(3)「抱いて」とねだった罪

(※暴力的な描写が途中ございます。成人指定です)

 

告白を受けるまで、ユノに対して抱いている感情について、深く分析したことがなかった。

ユノが出かけていって、ひとり部屋に残された僕はベッドから出て、狭いベランダへ出た。

乾いた空気は冷たいけど、ポカポカと温かい日差しに顔いっぱい晒して目をつむる。

そこに恋愛感情が存在していたのか...。

考えてみた。

僕にとっての恋心とは、ぽわぽわっと身体が宙に浮くみたいな甘い甘いものだった。

好きな人ができる。

高まる鼓動を抱えて、遠くから視線を送り、少しでも近づきたい一心で嘘くさいきっかけをわざと作ったりする。

言葉を交わすことができて、僕の名前を憶えてもらえて、少しずつステップアップしていく過程が楽しい。

でも、ほぼ全員が女の子が好きな『普通』の人だから、想いを伝えたところで無理な話。

無理だって分かってるけど、片想いでいるのが辛くなってきて、捨て身で想いを告げる。

気味悪がられて避けられることなんて、しょっちゅうだ。

そんな中、男の人が好きなS君の登場は、僕の心を舞い上がらせた。

渋るユノに頼んで、急接近をもくろんだ。

とんとん拍子に、付き合えることになった。

舞い上がる僕をユノは苦笑しながら、「やっとで彼氏ができたな」って僕の頭をくしゃくしゃっとした。

その時のユノは...辛かっただろう。

 

 


 

自分から想いを告げる経験がなかったユノ。

その初めての告白の相手が、僕だった。

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

その言葉にハッと気づかされた。

ずっと、『誰かに片想いしている』自分に酔っていたことに。

僕にとって恋愛とは、一方通行のものだった。

ふわふわと甘さを楽しむ感覚的なもの。

だって、相互の心の通い合いに、心震えたり、傷ついたり、泣いたりした経験がないんだから。

実らないことが当たり前過ぎて、僕のことを好きになってくれる人の存在...僕に向けられた愛情の存在...全くの盲点だった。

僕は惚れやすい質だから、つまり繊細な男なんだと己惚れていた。

繊細どころか、鈍感過ぎるにもほどがある。

この人が僕の名前を呼んでくれて、「好き」って囁いてくれて、僕に触れてくれて、それからそれから...。

 

...夢みたいだ。

経験したかった。

もしユノに、「チャンミンはSのどこが好きなんだ?」と尋ねられていたら、

「男らしくてカッコいいから」としか答えられなかった。

それから、「S君は男が好きな人だから」としか。

 


 

 

S君の部屋に誘われた日。

ユノに電話をしたけど、立て込み中だったみたいでのろけ話を語れずじまいだった。

恐ろしい思いをした日。

S君と2人きりになるものだと思い込んでいた僕は、S君の友人だという2人がいて、がっかりした。

僕の肩を抱き寄せたS君は、「まずは酒でも飲もうぜ」と言って、紙コップの中身が減る度、際限なくお酒を注ぎ足していった。

 

「チャンミンは酒が強いなぁ」と、S君たちは上機嫌だった。

 

緊張と騒がしい雰囲気にのまれて、僕は注がれるまま中身を干していって、1時間もしないうちに視界がぐらぐらになった。

S君たちは何がしたいんだろう、ただの家飲みがしたかったのかな、なんて呑気な考えでいられたのはここまでだった。

S君の細めた目がぎらぎらしていた。

唇の両端がくいっと上がっていた。

いつの間にか僕の背後にまわった1人に羽交い絞めにされ、もう一人が僕のパンツのベルトを外した。

 

「やっ...やだっ!!」

 

何をされるのか、その時悟った。

 

「やだっ!!」

 

「やだってよ?

女みたいな言い方だなぁ」

 

太った方が下卑た笑い声をあげ、僕のパンツを一気に引き下ろしてしまった。

 

「やだっ...やー!

いやっ!!」

 

「うるせぇな!

口塞げ!」

 

後ろから手が伸び、僕の口がすっぽりと覆われた。

朦朧とした頭であっても、何をされるのか明らかで恐怖で心が凍りついた。

 

「んー!んっ」

 

2人にされるがままの仰向けになった僕を、S君は腕を組んでつったったまま観察していた。

さも面白そうに、ぎらついているのに、底なしに暗く冷たい目だった。

 

「んー、んー!!」

 

僕の両腕は一人にがっちりと抱え込まれ、もう一人に口を塞がれていた。

 

「チャンミン。

俺のことが好きなんだろ?」

 

「......」

 

「俺たち付き合ってるんだろ?

こういうことして当たり前だろ?」

 

S君は自身のパンツのファスナーを下ろし、靴下を履いたままの僕の両脚を肩に担いだ。

 

「ゴムとってくれ!

病気が伝染ると怖いからな...へっ」

 

脚をばたつかせたら、口を覆っていた手が一瞬外れて、直後に頬を張られた。

 

「脚もってろ」

 

首を左右に振ったら、口を覆う手指に力がこもり、僕の頬にその爪が食い込んだ。

 

「...っく、くそっ!

