俺とチャンミンは食堂で昼食を摂っていた。
昼間なのにシャンデリア型の照明が点いているのは、雨降りのせいですべてが薄暗いせいだ。
チャンミンは、擦りむいた俺の右手に気づき、「大丈夫ですか?」と何度も訊ねた。
「へーき。
ドアに挟んでしまって...」
「ユノもあわてんぼうですね」
朝よりも雨足が弱まったようだった。
先ほど父から聞かされた事実に動揺したけれど、チャンミンの前では平静を装っていた。
父とあのメーカーと深いつながりがあったとは!
俺のもとにチャンミンがやってきた理由が明らかとなり、かえってよかったと思う。
「なるほど、そういうことか」と。
誕生日プレゼントとして乳母役のアンドロイドを選択すること自体、息子に興味のない両親にしては気がききすぎている。
量産前のテスト段階のアンドロイドを7歳の息子に与えてみた...きっと、それだけのことだろう。
俺の推測に過ぎないけれど。
昨夜のチャンミンを想う。
触れるか触れないかのタッチに敏感に反応し、びくびくと肌を震わせて掠れ声を漏らしていた。
アンドロイドが備える能力は、様々な分野で人間にものを超えており、聴覚や視力、触覚といった五感の感度が高くて当然だ。
けれども、感度よくとらえた感覚に対して、生身の人間のごとく忠実に反応をみせられるほど、現代のアンドロイドは優秀なのだろうか?
温かく湿度を持った肌と、豊かな感情、グラスの水をこぼしたり寝不足で居眠りをしている。
チャンミンは、「より人間らしく」を目指して開発されたアンドロイドなのだろうか?
当時は最新鋭でも、技術研究が日々進むごとにそれは旧式となってゆく。
子供型のアンドロイドであるユナは、プロトタイプなのか、それとも量産型なのか。
かつて下町の駄菓子屋の前で、やたら綺麗な顔をした子供を見かけたことがあったけれど、彼らこそが実験段階にあるアンドロイドだったりして...。
旧式となったアンドロイドを手放したがらない俺に、父がいい顔をしていないのも仕方がないと思った。
俺は横目で、美味そうにパスタ料理を食べるチャンミンを盗み見た。
フォークに巻き付けたパスタ麺が、大きく開けた口の中に放り込まれる。
厨房と食堂を往復する女中は無関心を装って、実は俺たちに興味津々だ。
使用人たちは俺とチャンミンの仲を疑っていることは、彼らの目の色を見ればすぐに分かる。
俺が小さな子供の頃なら微笑ましく見えていた仲も、今では主従関係を超えた何かあるようにしか見えない。
主人の寵愛を受ける使用人。
俺が帰省した夜は必ず、チャンミンは俺の部屋に呼ばれ、朝になるまで使用人部屋に帰ってこない。
(怪しまれても仕方がないか。
事実なんだけれども...)
「昨日はユナと何を話していたの?」
エレベータホールで チャンミンとユナが並んで座っていた光景を思い出して、彼に尋ねてみた。
その時は意識していなかったけれど、実は妬みがあったのかもしれない。
アンドロイドのチャンミンに最も近い存在は、アンドロイドのユナだからだ。
チャンミンなら、ユナの気持ちが理解できる。
「『気分はどうか』と、訊ねました。
ユナは落ち着いているように見えて、取り乱していました。
自分を責めていました」
「それは、『フリ』なのか?
心配しているフリさ」
今の俺の言葉は意地悪だった。
「アンドロイド同士、装っても何の得もありませんよ。
感情がなくても、感情があるようにご主人に錯覚してもらうのが、アンドロイドの役目です」
今のチャンミンの言葉は、ずきりと俺の胸に刺さった。
「...すみません。
僕の言葉...意地悪でした」
「いや...俺の方こそ悪かった」
「僕は本当の本当に、ユノのことが心配ですからね?
