(5)「抱いて」とねだった罪

 

あの日。

 

ユノはいつもの僕の無邪気なお願いだと受け取ってくれて、誠心誠意を込めて僕を扱ってくれた。

 

本当は責めたくて仕方がなかったんだと思う。

 

でも次にあった時の僕はボロボロで、責めるに責められなかったんだ。

 

暗く冷たく、固いユノの眼にひるみそうになるけど、ここで怖気づいたら駄目だ。

 

「言い方が悪かったです。

S君とのことを忘れるために抱いてくれ、と言っているんじゃないんです。

あのことは、僕の問題です。

僕がなんとかします。

僕に責任がありますから」

 

無表情のユノに気は急いて、まくしたてたくなるのを堪えて、表現に気を遣いながら続きを話す。

 

「僕は...ユノを傷つけるために会いに来たんじゃないんです。

お願いです。

最後まで話を聞いてください」

 

ここで大きく深呼吸をした。

 

「ユノに抱いてもらいたいのは...」

 

僕の緊張が伝わってきたのか、ユノの喉仏がこくりと上下した。

 

「上書きして欲しいんです。

ユノにバージンをもらって欲しいって頼みましたよね。

あの時のことを上書きして欲しいのです」

 

「俺とした時のことを、忘れたいってことか?」

 

「いいえ。

忘れたくないです。

とてもいい思い出です」

 

ユノが僕の初めてのために、優しく扱ってくれた事実が、宝物だった。

 

「......」

 

「立ったままじゃなんですから...座ってください」

 

僕はユノの手を引き、両肩を押してベッドに座らせた。

 

「ユノとはもっと、いい感じの『初めて』にしたいんです。

だから...やり直し、というか...。

もっとバージョンアップさせたもので、上書きして欲しいのです」

 

「なぜ?」

 

やつれたユノの顔。

 

小さな顔が、もっと小さくなっていた。

 

僕はユノを苦しめてきた。

 

S君との仲介役を果たしたユノ、傷だらけの僕を見てショックを受けたユノ。

 

ユノは僕のことが好きなのに、S君が好きな僕のおねだりに応えて、僕を抱いてくれようとした。

 

そして未だにユノの告白に応えていない僕。

 

ベッドに腰掛けたユノの足元に、膝を折って座った。

 

僕はユノを見上げ、彼の両手で包むように握った。

 

バイト先の力仕事のせいなのか、ざらついた手だった。

 

ユノはその手を引っ込めようとしたけど、僕はきつく握りしめてそれを許さなかった。

 

「僕のことが好き、と言ってくれましたよね?」

 

「...ああ」

 

「気付かなかっただろ?って言いましたね」

 

「ああ」

 

「気付いていませんでした」

 

「...だろうな。

そうだろうと、思ってたよ」

 

呻くようにつぶやいて、ユノはがっくりと頭を落としてしまった。

 

焦っちゃだめだ。

 

僕はユノを傷つけるために、ここに来たわけじゃないんだ。

 

僕はユノのつむじを見ながら、話を続ける。

 

「気付いていなかったのは、僕の気持ちでした」

 

「?」

 

勢いよく頭を起こしたユノと、真正面から目が合った。

 

「返事はまだしなくていい、ってユノは言っていました。

今、返事をします」

 

ユノの手の平がじわっと湿ってきた。

 

ユノは緊張しているし、僕の心臓もバクバクとうるさいくらい胸を叩いている。

 

 

「好き、じゃないんです」

 

「...そっか。

...だよな」

 

引き抜こうとしたユノの手を、そうはさせまいぞ、と握りしめた。

 

「すみません!

