5日ぶりに会うチャンミン。
週末が訪れるのを待ち焦がれて過ごす寄宿舎生活。
チャンミンも、傍に俺がいないことを寂しく思い、次の週末まであと何日と指折り数えていてくれたらいいなぁと思っている。
大好きな人と触れ合うことで得られる、幸福さと気持ちよさを、俺は知ってしまった。
今は未だ、手を繋いだり、ハグとキス止まりだけれども。
口の中がこうも敏感で、上顎をなぞられるだけで膝が抜けそうになるなんて、チャンミンと交わすキスは気持ちがいい。
ところが、今夜の俺はチャンミンとキスを交わしながら、頭の中で『頼むから鎮まってくれと叫んでいた。
俺たちの背の高さはほぼ同じ。
チャンミンの予言通り俺はすくすくと育ち、並んで立つと2センチか3センチの身長差など気にならない。
だから、俺の足の付け根とチャンミンのそこは、真正面から重なり合い、押し付け合う恰好となっている。
・
「がっついちゃってごめん」
俺はチャンミンからそっと、身体を離した。
そして、腰を引いて、反応してしまったそこを隠した。
チャンミンは、キスをした時と同じ姿勢と場所で立ち尽くしていたままだったので、
「ご飯、冷めちゃうね。
食べようか?」と声をかけた。
「...あ」
俺は目を反らした。
あたかも床に紙屑が落ちているのに気づいたかのように、不自然にならないよう、チャンミンに気づかれないように、目を反らした。
何かを発見したかのような俺の様子を真に受けたチャンミンは、「どうかしましたか?」と尋ねた。
ここで俺は分かった。
チャンミンは自身の身体の変化に気づいていない。
チャンミンの普段の装いは、白いシャツと黒の細身のスラックスを穿いている。
だから、その膨らみは隠しようがない。
チャンミンは、性的に反応していることに気づいていなかったとしたら...。
「だからこそ...」と、気付いてしまったことが失礼にあたるような気がして、俺はチャンミンの手をひいて、ベッドに座らせた。
・
俺は今も女が大嫌いだ。
チャンミンがれっきとした男であることが嬉しい。
人間と一緒じゃないか。
人間の生理を備えて造られた事実が、切なかった。
チャンミンは人間だ...このアンドロイドは俺と暮らすうちに人間になったんだ。
そうだ、そうなんだ。
・
「ユノ」
あらたまった風のチャンミンに、ドキリとした。
「どうしたの?」
チャンミンの太ももの上に、こぶしに握った手がある。
「ひとつお話をしておかないといけない事があります」
「えー、何、何?
嫌なことだったら怖いなぁ...」
ちらっと浮かんだのは、「ユノの元をお暇する時がやって参りました」と
「ふふっ。
怖いことじゃありません。
僕自身についての報告です。
ほら、先日ユノは僕に質問をしたでしょう?
それに対する返事です」
「ああ...あのことね」
先日俺は、『チャンミンは俺とこれから、どうしたい?』とチャンミンに訊ねたのだ。
あの晩から1週間、その返事を聞きたくて、いつ切り出せばいいかそわそわしていた。
チャンミンは何と答えるのだろう。
『僕はアンドロイドですし、僕の役目には性的な行為は含まれておりません』と答えるのだろうか。
不安は加速して、「『もし、ユノが望むのなら、工場で造り直してきましょうか?
...つまり、女性の身体に』と提案されるのでは?」とまで、考えが及んでしまった。
チャンミンは、幼い俺が母さんからどう扱われてきたか、すぐ傍で目にしてきたのだ。
そのトラウマで、女が嫌いな俺を知っている。
急に緊張してきた俺は、急速に乾いてきた口内を、ごくりと唾を飲み込んで潤した。
「怖い顔をしないで。
ユノを不安にさせる話じゃあないです」
チャンミンは俺の手を引き寄せ、指を絡めた。
手の平は湿っていて、チャンミンも緊張をしているらしいことが分かった。
「ユノの反応を見て、僕は知りました。
僕のここが...ユノを想うとここが...」
チャンミンの視線が、自身の下腹部に落とされた。
「知識として知ってはいましたが、いざ体験すると...変なものです。
つまり、僕はユノに対して、性的な欲求を抱いている証拠です。
悪いことをしているような気になりました」
「そんな!
