(2)「抱いて」とねだった罪

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ」

 

生まれて初めてだった。

 

男の人に「好き」と言われたこと自体が初めてだった。

 

嬉しいより先に驚きの方が大きかった。

 

この時初めて、これまでの自分を恥じた。

 

 


 

 

惚れた腫れたにうつつを抜かす僕の隣で、ユノはとっくに進むべき道を見つけていた。

 

志望研究室すら決められず、そんな自分が情けなくて、卑下した言葉を吐いてしまった。

 

「4年間、一体何をしてきたんだろう...」と。

 

必死な思いで入学したこの学校で、僕が得たものはなんだったんだろう。

 

めそめそする僕を、ユノは慰めてくれた。

 

ユノという素晴らしい友人を得ていたことが、僕の頭からすっぽりと抜けてしまっていた。

 

僕はユノに対して、失礼なことを口にしていたんだ。

 

「僕の4年間は何だったんだろう...」と。

 

そんな自分が恥ずかしい。

 

先を歩くユノの背中を追いかけて、よそ見ばかりしてつまづいてばかりの僕。

 

ユノは、僕がちゃんとついてきているか何度も振り返ってくれた。

 

そんなユノの、何を見てきたんだろう、と。

 

僕は恥ずかしい。

 

僕の視線はユノを通り越してところにあって、その目は常に誰かへの恋心で曇っていたのだ。

 

女の子から女の子を渡り歩いて、軽い男を演じていたユノ。

 

誰か一人を、深く時間をかけて好きになることのない男だと、呆れた僕はユノに忠告めいた台詞を何度も吐いた。

 

軽い付き合いばかりのユノと比べて、自分の方がよっぽどいい恋をしていると自負していた。

 

自分こそぽわぽわと浮かれておいて、何様のつもりだったんだろう。

 

ユノは進みたい道も明確、社交的で友人も多く、容姿も抜群で女の子たちはほっとかない。

 

「チャンミンといるとホッとする」と言って、ユノはいつも僕の隣にいた。

 

根暗で冴えないホモの隣に、さも当然とばかりに居てくれた。

 

正反対な僕らに向けて、どんな陰口が囁かれていたか。

 

ユノにはいつも彼女がいたし、僕にも好きな人がいた。

 

ユノは女の子が好きだし、僕は男の人が好きだ。

 

だから、安心だったんだ。

 

ユノはころころと彼女が変わったし、僕もころころと好きな人が変わった。

 

その時は夢中で、これが最高のものだと信じていても、ある日突然壊れてしまう。

 

恋愛とはなんとも頼りないものだ。

 

でも、僕とユノの仲は、そんなんじゃない。

 

もっと確固たるものなんだ。

 

僕らの関係が誇らしかった。

 

ユノみたいな素晴らしい人が 僕みたいな男の隣を歩いてくれることに感謝していた。

 

ユノが隣にいてくれるから、僕は安心して誰かに恋していられた。

 

僕は甘ったれ屋で、これまでの関係性が気に入っていた。

 

ユノに彼女ができて、僕にも彼氏ができても、同じように仲良くやっていけるって。

 

ユノは言った。

 

「チャンミンのことが好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

なんてひどいことをユノにしてしまったんだろう。

 

初カレとの初夜にそなえて、「経験済」でいたいからって、抱いてくれとユノにおねだりした。

 

懐の大きい、モテ男のユノだから、義理で抱いてくれるだろう、って。

 

僕を「経験済み」にしてくれて、S君の元へ送り出してくれるだろうって。

 

ユノが僕のことを好きだなんて、知らなかった。

 

僕にあんなことを頼まれて、ユノは一体、どんな気持ちになっただろう。

 

「ひとりくらい、経験人数に男が加わっても構わないよね」と、酷いことを言った。

 

ユノは、哀しい目をしていたのに。

 

浮かれていた僕は、見てみぬふりをした。

 

僕はユノを傷つけた。

 

これが、僕が犯した「罪」のひとつだ。

 

 


 

 

どんな想いでユノは僕を抱いたのだろう。

 

緊張していた僕は、お酒を飲み過ぎていた。

 

覚えている限りでは、僕が痛くないよう、時間をかけて指で慣らしてくれた。

 

愛撫がうまかった。

 

女の子相手にもこうしてるのかな、とその光景を想像してしまった。

 

女の子が好きなユノが、男の僕に反応してくれて、嬉しかった。

 

僕の胸を念入りに、女の子にするみたいに触ったり舐めてくれて嬉しかった。

 

