(28 最終話)19歳-初夜-

 

高校を卒業する時が1日また1日と、近づいてきた。

 

父がX社と関係があると知った初夏の日...母が倒れたその夜、俺は決意した。

 

『今の身分を最大限に利用させてもらう』と。

 

本音を言えば俺だけの力でチャンミンを守りたいところだが、未来の俺たちを想像してみると、苦労の多い生活になりそうだった。

 

実家の財力をあてにしないのが本物の愛なのだろうか?と、思ったのだ。

 

2人だけの暮らしが始まる。

 

もちろん俺は、進学せず働きに出る。

 

父に頼りたくない意地から、生活費とチャンミンの定期健診代を稼ぐことに必死で、学問どころじゃなくなるだろうからだ。

 

しかし、いずれ思い知るのだ...プライドと「愛してる」の囁きだけでチャンミンを養ってゆけないことを。

 

経済的に豊かだから、アンドロイドを所有し続けることができるのだ。

 

チャンミンのことだから、月に1度の定期健診も遠慮するようになるだろう。

 

きれいごとを言っていられないのだ。

 

 

母のサロンを訪れるご婦人方がいないだけで、昼間の屋敷は静まり返っている。

 

Tさんは母の看護の為そばに付きっきりで、滅多に顔を合わせない。

 

父の仕事関係者、彼らと繋がりのある親戚縁者を集めてのパーティめいたものも、母というホステスの不在によって華やかさに欠けているような気がする。

 

そのパーティに半強制的に参加させられたある夜、人いきれと煙草の匂いで気分が悪くなり、俺は新鮮な空気を吸いに庭へ出た。

 

チャンミンは給仕に駆り出され、てんてこ舞いのようだった。

 

外は冷え込んでいて、ジャケットを羽織ってこればよかったと後悔した。

 

虫の鳴き声も盛りを過ぎ、弱々しく聞こえる。

 

この虫の泣き声は...鈴虫とアオマツムシか...子供の頃、チャンミンに習った。

 

東屋まで歩いてゆくと、そこにユナが居た。

 

ぽつん、と。

 

アンドロイドであるユナは、母の病室への入室が許されず屋敷で一人ぼっちの暮らしを送っていた。

 

チャンミンのようだ、と思った。

 

チャンミンの場合、週に1度必ず俺が帰省してきたが、ユナの場合は当分の間...少なくとも半年以上は、母に会うことは許されていない。

 

アンドロイドの看病が禁止されている理由は、何らかの不具合を起こす可能性がある彼らに命を預けることは出来ない、とのことだ。

 

聞いた話によると、その病院では、ある患者が苦痛に耐えかねた主人が、付き添いのアンドロイドに「私を殺して欲しい」と懇願し、そのアンドロイドにほう助させたという前例があったそうだ。

 

「どう?」

 

「今夜はお役目はございません。

見た目が子供ですので、パーティのお世話は難しいからだそうです」

 

「普段は何をしてるの?」

 

「お客様のお部屋を整える仕事をさせていただいています。

でも、いつまで任せてもらえるかは分かりません。

子供の身体をしていますので、扱いにくのでしょう」

 

「ここに居られるよう、母に話をしておく。

父にも念を押しておく。

一応、俺は彼らの息子だからね。

聞く耳を持ってもらえるよ」

 

ところがユナは首を横に振った。

 

「奥さまの元には1か月もおりませんでしたし、ここ3か月はずっと待機状態でしたから。

次の持ち主を探しやすいと思います」

 

「でも、君はオーダーメードなんだろ?」

 

「子供型のものはとても珍しいので、欲しい方は多いと思います」

 

ユナの目からは...涙はこぼれなかった。

 

どうかユナが、感情の無いアンドロイドであって欲しい、と思った。

 

一瞬迷ったけれど、俺は手を伸ばし、ユナの頭を撫ぜた。

 

温かかった。

 

 

秋が深まるにつれ、母のお腹の膨らみも目立つようになった。

 

まさか母が。

 

父が「本人に直接聞くとよい」と言っていた気持ちも理解できた。

 

母はユナを手に入れようとした時、それがX社製のものだとしても、そう簡単には運ばなかったと思われる。

 

きっと何年も待ったのだと思う。

 

娘が欲しかった母。

 

子供型のアンドロイドと並行して、「自分でも...!」と願ったのだろう。

 

あの父とどうこうあったとは思えないから、財力に任せて何とかしたのではないだろうか。

 

ユナを作り出せるようになった世の中だ、生身の人間をどうこうすることなど簡単だ。

 

 

母が倒れて以来、2回だけ彼女が入院する病院へ見舞った。

 

半年後の出産まで、絶対安静だという。

 

応接セットのある特別室で、ここは屋敷内なのでは?と騙されそうにデコレーションされた病室で、母は眠っていた。

 

Tさんは買い物に行くと言って、不在にしていた。

 

俺はベッド脇の椅子に座り、語った。

 

「母さん。

ユナは玩具じゃないんだ。

気持ちがあるし、この世に生まれてきたからには、誰かに大切に扱ってもらいたい。

もし、ユナに人の魂が込められていたらどうする?

アンドロイドと言っているだけで、どこかから連れてきた人間だったらどうする?

生身の人間だったらどうする?

母さんがユナをアンドロイドだと信じ切っているだけじゃないのか?

ユナは母さんの為に生まれてきたんだよ?

