(9)19歳-初夜-

 

 

「ちょっと待っててね」

 

気になることがあって、俺はチャンミンから身体を離し、窓辺へ歩み寄った。

 

先週、帰省した時は分厚いカーテンがかかっていた。

 

今週末までの間、チャンミンは初夏を前にしてブラインドへと交換したようだ。

 

俺はブラインドを引き下ろした。

 

隙間なくぴっちりと。

 

外からこの部屋を覗くことは出来ないけれど、開放的な状態に抵抗があった。

 

(バルコニー伝いだったら可能だが、あり得ない話だ)

 

森の頂を切り開いて建つこの屋敷は、365°見晴らしがよい。

 

日が沈んだこの時刻、針葉樹の黒々とした影よりも、夜空の方が明るいくらいだ。

 

深々とした森に周囲が遮られ、街の灯りは一切見られない。

 

庭園を見下ろすと外灯が小路を照らし、酔い覚ましの為なのか散歩する客がいた。

 

学習デスクの上のクリスタル製の花瓶に、ぼてっとボリュームある花が1輪、活けられていた。

 

(柔らかそうな花びらが幾重にも重なっていて、薄桃色のレタスといったところだ。後で花の名を尋ねたら、シャクヤクという花だそう)

 

俺が帰省する日の昼間、庭仕事の合間に摘んだものだろうな。

 

その時のチャンミンの口元に、微笑みが浮かんでいただろうな。

 

この部屋は常にチャンミンのセンスによって、居心地よく整えられている。

 

カーテンやクッション、ソファカバー、デスクに飾られた花から季節を感じることができる。

 

俺への愛情も感じることができる。

 

俺たちが横たわっているベッドカバーは、水色から若草色へと美しいグラデーションの生地に淡い桃色の蓮が刺繍されている。

 

さらさらと肌に涼しい生地感だ。

 

チャンミンが恥ずかしいだろうと思って、ブラインドの次に部屋の照明を調節した。

 

チャンミンはそのままの姿勢でじっと、俺を待っていた。

 

俺はベッドに戻り、もう一度チャンミンを後ろ抱きにした。

 

「緊張してる?」

 

チャンミンはこくん、と頷いた。

 

再び俺の手は、変わらず固さを失っていなかったチャンミンに触れた。

 

チャンミンの背中がふるふると、小刻みに揺れている。

 

「怖い?」

 

「...大丈夫です」

 

俺も未経験なくせに、それは棚に上げてこう思っていた。

 

チャンミンは俺よりも大人なのに、17歳の俺の手に身をゆだねていている姿が、可愛らしいと。

 

俺のことが好きだから、恥ずかしくてたまらないのに触って欲しくて...。

 

こう思ってしまう俺は自惚れているのだろうけど。

 

「直接触ってもいい?」

 

チャンミンの返事は待たずに、片手でボタンを外した中に手を忍ばせた。

 

まずは下腹に触れた。

 

熱い肌だった。

 

いやらしい気持ちよりも、愛おしい気持ちの方が上回って、先ほどまで痛い位だったのが落ち着きを取り戻していた。

 

そして、そろりと根元に触れた。

 

「や、ダメ!」

 

チャンミンの手は、俺の手を除けようとする。

 

俺はそれを許さない。

 

「やめようか?」

 

「......」

 

「やめて欲しい?

無理強いはしないよ?」

 

するとチャンミンは、首をぷるぷると振った。

 

「どっち?」

 

「意地悪ですね」

 

しばらく俺は手を動かせずにいた。

...なんだよ。

俺と変わらないじゃないか。

 

やっぱり、チャンミンは人間なんだ。

 

そう思って正解なんだ。

 

「なんか、俺...嬉しい」

 

俺はチャンミンの首筋に口づけて、「動かしていい?」と尋ねた。

 

チャンミンは「んっ...」と小さく呻いた。

 

「すご...熱い...」と思わずつぶやいた。

 

するとチャンミンは、「恥ずかしいから、そういうこと言わないで」と言ってるのに、俺の手の中で固さを増した。

 

「...っん、やっ...駄目っ...」

 

「どう?」

 

呼吸に合わせて下腹が波打っていた。

 

チャンミンはダンゴムシのように背中を丸め、覆った両手からはみ出した彼の頬と両耳が真っ赤になっていた。

 

「チャンミン...可愛い」

 

「そういうこと...言わないでください」

 

「動かしてもいい?」と尋ねた時だ。

 

ノックの音に、俺たちの身体はビクッと跳ねた。

 

ベッドの下に隠れようとする、チャンミンの二の腕を掴んだ。

 

「そのままでいい」

 

「でも...」

 

「ここに座ったままでいて」

 

両眉を下げるチャンミンの頭をくしゃくしゃ、と撫ぜた。

 

