six in the morning

【1】Six in the morning

 

 

~チャンミン~

 

 

薄いピンク色の湯船に身をしずめ、後頭部を縁にもたせかけた。

 

クリーム色の天井の隅の、青黒いカビの跡をじぃっと見上げていた。

 

「はあぁ...」

 

41℃のお湯の中、くたりとしていたものがむくむくと首をもたげてきた。

 

記憶だけでこうだもの。

 

お湯にゆらぐ白い肌、ありもしない首に胸にと散っている赤い痕が、僕の目に映るのだ。

 

腰の後ろが、身に覚えがないのにじんじんと痛むのだ。

 

格子のはまった曇りガラスを透かした朝日のせいで、僕の身体は、生々しく淫らだ。

 

趣味の悪い色に満ちた風呂場だから、余計に。

 

僕を呼ぶ彼女の声。

 

「ああ」と「おう」の間の、「わかったよ」と「うるさいな」の間のどっちつかずの返事をして、僕はざぶりと湯船を出た。

 

 


 

 

「ねぇ、ユノ。

昨日は何してた?」

 

「仕事」

 

ユノの背中にのしかかり、首に腕をまきつけて、僕は甘ったれた声で問う。

 

ユノの返答はいつも同じ。

 

ユノの身も心も、仕事で忙殺されているのだ。

 

それから...彼女のことも、ユノの身も心を支配しているのだ。

 

それが悔しくて、妬いた僕はユノの首筋に歯をあてる。

 

「痛いなぁ。

痕がつくだろう」

 

ユノの後ろ手が僕のうなじをとらえて、ぐいと引き寄せる。

 

そして、ユノの肩から身をのりだすようにして、彼の唇を受け止める。

 

「痕が付いても平気でしょ?

僕にもいっぱい付けたでしょ?」

 

僕らは2人、何も身を付けておらず、シーツもしわくちゃで湿っている。

 

窓のないこの部屋のど真ん中に、巨大なベッドが鎮座している。

 

その狭さに息苦しさを覚えてもおかしくないのに、僕らが放つむっとした匂いで密閉された感じが気に入っている。

 

身体同士の繋がりだけじゃなく、空気もまるごと僕らがひとつになったみたいで。

 

ユノの襟足に光る汗の雫を、僕は舐めとった。

 

ああ、僕はユノが好きだ。

 

その想いが溢れそうで、溺れそうで、怖くなった僕はユノの肩に噛みついた。

 

「そんなに俺は美味いか?」

 

「うん...美味しい。

もっと食べたい」

 

「つっ...!」

 

「ごめん...」

 

ぷつりと染み出た赤を、僕はぺろぺろ舐めた。

 

「美味いか?」

 

「美味しい」

 

ユノが好き、好き。

 

「そろそろ...時間だな」

 

ベッドの真正面に、掛け時計がある。

 

短針が6に、長針が12に近づく。

 

「...そうだね」

 

満ち足りた気持ちが、しゅるしゅると萎んでしまう。

 

僕らの貴重な逢瀬の時間が、間もなく終わる。

 

手離したのは僕の方だから、ユノを責めたらいけないのだ。

 

ユノを取り戻しにいこうかな...。

 

こんな逢瀬は終わりにしないと。

 

日々の目標が、ユノとの逢瀬になってきた。

 

ユノとの逢瀬が、僕の日常をジワジワと占めてきた。

 

僕の現実は、不自然で意に反している。

 

早く抜け出さないと。

 

沢山の人を傷つけたとしても。

 

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

「チャンミン...寝るな。

時間が勿体ないよ」

 

チャンミンの丸めた背を揺すると、「うう...ん」と唸り彼はゆらりと身を起こした。

 

横抱きにして攻めたら、余程よかったのか顎をがくがくさせていた。

 

この狭苦しい部屋に閉じ込められて、俺たちは繋がってみたり、言葉を交わしたり、また繋がったり...を繰り返している。

 

始終、いやらしいことをしている訳じゃなくて、4割くらいかな。

 

チャンミンとはいろんなことを話す。

 

その日あったこと、感じたこと、とある事柄についての見解など。

 