好きじゃないっていう意味じゃなくて...。

あーもー!」

 

手を離して、汗でべたべたになった手の平を太ももで拭った。

 

「うまく言えなくてすみません。

緊張しているせいですね」

 

告白なんて慣れてるくせに。

 

断られると知ってても、「好き」を伝えたい一心でぶつかっていけたくせに。

 

「好きです」を気安く、大量生産してきた自分だったのに。

 

ユノが相手だと、とても...とても緊張する。

 

言いたいことがぐちゃぐちゃになってしまう。

 

ユノの両手をとって、僕の唇に押し当てた。

 

 

 

 

 

「...愛しています」

 

ユノのぽかんとした顔。

 

「愛してます」

 

沈黙と、エアコンの風の音、窓の外を走り去る原付バイクの音。

 

「ユノを...愛しています。

好き、じゃないの意味は、こうなんです。

『好き』だけじゃ足りないんです」

 

ふぅっと、息を吐いた。

 

顔が熱い。

 

きっと僕の顔も耳も、真っ赤になっているだろう。

 

ユノの瞳がつやつやと、みずみずしくて、言葉を紡ぎながら「綺麗だなぁ」と見惚れていた。

 

青ざめていたユノの頬に、生気が戻ってきていた。

 

「ユノ。

僕は、いっぱい考えました。

僕はユノのことをどう思っているんだろう、って。

いっぱい考えました」

 

「僕の気持ちが伝わりますように」と祈りを込めて、ユノの手の甲に唇を押し当てた。

 

「ユノは、友達でした。

今の僕から見たユノはもう、友達じゃないんです。

ユノは友達じゃないんです...」

 

「......」

 

「ずーっと前からユノは、僕にとって『恋人』みたいなものだったんです。

...やっとわかったことです。

隣に恋人みたいなユノがいてくれたのに、僕は全然気づいていませんでした。

恋愛ってドキドキと、遠くからときめくものだと思い込んでいました」

 

乾いた唇を舐めて湿らせて、もう一回深呼吸した。

 

僕は今、とても大事なことを話している。

 

「僕は男の人が好きです。

男の人を見るとエッチな気持ちになります。

ユノは男の人です。

友達のユノにエッチな気持ちを持ったらいけない、とずっと思っていました」

 

「...チャンミン」

 

「ああっ!

エッチなことばかりじゃないですよ!

そこのところ、勘違いしないで下さいね」

 

ここまで話す間、涙は卑怯だからと、泣いてしまわないようぎりぎり堪えていた。

 

僕は男のくせに大体において泣き虫な質だから、大変だった。

 

「僕の話、ぐちゃぐちゃでしたね。

...すみません」

 

あれ...ユノの眉間にしわができてる。

 

顎もしわしわになっていて、ユノの方こそ涙をこらえているみたいだ。

 

「...そういうわけです。

つまり...ユノが...大好きだから、抱きあいたいのです」

 

さっきは口にできた『愛してます』が、今は恥ずかし過ぎて『大好き』が精いっぱい。

 

「ユノでいっぱいにして欲しい。

僕の中を。

上書きしてください。

へへっ」

 

最後に照れ笑いした時には、ユノの切れ上がった目尻が糸みたいに細くなっていた。

 

小さな鼻の頭も、赤くなっていた。

 

「...上書き、か...」

 

「はい。

僕のバージンを...あ!...もうバージンじゃありませんね...。

やり直しというか...上書きというか...。

そういうわけで...もう一回抱いて欲しいのです」

 

「はあぁぁ」

 

ユノの首が、再びがくっと折れてしまった。

 

「チャンミン...お前なぁ...。

何を言い出すと思ったら...」

 

「え...?」

 

「話の順番が滅茶苦茶だから、勘違いするじゃないか?」

 

ユノはふんと息をつぐと、床に座った僕の手を引っ張って立ち上がらせた。

 

「わっ!」

立ち上がった途端ぐいっと引き寄せられて、ユノの太ももの上にまたがっていた。

 

「『好き、じゃない』なんて言うからさ、グサッときたじゃないか!

紛らわしい言い方をするんじゃないよ」

 

「ごめん...」

 

「いきなり『抱いてくれ』だなんてなぁ...。

Whyが抜けてるんだよ。

はあぁぁ」

 

「...ごめん」

 

僕とユノは、額と額をくっ付け合った。

 

鼻のてっぺん同士もくっ付け合った。

 

3センチ先に、ユノのすっきりしたラインのまぶたと、澄んだ真っ黒い瞳。

 

僕は頬をわずかに傾けて、ユノの唇に僕のものをそっと押し当てる。

 

どうしよう...ドキドキする。

 

 

(つづく)

 

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