【2】Six in the morning

 

 

~チャンミン~

 

 

コツコツとノック音の後、ドアの隙間からするりとユノが忍び込んできた。

 

ドアに向けた背中から、待ちくたびれた僕の不機嫌さが伝わればいい。

 

「遅かったね?」

 

咎める口調になってしまっても構わない。

 

僕の背中をすっぽりと覆うように抱きしめたユノ。

 

ユノから外の匂いがする。

 

「ごめん」

 

近頃のユノは待ち合わせの時間に遅れるようになった。

 

「僕に会いたくないの?」の言葉が、喉までせり上がっている。

 

僕はぐっと我慢をして、それが喉から飛び出さないように、かなりの努力が必要だった。

 

ユノの答えがなんとなく予想がついたし、それを聞いてしまった時点で僕らの逢瀬は途絶えてしまうだろうから。

 

僕らの逢瀬が終わりになるんだ、そうに決まってる。

 

悪いように考え過ぎだって分かってる。

 

不安が膨らむごとに、日に日に僕は甘えん坊の子供になるんだ。

 

背中ごと抱きしめられて、ユノが愛おしくて胸が苦しい。

 

天邪鬼な僕だから、「そう易々と機嫌を直してたまるか」と、首に巻き付いたユノの腕を、ふりほどいた。

 

「今日は遅かったね、仕事が忙しいの?」

 

固い口調になってしまっても、構わない。

 

ユノに関することなら、僕はいくらでも子供になってやる。

 

「んー」

 

ユノの歯切れのわるい返事に、僕の胸はどす黒い疑心に満ちて、喉からその頭が飛び出してしまった。

 

「...それとも、彼女にまとわりつかれていた?」

 

「おい!」

 

びくっと肩が跳ね、ユノは「悪い」と謝って、僕の肩を抱いた。

 

ここでは彼女たちの話は禁句なのだ。

 

「俺たちの話をしよう」

 

ユノは胡坐をかき、僕にも座るようマットレスを叩いた。

 

嫌な予感がした。

 

僕は話をするよりも、ユノと身体を重ねたかった。

 

不安で押しつぶされそうな苦痛を、滅茶苦茶に抱かれて押し流してしまいたい。

 

「あと4時間しかないんだよ?」

 

「...わかってる」

 

「話って、何を話すの?

後からじゃ駄目なの?」

 

「今でも後でも、話したいことは変わらないよ」

 

ああ、やっぱり...。

 

僕は服を全部脱いで、ユノの胸を押して仰向けにした。

 

僕の身体はいつだってユノを受け入れられる。

 

ユノが僕の身体をそう変えたんだ。

 

ユノのボトムスをずらして、露わになったものに僕は身を沈めた。

 

快楽への誘いに陥落し、低く唸るユノに満足した。

 

僕らは相性がいい。

 

僕が与える快感をこれでもかと味わえば、離れがたくなるはずだ。

 

そして、考えを変えてくれるはず。

 

怖い話は先延ばしだ。

 

今はただ、血がにじむまでかき回されて、意識をとばしたい。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

俺の胸にしがみついているチャンミンの後頭部を撫ぜて、俺は言った。

 

「チャンミン」

 

「......」

 

「こんなの不自然だって...分かってるだろう?」

 

それまで胸を湿らせていた、チャンミンの熱い息が止まった。

 

「......」

 

「分からなくなってきたんだ。

チャンミンと密かに会う時間が待ち遠し過ぎて、

それ以外の時間が薄くなってきて...嘘みたいになってきた」

 

「...僕も同じだよ」

 

「だろ?

俺だって、ずっとチャンミンと会っていたい」

 

「僕も同じだよ」

 

俺とチャンミンが日常を抜け出せる、朝までの数時間。

 

俺たちの逢瀬の時間だ。

 

いつから始まったんだっけ?

 

「待ちぼうけをくらわされた時もあったな。

今か今かと、一晩中待っていた」

 

「あの時は...!」

 

チャンミンはがばっと、俺の胸から顔を起こした。

 

「旅行に行ってたんだっけ?

それとも、夜通しのパーティだったっけ?」

 

「ユノの方だって...。

2週間も来なかった時があったじゃないか?」

 

「入院してたんだから仕方がないだろう?

知ってたくせに、見舞いにもこない」

 

「...ごめん」

 

「済んだ話は、まあいいや。

...俺は、現状に満足していない。

こそこそと会う関係は...不健康過ぎる」

 

「...このままじゃ駄目だってこと...僕もそう思ってるよ。

でもさ、この方が丸く収まるって、ユノは分かってるでしょ?

この方が誰も傷つけずに済むでしょう?」

 

「俺たち以外のね。

じゃあ、俺たちはどうだ?

会うごとに、心に傷はつかないか?」

 

「ああ、幸せだ」と逢瀬の甘い余韻に浸っていられたのも、最初のうちだった。

 

そのうち、物足りなくなってきた。

 

過去に下した自身の判断が揺らいできた。

 

「そうだね...ユノと会えて幸せだけど、少しずつ何かが損なわれている気がする」

 

「だろう?

不自然なんだよ。

チャンミンと会うごとに、苦しいんだ」

 

「え...?」

 

「だから...」

 

1年近く考え続けてきたこと、いつ決断を下すか迷ってきたことを、口にする時がきた。

 

「終わりにしよう。

俺たちの関係は、普通じゃない」

 

「そんな...」

 

青ざめたチャンミンに、俺は彼の両頬をにゅうっとつまんで左右に引っ張った。

 

「ばーか。

勘違いするな。

俺が何を言いたいか...分かるだろう?」

 

たちまちチャンミンの顔が、ぱぁっと花開くように明るくほどけた。

 

「僕が心を決めた時...ユノを奪いに行ったとしたら...。

僕の方は構わないんだ。

僕が心配なのは、ユノの方だよ。

困るでしょう?」

 

チャンミンは俺の二の腕を揺すり、両眉をめいっぱい下げ、目尻を赤く染めて一心に俺を見上げている。

 

激しくもつれあったせいで、チャンミンの髪はくしゃくしゃになっている。

 

チャンミンの頭のてっぺんに鼻を埋めた。

 

「困らないよ」

 

「ホントに?」

 

「ああ。

俺がチャンミンを奪いにいったら...どうだ?」

 

そう言った直後、チャンミンは俺の首に遮二無二にしがみついてきた。

 

勢い余って俺は仰向けに突き倒され、その上にチャンミンの身体が重なる。

 

「お願い...奪いに来て」

 

「了解」

 

掛け時計に視線をやる俺に気付き、「まだ、5時だよ」とチャンミンは言った。

 

「1時間あれば...」

 

チャンミンの頭が目の前から消え、直後に身体の芯に電流が走る。

 

しゃぶるチャンミンの髪を、ぐしゃぐしゃと撫ぜる。

 

俺はこの男が好きだ、愛してる。

 

この男に噛みつかれた肩が痛い。

 

 

(つづく)

 

 

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