俺もチャンミンも、彼女たちについての話題を巧妙に避けている。

 

思い出話が一番、罪がない。

 

まだお互いが若く、現実から目を背けていられて、甘ったれていられた時のこと。

 

全てが底抜けに明るく、隣にいる1分1秒にげらげらと腹をかかえて笑えてくるくらい。

 

目をキラキラと輝かせたチャンミンの、髪の毛1本すら愛おしくて。

 

「楽しかったなぁ...」

 

しみじみとした俺の言い方に、チャンミンは「ジジくさいなぁ」と笑う。

 

向かい合わせに寝っ転がった俺たちは、くすくす笑いが止まらない。

 

「目尻にしわができてるぞ」

 

チャンミンの目尻をつん、と指で突く。

 

「それなりに苦労したし、いい大人だからね。

...いいなぁ、ユノは」

 

「いいなぁ、って?

羨ましいことなんてあるのか?

チャンミンの方こそ、充実してるんじゃないのか?」

 

「...どうだろう...。

何が幸せなのか、分からなくなってきたんだ」

 

「暗い顔するなって」

 

「もっとずっと、ユノといたい」

 

「いればいいじゃないか。

こうやって、会ってるじゃないか」

 

「それじゃ、足らないんだ」

 

近頃の俺たちは、こんな会話ばかり交わしている。

 

もっと一緒に居たいのなら、居ればいいじゃないか。

 

その方法を二人とも知っている。

 

簡単なことなのに、なかなか難しいことなのだ。

 

俺たちを閉じ込める小部屋の壁を...コンクリートと鉄筋で頑丈に造られた壁を、ハンマーで叩き壊すことはできるかな。

 

時間がかかるだろうなぁ。

 

穴が開いて、外光が射す頃には、肩を痛めているだろうなぁ。

 

それよりもっと怖いのは、なかなか開かない穴に焦れてきて、互いに苛立って罵りあうようになること。

 

やはり、こうやって、日常の空気から遮断されたこの部屋で、思い出話と強烈な快感に浸っているのが、罪がないのだ。

 

日常を忘れて、平和で甘い時間を過ごしたい。

 

...そう言い聞かせてきたんだけど。

 

秒針がたてるコチコチ音が、耳障りになってきた。

 

間もなくAM6:00。

 

「うー」と唸ったチャンミンは、シーツの中にもぐりこんでしまった。

 

「時間だぞ」

 

「やだなぁ。

帰りたくない」

 

シーツから目だけを覗かせたチャンミン。

 

「帰りたくないのは俺も同じだよ」

 

こういう子供っぽい仕草は、昔と変わらないな。

 

くしゃりと髪を撫ぜてやった俺は、「先に帰るぞ」と、チャンミンに背を向けた。

 

「ユノ」

 

呼ばれて振り返った。

 

「一緒にいたい...ずっと」

 

「そうだな」

 

それ以上の言葉が、出てこなかった。

 

 


 

 

地上26階から見下ろす風景。

 

朝日が昇りたての街は、空との境が曖昧でぼうっと霞んでいる。

 

電子レンジで温めた昨日の珈琲。

 

香りも味も薄っぺらい、色が付いているだけのお湯をすする。

 

彼女が目を覚ましてくる前に、こうやって一人、窓外を眺めるのが日課だった。

 

俺の目には実は、何も映っていない。

 

窓ガラスに額をつけて、物思いにふけっているフリをしているのだ。

 

頭の中は、あいつのことでいっぱいだ。

 

ついさっきまで、確かに俺の腕の中にいたのに、今はいない。

 

「一緒にいたい...ずっと」の言葉に即答できるはずなのに、言い控えてしまった。

 

ちゃんと家に帰れたかな。

 

あいつに噛まれたはずの肩を、シャツの上からさすっても、痛くも痒くもなくて寂しい。

 

あいつとの逢瀬を待ち望む気持ちが、俺の日常にじわじわと侵食してきた。

 

先に手放したのは、俺の方だ。

 

こんな意に反したこと、そろそろ終わりにしないとな。

 

終わらせるのが、俺の役目だ。

 

 

 

(つづく)

 

 

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