指でかき回されて、自分でやるのとはけた違いに気持ちよかった。

 

酔いが回ってきたせいで、うつ伏せの姿勢になった以降の感覚は定かじゃない。

 

翌朝目覚めたら、ユノはバイトに行ってしまった後だった。

 

くず入れにコンドームの空き袋と使用済みのそれ。

 

後ろがじんと熱を帯びていて、「そっか、僕はユノと『初めて』をしたんだ」って嬉しかった。

 

僕はなんとお目出たい、大馬鹿野郎なんだ。

 

ユノは僕に尋ねた。

 

「好きって...男としてか?」と。

 

僕は何て答えた?

 

ユノはしつこく僕に訊いてたじゃないか。

 

「どうして『俺』なんだ?」って。

 

別の恋にうつつを抜かしていた僕は、ユノの真意が分からず首を傾げていた。

 

僕はユノを傷つけた。

 

 


 

 

ユノはあれから3日間、僕の部屋に泊まりこんで、あれこれと世話をしてくれた。

 

「ユノ...彼女と会わなくていいの?」

 

ベランダから洗濯物を取り込む最中のユノは、「は?何を言ってるのかね、君は?」みたいな顔をして、僕の方を振り返った。

 

「...別れたよ」

 

「え...?」

 

ユノはどかっと床にあぐらをかいて、ベッドに寝転がった僕を見た。

 

「俺も心を入れかえたんだ。

これまでのちゃらんぽらんな生活から卒業したんだ」

 

「ユノはっ!

ちゃらんぽらんじゃないよ...」

 

「そう言ってくれるのは、チャンミンだけだよ。

でも、褒められた行いをしてきたとは言えないだろ?」

 

「確かに...」

 

「おいおい、チャンミン!

正直な奴だなぁ」

 

ユノは掛け布団の上に置いた僕の手を軽く握った。

 

突然のユノの行動にびっくりした僕は、わずかに手を引いてしまった。

 

「しまった」と思った時にはもう遅くて、ユノははっとしたようにその手を離した。

 

「ごめん。

そういうつもりで触ったんじゃないから誤解するな」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいな僕は、言葉が出てこない。

 

そんなんじゃないんだ、ユノ。

 

ユノの告白を聞いてから、どんな顔をして、どんな風に振舞えばいいのか分からないだけなんだ。

 

「俺は二股をかけない主義だって知ってるだろ?

俺には好きな奴がいるんだ。

別れて当然だろ?」

 

「......」

 

「怖い顔するなって、チャンミン。

今すぐ俺と付き合え、って迫っているわけじゃないんだ。

俺はチャンミンが好きだ。

何度でも言うぞ。

好きだから、側にいさせてくれ、な?」

 

ニカっと笑ったせいで傷が痛むのか、ユノは顔をしかめた。

 

「チャンミンの気持ちを今すぐ教えてくれ、とも言わない。

とにかく!」

 

ユノは立ち上がり、僕とお揃いのバッグを肩にかけた。

 

「今まで通りでいよう。

じゃあ、俺はバイトに行ってくる。

帰りは遅くなるからなぁ...今夜は自分ちに帰るよ」

 

多分、心細い顔が全面に出ていたんだと思う。

 

「ごめんな。

チャンミンを床に寝かすわけにはいかないんだ。

今夜はちゃんとベッドで寝ろ。

それに、チャンミンにくっつかれてたせいで、俺は寝不足なんだ」

 

「ちゃんと寝てろよ」と言いおいて、ユノは出かけていった。

 

 

 

 

ユノに伝えていない言葉がいっぱいある。

 

ユノの告白を聞いて、僕は嬉しかったんだよ。

 

好きだと打ち明けられる経験は生まれて初めてで、その相手が、僕の大事な人...ユノだったから。

 

僕のキャパシティーを超える出来事で、僕はどうしたらいいか分からないんだ。

 

「好きです」と誰かに告白するなんて、何度も経験してきたくせに。

 

それも、玉砕するって分かってて告白できていたのに、ユノに対してはそれが難しい自分がいる。

 

ユノへの想いは、一言で説明しきれないんだ。

 

気持ちをちゃんと整理してからじゃないと。

 

それまで待ってて。

 

だからユノ、謝らないで。

 

謝るのは僕の方なんだよ。

 

 

(つづく)

 

 

[maxbutton id=”26″ ]

[maxbutton id=”23″ ]

[maxbutton id=”2″ ]