~チャンミン~
僕の隣を歩くのはユノ...僕だけの宝物。
僕の熱い視線に気づくと、一重まぶたを三日月に細め、その美しすぎる青年は頬をほころばせた。
僕だけに見せてくれる笑顔。
10年以上、そばで見続けた笑顔。
「先に行っちゃうぞ」
「ユノ!
待ってください!」
大きなストライドで歩くユノを呼び止める。
ユノは振り返って、僕に言う。
「寝坊したチャンミンが悪いんだぞ」
僕はユノの背を追った。
ユノは足を止め、世にも優しい笑顔をたたえて、僕が追い付くのを待ってくれた。
・
...時折見る夢だ。
「...ふっ。
夢を見るなんて...アンドロイドのくせに」
時刻は夜明け前だった。
横向きに寝返り、健やかに眠るユノの寝顔を間近から眺めた。
どうか病気も怪我もせず、大きく強く育ってくれますようにと、10年間祈り続けてきた。
ユノは僕に追いついた。
嬉しい。
嬉しいけれど、寂しく切なく思う気持ちが新たに湧いてきた。
近いうちにユノは、僕を追い越してしまう。
~ユノ~
「はあはあはあ...」
顎に挟んだシャツがうっとおしくて脱いでしまう。
スラックスも脱いでしまえ。
裸になってゆく俺につられて、チャンミンはシャツを脱ぎ全裸になる。
シャツを着ただけで下半身はむき出しになっている姿も、興奮を煽られたのだけど...。
互いの首に腕を絡ませ、深くて濃いキスを交わす。
「やっ、ユノ!
駄目、駄目です!」
「いーのいーの」
チャンミンがキスでとろんと惚けている隙に、俺はチャンミンの両脚を割って、その間に顔を埋めた。
「ダメダメ」言っているくせに、俺の頭を蹴飛ばさないよう膝の力は加減されている。
「ホントに...そんなとこ、駄目ですってば!」
唇と舌でたっぷりいたぶった後、ちゅぽんと口を離すと、それは俺の唾液で光っている
「すごいね、チャンミン。
カチカチだよ?」
「も~、恥ずかしいから!
言わないでください!」
両手で顔を覆って恥ずかしがっているくせに、ふるふると震える先端から、糸をひくものがたらたら垂れている。
俺の言うこと成すことに、大人しく身を任せ、素直に反応する。
心の底から可愛い、と思った。
チャンミンの足首を掴み、羞恥のあまり閉じてしまった太もも左右に広げると、その付け根が露わになった。
昨夜見つけた、恐らく本人も知らない小さな痣に唇を押し当て、優しく吸いついた。
・
「おいでチャンミン、一緒にシャワーを浴びよう」
「えっ!?」
「全身、ベタベタするだろ?
2人のものでドロドロだ」
水銀温度計の目盛りのように分かりやすく、チャンミンの顔色がぐんぐん赤くなった。
俺はまごつくチャンミンの腕をとって、浴室へ連れ込んだ。
適温の湯で、チャンミンの全身をくまなく濡らした。
「チャンミンは凄いね」
「何がですか?」
チャンミンの背中をよく泡立てたスポンジで擦ってやった。
「ずっと品行方正な男だったのに、『経験者』になった途端に大胆になっちゃって」
「ユ~ノ!
僕をからかわないで下さい。
...僕は真剣なのです。
身体が自然に動くのです。
ユノにくっつきたくて...変ですか?」
「ううん。
俺もチャンミンといっぱいくっつきたい。
今まで何も無かったことが不思議だよ」
「...勇気がいりました。
くっつきたい欲求を持つ自分が、恥ずかしかったです」
「恥ずかしくないよ。
全然。
俺の方こそ恥ずかしかった」
チャンミンは洗いやすいよう前傾姿勢になり、バランスを崩さないよう壁に両手をついている。
「俺はそこまで背は低くないよ」
「あ、そうでしたね。
つい昔の癖がでてしまって...」
「ふっ。
いいけどさ」
俺とチャンミンの身長差は、数センチもない。
16歳を超えたとき、身長がぐっと伸びたのだ。
俺はチャンミンを背中から抱きしめた。
「手...沁みるでしょう?」
チャンミンの腹の前で組んだ俺の手は、彼の両手に包み込まれた。
「へーきだよ」
悔しさのあまり、壁を殴ったときの傷だった。
昼食の席で、すぐに見つかってしまった擦り傷と痣だった。
「全部、分かってますよ」と、言っているかのようだった。
チャンミンは常に、俺の変化を見逃すまいと、全身くまなく観察している。
俺の内臓から骨まで、透かして見ているんじゃないかと思えるくらい。
チャンミンが造られた時、インプットされていた機能だけじゃなく、その目には愛情が込められている。
「僕のことで...すみません」
「チャンミン、もしかして勘違いしてるんじゃないかな?
俺は父さんを殴ったりなんかしていないからな?」
すると、チャンミンはぷっと吹き出した。
「分かってますって」
シャワーを浴び終えた俺たちは浴室を出て、タオルでお互いの濡れた全身を拭き合った。
「ユナが...」
「?」
突然、ユナの名前が出て身構えた。
「さっき、ユナと少しだけ話をしたのです。
たまたまエレベータで一緒になったのです。
その時、捨てられるかもしれないことを恐れていました」
「...そっか...その可能性はあるかもしれないな」
母は病院に行ったきりで、屋敷には戻ってこなかった。
母の「病名」を聞かされ、俺は愕然とした。
それは受け入れがたいことで、今もぐちゃぐちゃに混乱している。
母の身に起こったことを考慮すれば、ユナの不安も理解できた。
人間の損得で彼らを自由に扱ってはいけないと頭では分かっていても、そこまでアンドロイドの人権は守られているとは言えない現状。
「俺がそうはさせないよ。
チャンミンとユナはアンドロイド仲間だからね」
嫌味に聞こえないよう、言葉にする時イントネーションに気を遣った。
「チャンミンはユナの様子に注意を払っていてくれる?
努力してみる」
「はい?」
「何とかなるよう、努力する」
「チャンミンに」、というよりも自分に言い聞かせる為の言葉だった。
「はい」
「なんとかする」と安請け合いしてしまったが、何とかしてやれる自信はなかった。
ユナとの接点も会話を交わした機会も少ない。
だが、チャンミンと同様、アンドロイドという共通点を持っている。
ユナは母の持ち物だ。
俺は関与できない。
チャンミンは俺の持ち物であり、遡ると父の持ち物でもある。
『チャンミンがアンドロイドじゃなかったとしたら、物事はもっと単純で、これまでもこれからも悩まずに済んだのに。
そして、クリアしなければならない問題ごとはいくつもある。
ひとつひとつ片付けていこうではないか、悔しさをバネに。
一つ目は、周囲の冷たい目だからチャンミンを守ること。
人間とアンドロイドの恋愛は、軽蔑の目の対象になりがちな世の中だ。
他人から後ろ指を指されても、俺は堂々としていないといけない。
俺たちの関係は悪いことをしていると、チャンミンに思わせてはならない。
俺はアンドロイドになれないし、チャンミンも人間にはなれない。
差を埋めることは考えなくていい。
俺とチャンミンの間には「差」などない。
気づきの多い週末だった。
明日、寄宿舎に俺は戻る。
(つづく)