を、一気に縮めてしまう際どい内容だった。

 

一線を超えるか超えないかの境目だ。

 

チャンミンの昂ぶりに直に触れることを許され、俺はもっと深みにはまりこみたかった所を父に邪魔された。

 

戻ってみるとチャンミンは既に眠りについていて、俺は仕方なく、彼を抱き枕にして横たわったのだ。

 

欲を煽られて、チャンミンの肉体を強く意識する前に、疲労感がどっと押し寄せてしまい、俺はすぐに寝入ってしまった。

 

...昨夜はそれでよかったのかもしれない。

 

究極の部分で繋がることができた時、俺はどうなってしまうのだろう。

 

本心を明かすと、望んでいたことなのに、いざ目の前に差し出されると怖気ついてしまっていた。

 

 

翌朝、目覚めると隣で眠っているはずのチャンミンが消えていた。

 

空っぽの傍らに、残念さと寂しさが寝ぼけていた頭がしゃん、と目覚めた。

 

チャンミンに誘われ、彼の身体に触れる...こうあって欲しいと願いが見させた夢の世界なのかもしれない、と思いかけた。

 

手を滑らせたシーツに、ほのかに温もりが残っているような気が...。

 

すると、薄暗かった部屋に光の筋の縞々がさっと現れ、窓際に顔をむけた。

 

逆光に立つ者のシルエットは、チャンミンのものだ。

 

「よかった...」

 

「おはようございます」

 

一度部屋に戻って 洗面を済ませ、着替えてきたらしく、ぴしりと身だしなみは整っていた。

 

「...『よかった』って何がです?」

 

「あ~も~、びっくりしたぁ」

 

ベッドに横倒しになった俺に、チャンミンは慌てて駆け寄ってきた。

 

予想通り、チャンミンからシャワーを浴びたてのと石鹸の香りがした。

 

「何がです?」

 

「起きたらチャンミンがいないんだもの。

ショックだったんだ。

ゆうべ、あんなことしたのに、チャンミンだけいつも通りだったらガッカリだなぁ、って」

 

直後、チャンミンの顔が、ボン、っと爆発音が聞こえてきそうな程、瞬間的に真っ赤になった。

 

「そういうこと、言わないで下さい」

 

チャンミンは両頬を押さえて、くるりと後ろを向いてしまう。

 

「本当のことを言っただけでしょう?

恥ずかしがることはないさ」

 

「......」

 

「普通の恋人同士だったら、みんなやっていることだよ。

それにしても...チャンミンは大胆だったなぁ」

 

「あれは...夜限定なのです」

 

「じゃあ、朝はダメなの?」

 

「......」

 

「ふふっ。

チャンミン、おいで」

 

チャンミンの腕をひいて、強引にベッドに座らせた。

 

「もしかして...ここ。

自分で触ってみたこと...ある?」

 

チャンミンのソコを視線で指し示すと、彼は目をまん丸に見開き、激しく首を振った。

 

「ないです!

全く。

触るのはユノが初めてです!」

 

そう言ってチャンミンは、わっとベッドに伏せてしまった。

 

「うん。

そうだろうね」

 

「そうですよ。

信じて下さいね」

 

「イヤだった?

俺に触られてイヤだったならば、二度と触らないからさ」

 

「......」

 

「昨夜は触っちゃってごめんね。

イヤだった?

もう触らないからね?」

 

「...イヤじゃなかったです」

 

顔を伏せたまま、チャンミンはモゴモゴつぶやいた。

 

「え?

聞こえない。

何て言ったの?」

 

からかうつもりがなくても、オーバーなくらいの反応を見てみたくて、チャンミンが恥ずかしがることを口にしてしまう。

 

「......」

 

「チャンミンがイヤがあることをしてゴメンね。

直接触ったりなんて、絶対にしないからね」

 

「イヤじゃないです!」

 

チャンミンは身体を起こすと、「朝食の用意に行ってきます!」と宣言して、部屋を出て行こうとした。

 

からかい過ぎて、いよいよチャンミンを怒らせてしまった。

 

「チャンミン、ごめん!」

 

俺は素早くベッドを下り、チャンミンを追いかけ背後から抱き捕まえた。

 

「俺のことムカついた?

チャンミンが可愛くて...しつこく言ってごめんね」

 

「...怒ってませんよ」

 

「ホントに?

じゃあ、今夜も触らせてくれる?」

 

「...いいです...よ」

 

チャンミンはコソコソ声で答えた。

 

「朝食はお部屋で召し上がりますよね?

ワゴンを持ってきます」

 

俺の腕の中からするり、と抜け出すと、チャンミンは部屋を出て行った。

 

 

「ユノ兄さん」

 

呼び止めたのは少女型アンドロイドだった。

 

昨夜は顔を合わせただけで、一言も言葉を交わせずにいた。

 

彼女は立ち止まり、会釈をすると微笑んだ。

 

その笑みは、控え目で礼儀正しく、身分をわきまえたものに感じられた。

 

俺も会釈を返す。

 

「ユノ兄さんご挨拶が遅れまして申し訳ありません」

 

『ユノ兄さん?』と呼ばれたことに、引っかかるものはあった。

 

母さんにとって少女型アンドロイドは念願の『娘』で、俺の『妹』なのだから、『兄さん』と呼ばれて当然か。

 

「えっと...?」

 

俺の問いかけの視線に応えて、彼女はワンピースの裾を摘み片膝を軽く折ってみせた。

 

「自己紹介も遅くなりました。

わたくしは『ユナ』と申します」

 

「...えっと...うん、よろしく」

 

男子校で学び、日常的に接する女性といえば母さんと使用人くらいだった俺は、しどろもどろになってしまった。

 

女性に...特に若い女性に...免疫がないとは、こういうことを言うのだろう。

 

玄関ホールが騒がしくなった。

 

「失礼します」

 

ユナはもう一度会釈をすると、エレベーターホールへと駆けて行った。

 

母さんのサロンに招待されたご婦人方の到着だ。

 

彼女たちは、香り高いお茶と甘い菓子を嗜みながら、母さん自慢の『娘』を褒めたたえにきたのだ。

 

『養女をとりましたの』と紹介しているのだろうか。

 

別に...俺には関係のない話だ。

 

 

(つづく)

 

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