本当の本当ですからね?」
「分かってるさ。
大丈夫。
俺はチャンミンを信じてるから」
俺は自信たっぷりと、そう言った。
・
食堂からは雨に濡れてより瑞々しい、緑の芝生の庭が見渡せる。
あちら側にはガラス張りの温室が、正面向こうには東屋と木立の小径が、こちら側には正門が見える。
俺は席を立ち、窓辺に近づいた。
チャンミンも俺の隣に立ち、正門をくぐってきた1台の車を目で追った。
「あの車でしょうか?」
大きなワゴン車が正面玄関への方へと通り過ぎていった。
母を迎えにきた車だ。
「奥さま...何も無ければいいですね」
「...ああ」
俺たちの背後で、カチャカチャと女中が食器を片付ける音がうるさかった。
午前中の出来事を振り返ってみる。
重厚な書き物デスクを挟んで、父と対峙していた。
「お前は、あのアンドロイドのことしか考えていないのか?」
父の目がすっと、細められた。
「はい」
「本気で言っているのか?」
「可笑しいですか?」
「お前は若い。
発散相手にはちょうどよいからな」
「...っ」
父さんは俺を試している。
俺を煽っている。
子ネコの首根っこを掴み、その腕を崖下へ突き出している。
俺が何を選択し、どう行動するのかを観察している。
俺に課せられた課題は、父に認められるだけの能力...屋敷を出た後、をチャンミンに備えさせることだと意気込んでいた。
電話をかけさせたのは、その一歩だった。
電話?
たったそれだけ?
高校を卒業するまであと数カ月足らずなのに、何を呑気なことをしているんだ?
父があのアンドロイドメーカーXL社の理事だと知った今、こんな正攻法では間に合わない。
俺の手元からチャンミン引き離すことなど容易にできるからだ。
俺が寄宿舎から帰省したある日、工場に連れ戻されてチャンミンが居なくなっていた...!
ぞっとした。
それから、ハッとした。
父が求めているのは、チャンミンの能力ではない。
持てる権利を実行する抜け目のなさを、俺に求めているのだ。
父に対して、チャンミンに執着している理由を、性的な役目だと思わせておく。
簡単に父を納得させられる、分かりやすい動機だ。
チャンミンを貶める嘘だけど、1つ1つ狡くならなければ、彼と共にこの屋敷を出られないと思った。
俺には生活力がない。
これに尽きる。
・
父の部屋を辞した俺は悶々した思いを抱えて、自室へと向かっていた。
『チャンミン、待っててね
俺、早く大きくなるから。
チャンミンと同じくらい大きくなるから」
ずっとチャンミンを安心させようと、ずっと言い聞かせてきた言葉。
大人になりたくて、1歳、また1歳と年を重ねる過程が嬉しかった。
...ところが、確かに肉体は大きくなった。
でも、精神は?
反骨心は?
生活力はどこにある?
俺には足りないものだらけで、悔しくて仕方がない。
噛みしめた唇から血がにじんだ。
「ちくしょう...。
ちくしょう、ちくしょう!」
俺は廊下の壁をこぶしで殴った。
「ねえ、チャンミン」
「?」
「ハグさせて。
今すぐ」
「どうしちゃったんですか?」
「俺...もう、気持ちがぐちゃぐちゃで...」
「どうぞ」
チャンミンはふっと笑うと、両腕を広げた。
「よしよし。
たまには僕に甘えてください
ユノは大人になるばかりで、少し寂しかったのです」
「ねえ。
チャンミンを押し倒してもいい?」
「突然、どうしたのですか?」
「俺のここ、触って?」
「...いいですけど。
どうしちゃったんですか?」
「...んっ、ん。
いいね...すごく...っ」
「気持ちいいですか?」
「うん、すごくっ...いい。
...っ。
もうちょっと激しくして?」
「これくらい?」
「ううん、もっと...もっと早く」
くちゅくちゅいう音。
「だめだっ...我慢できない...!
いれていい?
いい?」
「はい」
局部を出しただけで交わるのも刹那的で興奮を煽り、たまにはいいなと思った。
俺はチャンミンの背にのしかかっていた。
チャンミンの後ろ髪が汗でうなじにはりついている。
引き抜いたものは、俺の下腹とチャンミンの腰に挟まれている。
放ったものでぬるぬるとしていて、腰を動かすと擦れる刺激が気持ちよくて、俺のものは再び固さを取り戻した。
「もう1回...いい?」
チャンミンの耳にささやいた。
「...はい」
チャンミンが頷くや否や、俺は彼を仰向けにひっくり返した。
あまりにもチャンミンが従順すぎて、泣きそうになった。
(つづく)