(6)抱けなかった罪

 

チャンミンとの試験勉強は、楽しかった。

 

進級すれば受講すべき講義も減り、研究室でのゼミや卒論研究でお互い忙しくなる。

 

俺をなだめすかしながら、試験勉強をする機会も減るんだな。

 

惚れた腫れたにうつつを抜かす生活から、卒業すべき時期を俺たちは迎えようとしていた。

 

 

 

 

試験最終日、ファミレスのテーブルをチャンミンと囲んでいた。

 

「...で、チャンミンはどこにするんだ?」

 

俺の場合、希望研究室はとっくに決まっていた。

 

用紙には、第2希望まで記入する欄がある。

 

第1希望が定員オーバーになった際は、第2希望に回されることもあるらしい。

 

俺の希望するところは、基礎研究寄りで派手な実験をすることは少なく、ひたすら文献を読み漁る地味な研究室だ。

 

バイトやサークルの時間も大事だった故の選択だった。

 

応用研究を行うところの人気は高いそうだから、第1希望で決まるだろう。

 

一方、チャンミンの用紙は真っ白だった。

 

「おい...、まだ決まってないのか?」

 

「うん...」

 

「提出期限は迫ってるんだぞ?」

 

チャンミンの料理は手をつけられないまま、冷めていく。

 

「分かってますって...。

...S君と同じとこにしようかな...」

 

「アホか!」

 

俺は声を荒げていた。

 

「いい加減にそういうところ、直せよ!

自分の将来を決める時だろう?

恋愛を差しはさむなよ!」

 

チャンミンに対して、腹が立った。

 

「...ユノ...」

 

目を見開いて固まるチャンミンに気付いて、俺は一息ついて苛立ちを落ち着かせる。

 

「チャンミン...。

男に合わせるんじゃなくて、自分の意志を大事にしろ。」

 

「そんな風だから、彼らは振り向いてくれないんだ」とは言えない。

 

「だって...」

 

「お前は、何をしたいんだ?」

 

「...わからないんだ」

 

チャンミンはうつむいて、ぽつりとつぶやく。

 

俺はチャンミンが話しやすいよう、頷くだけにとどめた。

 

「僕ったら馬鹿だよ。

4年間、一体何をしてきたんだろ。

恋にうつつを抜かしてばかりで、気付けば、何がしたかったのかも見失ってました」

 

「その通りじゃないか」なんて口が裂けても、チャンミンに言えない。

 

真面目で勉強ができるくせに、肝心な目標は定まっていなかったチャンミン。

 

『で、ユノはどうしたいのです?』と問うくせに、チャンミン自身があやふやでどうする?

 

チャンミンの4年間とは、恋愛がらみのことで消費するだけのものだったんじゃないかと、呆れたこともあった。

 

けれど、チャンミンに呆れる俺は何様なんだ。

 

俺の方こそ、性欲に任せて女の子をとっかえひっかえ、数をこなすだけの馬鹿野郎だ。

 

俺の4年間は、ひたすらチャンミンの側に居続けた事実が、全てだ。

 

十分じゃないか。

 

余白にびっしりと手書きの文字が並んだ、執念すら感じられたドイツ語の辞書。

 

あれを目にした瞬間、「お、こいつやるな!」って興味をもった。

 

ぞっとするほど怖い目をするくせに、言動はふわふわと危なっかしかった。

 

ちゃんとチャンミンがついてきているか、俺は何度もふりかえった。

 

そんな4年間だった。

 

 

 

 

「提出まで一週間あるからさ。

いくらでも相談にのるよ」

 

うつむくチャンミンの顔を覗き込んで、俺は彼の頭に手を置いた。

 

「初めからやりたいことが決まっている奴は少数派だと思う。

何かしらやっているうちに、自分に向いてることが分かってくるんだって。

な?」

 

チャンミンの目尻に、涙が今にもこぼれ落ちそうに溜まっていた。

 

指を伸ばして、チャンミンの涙を拭ってあげたかった。

 

触れかけた指を、俺は引っ込めた。

 

第2ボタンまで開けたシャツの衿から、細くて長い首が伸びている。

 

今触れたら、ここがファミレスだってことを忘れて、チャンミンの頬を包んでキスしてしまいそうだった。

 

代わりにチャンミンの肩を叩いて言う。

 

「食わないのなら、俺が貰うぞ?」

 

「ああっ!