それは絶対にないよ!」
「約10年、ユノの隣でアンドロイドとして生きてきて、僕は僕自身の身体と心について知識を得てきました。
そこで分かったのは、僕はユノ...あなたとほとんど変わらない肉体を持っているということです。
僕の答えは...『ユノと深いところで繋がりたい」...です。
どうでしたか?」
チャンミンは肩で俺を押した。
安堵のあまり脱力してしまっていた俺は、押されるがままベッドに横倒しになった。
「あ~あ、びっくりした」
「ね?
怖い話じゃなかったでしょ?」
「うん」
「僕の話を聞いてどう思いました?」
俺と対面する格好で、チャンミンも横たわった。
「嬉しかった」
「僕も嬉しいです。
気持ち悪いと思われるんじゃないかって。
アンドロイドのくせして厭らしいことを考えているんですよ?」
俺は人差し指で、チャンミンの唇を塞いだ。
「チャンミン。
『アンドロイドのくせに』
俺の前でこの言葉は禁止」
「でもっ...。
こんな欲望をプログラムされてしまったら、下手したらご主人様を襲っちゃうじゃないですか!」
「俺は男だよ。
そう簡単にチャンミンに襲われたりしないさ。
逆に俺の方がチャンミンを襲っちゃうよ。
願ったりかなったりだよ。
...ほら、チャンミン。
もっと近くにおいで」
俺はすり寄ってきたチャンミンを、広げた両腕の中に閉じ込めた。
チャンミンの胸にすがりついていた俺が、逆の立場になった。
あと一歩で大人になれる自分が嬉しかった。
「ずっと昔、『僕は最新の最高の技術を搭載してる』って話していただろう?
ドジ踏んだり、泣いたりする遊びがあるのはそうだって。
...チャンミンは俺にとって、俺と同じ人間だよ」
「そう言っていただけて、嬉しいです。
アンドロイドだから、優れたところはちょっぴりしか持っていません。
でも、唯一違うところは、ユノもご存知の通り...」
「うん。
歳を取らない」
「正解です」
「分かってるよ」
チャンミンの不安が手に取るようにわかる。
俺はチャンミンの頭を撫ぜた。
「俺とチャンミンがずーっと一緒にいられるかどうかが、心配なんだろ?」
チャンミンは小さく頷いた。
「解決方法はいっぱいあるよ、きっと。
俺もアンドロイドになればいいし。
そうすれば、ずっとチャンミンの側にいられるだろ?」
「ええっ!
ダメですよ。
そんな技術はありませんし、人間じゃなくなるユノは嫌です」
「...記憶や性格、個性はまんま受け継ぐ、ってのが、条件だけど。
チャンミンなら、俺の見た目が変わっても大丈夫だろ?
俺そのものだろ?」
「そうですけど...僕は嫌です」
俺のシャツを握るチャンミンの手に、力がこもる。
「たとえ話だよ。
その時はその時で考えればいいよ。
今は、俺がチャンミンとひとつになりたい、って話をしてんの」
「そうでした」
チャンミンの浅い笑顔に、念を押した。
「もしくは、チャンミンがおじいさん形アンドロイドになるの。
アンドロイドなんだけど、寿命というタイマーがあるんだ。
そうすれば、俺が死んでもチャンミンは独りぼっちにならないよ。
...一緒にいるための方法はいっぱいあるし、まだまだ先のことだよ。
ほらぁ、泣いてるじゃないか」
俺はシャツの袖で、チャンミンの眼からたった今こぼれ落ちた涙を拭き取った。
・
この夜、なぜ永遠の命と、限りある命の話に及んでしまったのだろう。
多分...俺たちの心の底流に潜む不安が、顔を出したせいだと思う。
「ユノ」
「ん?」
「今夜...しますか?」
「...!」
俺の胸に額をくっ付けて、そう囁いたチャンミンに、俺は絶句した。
(つづく)