俺はウエストからシャツを引き出すと、ベッドから下りようとするチャンミンにそこに居るよう、念を押した。

 

どうせ、そのうちバレる関係。

 

チャンミンと肉体関係を結ぼうとしているんだ、隠したくないと思った。

 

ドアを開けると、仏頂面の女中頭Kが立っていた。

 

「何の用?」

 

こちらも不愉快な表情は一切隠さずに、彼女を見下ろした。

 

俺が幼い頃、何度彼女から脇腹をつねられていたか。

 

部屋の中を覗き込もうとするのを、胸で遮った。

 

チャンミンの衣服は未だ、乱れているだろうから。

 

「旦那様がお呼びです」

 

そろそろ来ると思っていた。

 

「分かった。

後で行くよ」

 

ドアを閉めようとした時、「坊ちゃん」とKに呼び止められた。

 

「何?」

 

「『今すぐ』とのことです」

 

「はあぁ...分かったよ。

こんな格好だから、着替えさせて」

 

Kはしわだらけの俺のシャツをちらりと見ると、ため息をつき、「ここでお待ちします」と顎を上げた。

 

部屋で待つチャンミンに、一声かけたかったのだ。

 

俺はドアをぴしゃりと閉め、所在なさげにベッドに腰掛けたチャンミンに駆け寄った。

 

「チャンミン」

 

チャンミンの隣に座り 彼の手を両手で包み込んだ。

 

「ユノ...」

 

俺の手でたくしあげられたシャツは、ピシっとウエストの中に納まっている。

 

乱れた髪を手ぐしで整えてやった。

 

ドアの外では、Kが聞き耳をたてているだろう。

 

「父さんのとこに行ってくるから、待っててくれる?」

 

「続きは後で...」と、言いかけたところ、チャンミンに先を越された。

 

「今夜は部屋に戻ります」

 

「そんなっ」

 

「ドキドキすることが多くて...疲れてしまって。

それに、独りは寂しいので」

 

「へぇ...」

 

チャンミンの口から、「寂しい」と、正直で甘えた言葉が出てくるとは...俺は嬉しかった。

 

催促するノックの音がした。

 

「俺も寂しいから、頑張って待ってて。

ベッドで寝てて待ってて」

 

「だって...!」

 

「僕はアンドロイドですから」と、とっさに口にしたかっただろう。

 

「それは口にしない約束でしょ?」と意味を込めて、俺は片眉を上げて見せた。

 

チャンミンはぴたりと口をつぐみ、怒られた子供みたいな上目遣いで俺を見た。

 

「これはチャンミンの恋人からのお願いだよ。

ね?」

 

「はい...」

 

「誰も入ってこられないように、外から鍵をかけておくね」

 

1年前、屋敷のマスターキーが使えないよう俺は業者を呼び、部屋の鍵を交換させたのだ。

 

「待っててね。

絶対に」

 

「...はい」

 

チャンミンの困ったような控え目な笑顔を見ると、「ああ、俺はチャンミンが大好きだ」と思うのだ。

 

気持ちが高ぶるあまり、抱きしめてしまいそうなのをぐっと堪えた。

 

これから父さんに会うのだ。

 

 

父さんと顔を合わせる機会はほとんどなく、まれに夕食で同席する程度。

 

食事中の会話と言えば、学校での暮らしを尋ねられ、端的に答えるだけだ。

 

おあいそに事業について質問をしてみると、長々と熱弁をふるう日もあれば、「まあまあだ」とどちらとも取れるそっけない返事が戻ってくる日もある。

 

気分屋で気難しく、必要なモノは金に糸目をつけず何としてでも手に入れるし、不要なモノは容赦なく捨て去ることができる現実主義だ。

 

俺に興味があるのかどうかは分からない。

 

書斎の両開きの重厚なドアをノックすると、父さん付きの従者が出迎えた。

 

以前ここを訪ねたのはいつだったか。

 

書斎はこの屋敷で最も贅沢な造りで、部屋の2面は天井までの本棚が、腰壁と鏡板はふんだんに木材を使用している。

 

俺だけがそう感じるものかもしれないが、ここの空気はピリピリと肌に刺さる程、緊迫している。

 

足音を吸収する密な毛足の絨毯。

 

チャンミンの処分を匂わされ、失禁してしまったのもこの絨毯の上だった。

 

イヤなことばかり思い出してしまう。

 

デスクの前の俺に構わず、父は書類仕事を続けたままだ...いつものことだけど。

 

「ああ...!」と、父さんはたった今、気づいたかのように顔を上げた。

 

父さんは席を立つことなく、俺に椅子を勧めもしない。

 

これからの話題が何なのか、俺には分かっていた。

 

 

(つづく)

 

BL小説TOP「僕らのHeaven's Day」