きっつ!」

「入んねぇのか?」

「いや...もうちょっと...いけるっ...!」

 

食いしばった歯の奥から悲鳴が込みあげ、目の奥では火花が散った。

 

「んっ...いけた!

...狭いな」

 

「こいつ、初めてか?」

 

「ひゃあぁ、マジで?

筋金いりのカマなのにか?」

 

「...いや...すげ...すげえよ...めっちゃイイ...!」

 

固くつむった目尻からあふれ出た熱い涙が、こめかみを伝って耳の穴を濡らした。

がくがくと揺さぶられ、その度に激痛が全身を貫く。

唸り声と荒い呼吸音が上から降ってくる。

 

「...なんだ、その目は?

見るなよ!」

 

めくり上げたトレーナーで目を塞がれて、視界から獣のようなS君が消えてホッとしたのは確かだ。

 

「おい!交代しろ」

「俺、男とやんの初めてなんだよな」

「おい、口にも突っ込んでやれよ」

 

渾身の力を込めてもがくと、頬を張られた。

目を覆っていたトレーナーも、いつの間にか手首に丸まっていた。

僕の口を塞いでいた手が外された時にはもう、抵抗する気力が消え失せていた。

暴れるともっと痛い思いをすることを学習したから。

喉の奥の奥まで突っ込まれてえずいたら、頭を小突かれた。

涙や鼻水、それからもっと汚いものでぐちゃぐちゃになった顔を、「汚ねぇな」と笑われた。

髪を鷲掴みにされて、頭皮が痛かった。

早く僕を解放してくれないかなぁ...。

早くお家に帰りたいなぁ...。

ユノは今、何をしているかなぁ...。

揺れる爪先の向こうに、天井の木目と蛍光灯。

埃だらけのカーペットに頬がこすれる感触。

鉄さびの味。

ねじりあげられて軋む肩の関節。

そして僕は、意識を手放した。

それまでの記憶が、実は鮮明だったことを、ユノには黙っていた。

 

「覚えていない」と嘘をついた。

 

 


 

 

「俺たちバイトがあるんだよ!

チャンミン、さっさと服を着ろ」

 

身体を丸めて床に転がっていた僕の背を、かかとで揺すられた。

全身が痛い。

脱ぎ捨てられた洋服を拾い集める。

足がもつれて下着に足を通せず、面倒になってそれをバッグに突っ込んだ。

半ば追い出されるようにして、S君の部屋を出た。

早朝で、道を歩く者は誰もおらず、僕はホッとした。

きっと今の僕は、酷い顔をしているにきまってるから。

アルコールの残る頭がズキズキと痛んだ。

屈辱や絶望、恐怖が数時間のうちに押し寄せて、あまりのショックに心は無だった。

早くおうちに帰りたい。

お風呂に入って、身体を綺麗にしたい。

一歩足を踏み出すたびに、激痛が下半身を襲う。

背骨も股関節も、膝も肩も首も...ギシギシと軋んだ。

デニムパンツの荒い生地が、下着無しのお尻にこすれる。

口の中も変な味がする。

胃の中のものを全部、電柱の根元にもどした。

一歩ごとに深呼吸をした。

 

ユノに会いたい。

ユノに迎えにきてもらおう。

思い立ってユノの携帯電話を鳴らす。

ユノの顔が見たかった。

 

 

そうだ。

僕はあの時、気付くべきだったんだ。

どうしようもなく恥ずかしい姿でいるのに、真っ先に声が聴きたくて、顔が見たかったのはユノだったんだ。

電話に出ないことに腹は立たなかった。

昨夜のことは自業自得だ。

S君の本性を見抜けず、油断していた僕が悪い。

ふわふわと甘ったれていた罰が当たったんだ。

目が覚めた。

 

「チャンミーン。

ったくお前は馬鹿だなぁ。

痛い目に遭っちゃったか。

よし、こっちにこい。

頭を撫ぜてやるから」

 

ユノに会いたかった。

 

「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」

 

浮ついていて、真の恋が何なのかも知らないくせにユノに説教してて、加えてユノの気持ちに気付けずにいた自分が恥ずかしい。

 

ユノは優しい。

傷だらけの僕を見て、ユノは「ごめん」って言った。

その日の朝、僕がかけた電話に出られなかったことを謝っているのかと思った。

だけど、僕の顔を見て、「どこで怪我をしたんだ?」とユノは聞かなかった。

そっか...事情は既に知っていたんだね。

それで心配して駆けつけてきてくれたんだね。

恋心とは、ふわふわと甘く憧れるものだけを言うんじゃない。

僕の大事な人...ユノ。

恥を見せられて、身体を任せられるくらい信用できて、一緒にいて寛げて、叱ったり叱られたり。

テスト勉強をする首筋から香るユノの匂いにくらくらしてたし、Tシャツの袖をまくった二の腕にドキッとしたり、ドジな僕をからかう時の悪戯めいた笑顔。

とっくの前に、恋人みたいな人が側にいたんじゃないか。

最高な人がすぐ隣にいたのに。

僕はそのことにずっと、気づかなかった。

 

 

(つづく)