それは困ります!」

 

真っ赤な目をしたチャンミン。

 

男相手におかしな心理だが、チャンミンを守ってやらないと、と思った。

 

惚れやすく危なっかしいチャンミン。

 

俺が側にいてやれる間だけでも。

 

 


 

 

俺の部屋で酒でも飲むかと意見が一致して、俺たちはファミレスを出た。

 

アルコール類を大量に買い込んだコンビニの袋が重かった。

 

「...で、どうだったんだ?」

 

チャンミンがなかなか話題にしないから、しびれを切らした俺の方から尋ねた。

 

先週のうちに、チャンミンはSと初デートを済ませていたはずだ。

 

いつ報告するのかと、気になって仕方がなかった。

 

「んー...」

 

歯切れが悪いチャンミン。

 

「何かやらかしたのか?」

 

「全然。

ユノに言われたように、おとなしくしていました」

 

「楽しかったか?」

 

俺は立ち止まって、後ろを歩くチャンミンをふり返った。

 

チャンミンは俺の問いに答えず、何か言いたそうな目で俺を見つめている。

 

「どうした?」

 

「...ねえ、ユノ」

 

「ん?」

 

「何回目のデートで、最後までいくものですか?

ほら、僕ってば付き合った経験がないでしょ。

わからないんです」

 

「Sに何かされたのか?」

 

俺は引き返して、チャンミンの腕をつかんだ。

 

「されてません...けど」

 

前髪が冷たい夜風に流され、秀でた額が露わになった。

 

 

「痛いかな」

 

「は?」

 

「ユノ、詳しいでしょ?

そっち方面は?」

 

「はあ...」

 

俺は膝に手をついて、深いため息をついた。

 

突然、何を言い出すかと思ったら。

 

「あのな、俺に聞いてどうする?

俺は男とヤッたことはないんだ。

知り合いにそっち系の奴はいないのか?

そいつに訊けよ」

 

「それができないから、ユノに聞いてるんだって」

 

「聞けないって、どうして?」

 

「そういうコミュニティに参加していませんし、

学校じゃ僕は気持ち悪がられてるし。

ユノだけなんです。

普通にしてくれてる男子は。」

 

「チャンミン...」

 

立ち尽くすチチャンミンのなで肩を抱いた。

 

手の平に感じる肩の弾力に、そっか、チャンミンは男なんだと実感する。

 

柔らかさとは無縁の、骨ばった固い身体。

 

「俺に訊かれてもなぁ...経験がないからなぁ...。

よし。

リサーチしてきてやるよ。

それでいいだろ?」

 

その瞬間、俺はハッとした。

 

身体が一気に冷えた。

 

そうだった。

 

その気のある男同士がくっつけば、そういう展開になるのが普通だ。

 

意識が遠のくほどの胸の痛みを感じた。

 

いつまでも誰のものにならなかったチャンミンに、俺は長い間、安心しきっていた。

 

玉砕するチャンミンを慰めるそばで、安堵のため息をついていたのだ。

 

「Sは経験豊富だから、Sに任せればいいことだ」

 

心と裏腹なことを言った。

 

「ユノ...」

 

「ん?」

 

コートの袖を引っ張られた。

 

「ユノ...。

お願いがあるんだけど」

 

「今度は何だよ?」

 

 

「僕のバージンをもらってくれないかな?」

 

「え?」

 

俺はフリーズした。

 

 

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