俺は理想の子じゃなかったけれど、ユナは理想その通りだったんだろ?」

 

母は目をつむったままだった。

 

「俺は理想の子供じゃなかったけど、血の繋がった息子だったから屋敷にいられた。

じゃあ、ユナは?

彼女のことをよく考えてやって欲しい」

 

俺は病室を出て行った。

 

「これから生まれてくる子が男子だったら?」とは、怖くて尋ねられなかった。

 

 


 

 

俺とチャンミンは手を繋いで、木立を歩いていた。

 

山深い中にぽっかりと現れる広場...ここが目的地だ。

 

到着するなり俺たちは駆け出した。

 

俺はチャンミンの背に飛びついて、地面へと押し倒した。

 

2人揃って転倒しても大丈夫だ。

 

イチョウの枯れ葉が散った。

 

地面は枯れ草で柔らかく、乾いた香ばしい匂いも散った。

 

俺たちの背中で、落ち葉がかさこそと音をたてた。

 

視線を真上に転ずると、快晴の11月の空が天高く、俺たち丸ごと吸い込まれそうだった。

 

風に乗った穂草の綿毛が、チャンミンの髪にふわっと舞い落ちた。

 

「......」

「......」

 

今も昔も、ここは俺たちの遊び場だ。

 

真冬の雪に埋もれて、「チャンミンを守るから」と誓ったのもここだった。

 

「ねえ、ユノ」

 

「何?」

 

「僕のアイデアを聞いて欲しいのです」

 

チャンミンは反動をつけて起き上がり、細く長い脚であぐらをかいた。

 

俺もチャンミンに次いで身体を起こした。

 

「凄いアイデアがあるのです」

 

「アイデア?

おいおい、チャンミンの背中、すごいことになってるぞ」

 

チャンミンの背中は枯れ草だらけで、はたき落としてやった。

 

チャンミンの『アイデア』は、想像以上のものだった。

 

「アンドロイドがアンドロイドを作るって?」

 

シュールな画が頭に浮かび、俺は笑い出してしまった。

 

「可笑しいですか?

酷いですね。

アンドロイドの気持ちは、アンドロイドの僕しか理解できません」

 

「そうだね...」

 

ユナに抱いた嫉妬心を思い出した。

 

「新しい技術があれば、僕にも搭載できないかどうか試してみたいのです」

 

「チャンミン...」

 

「僕はユノと一緒に年をとりたいです。

この世に取り残されて、ユノ無しで生き長らえるのは嫌です。

ユノがいなくなった時、僕には味方がいなくなります」

 

「......」

 

チャンミンの言葉は決して、悲観的なものではない。

 

将来必ず、突きつけられる現実の話だ。

 

俺の永遠の味方となったチャンミン。

 

俺の方だって、チャンミンの永遠の味方になってやりたい。

 

俺が人間であるばっかりに、時間の足並みを揃えて生きることができない。

 

俺はチャンミンを置いて先へ行ってしまう。

 

チャンミンはここで永遠に取り残されたままだ。

 

 

「俺もいろいろとあたってみる。

ドンホなら詳しいと思う」

 

ドンホの父親は、妻代わりのアンドロイドと暮らしている。

 

2度ほど、彼女を事故で失くしたことがあり、そのたび全く同じ姿形と性質を持ったアンドロイドを買い求めたと聞いている。

 

いざという時のために、ストックがあるのだそうだ。

 

「あの工場には研究室が併設されています。

人間たちに交じって研究をするアンドロイドがいます。

検診の際、彼らと話しをすることが多いのです。

いつか僕も、研究室に出入りできるようになったりして...へへへ」

 

なるほど。

 

グッド・アイデアだ。

 

「チャンミンなら出来るさ。

とても賢いんだから」

 

「でも、僕はおっちょこちょいですよ?」

 

「そういうところが人間くさくて可愛いの」

 

「可愛い、ですか」

 

「イヤ?」

 

「いいえ。

照れているだけです。

カッコいいよりも嬉しいかもしれません」

 

「そりゃそうさ。

チャンミンは俺に守られる存在なの」

 

「僕は子供じゃありませんよ?

れっきとした大人です」

 

「分かってる。

でもさ、俺がちっさい時はチャンミンが俺を守ってくれただろ?

次は俺の番だ」

 

「う~ん」

 

「お願いチャンミン。

俺にもかっこつけさせてよ」

 

「分かりました。

ユノはいつもカッコいいのに、もっとカッコよくなりたいんですね」

 

「チャンミンのために、カッコいい男になりたい」

 

未来への道がさらに開けた。

 

「初雪はいつでしょうか?」

 

「あと2週間くらいかなぁ?」

 

「雪が降って、雪が溶けて...春になったら...」

 

「うん。

楽しみだ」

 

「春になったら...」

 

チャンミンの手を握りしめると、彼も負けじと力一杯に握り返してきた。

 

「俺たちは、自由だ」

 

俺たちは顔を見合わせ、クスクス笑った。

 

パサパサっと羽音に振り向くと、葉を落した白樺の枝から飛び立つ小鳥が2羽。

 

「ホオジロです」

 

天をふり仰いだことで、チャンミンの眼が陽光に透け、琥珀色になった。

 

カメラを持ってこればよかった。

 

美しいチャンミンの姿を写真におさめたかった。

 

永遠に...。

 

(『初夜編』おわり)

(『永遠編』につづく)

 

BL小説TOP「僕らのHeaven's Day」