(10)会社員-情熱の残業1-

 

 

C社の終業直後の18:30に、納品とサンプル品を届け、挨拶もそこそこに車に乗り込む。

 

雪の降りっぷりが尋常じゃなくなってきたからだ。

 

その後、北工場に到着し、件の物をピックアップして元来た道を引き返す予定だ。

 

あそこは24時間稼働しているから、時間が遅くなっても構わない。

 

そうは言っても、除雪が始まっていない道路、スリップ事故を恐れた車列はのろのろ運転で、予定が大幅に遅れていた。

 

「運転...変わりましょうか?」

 

「今はいいや。

帰り道にお願いするよ」

 

俺はハンドルを抱きしめ、前の車のテールランプを睨みつけていた。

 

チャンミンは、鼻歌を口ずさみながら買い物袋の中から取り出した物を、楽しそうに披露してくれる。

 

「TVで紹介されていたメロンパンでしょ。

焼きそばと巻き寿司と...あんこたっぷりのおはぎもあります。

ケバブとヨーグルトと、スパイシーチキン、フライドポテト...厚切りで美味しそうです。

焼きイカと牛串焼きと、フルーツサンドもあります」

 

買い過ぎだろ...口は2つしかないんだぞ?

 

どうりで買い物に時間がかかってたはずだ。

 

「フランクフルト食べます?

ケチャップは?」

 

「脂っこいものは、今はいいや」

 

「そうですか...。

じゃあ、僕が頂きます」

 

「!」

 

ちらっとチャンミンの様子を窺った時、巨大フランクフルトを食すチャンミンに目が釘付けになってしまった。

 

かけ過ぎたケチャップを、チャンミンの舌がぺろりと舐めとっている。

 

チャンミンの大きな口に、油でてらてらとした、皮がはち切れそうに身が詰まった太くて長いモノが挿入される(っておい!『挿入』って言い方はおかしいだろう!この光景はまさしく...まさしく...!っておい!何を想像しているんだ!)

 

「おっと!」

 

よそ見のせいで、もう少しで前の車に追突するところだった!

 

「フルーツサンド、食べますか?

イチゴが丸ごと入っています」

 

「ああ」

 

「あーん」

 

(『あーん』?)

 

俺の口までチャンミンは食べ物を運んでくれる。

 

「あーん」

 

甘いものの後には、しょっぱいもの。

 

途中でお茶を挟むあたり、気がきいている。

 

「美味しいですか?」

 

「まあまあかな。

チャンミンの弁当の方がよっぽど美味い」

 

さりげなく愛の言葉を織り交ぜてみたんだけど、チャンミンは気づいたかな?

 

残念ながら、前方から目を離せない俺は、チャンミンの表情を確かめられない。

 

たっぷり5秒の間をおいて...。

 

「もお!」

 

照れたチャンミンの張り手をくらって、ハンドルを大きく切ってしまい、車がぐらりと蛇行した。

 

「あっぶねーな!」

 

「ユンホさんのせいですよ」

 

「ホントのこと言っただけ」

 

「ユンホさんったら...。

そんなに僕のことが好きなんですか?」

 

「......」

 

「......」

 

「...ああ」

 

「...え...」

 

「俺は、チャンミンが好きだ」

 

勢いにのって、言ってしまった...!

 

「......」

 

「......」

 

「僕も好きです...」

 

運転中じゃなければ、今すぐチャンミンをかき抱いてキスの雨を降らしたかった。

 

俺は助手席へ手を伸ばし、チャンミンの手を握った。

 

「僕は、ユンホさんが好きです」

 

チャンミンも俺の手を握り返す。

 

「俺も。

...ここで高速を下りるんだよな?

北工場までもうすぐだ」

 

「...ユンホさん...照れてますね?」

 

「悪いかー?」

 

「うふふふ」

 

 

 

 

「ユンホさん。

飴ちゃん、いります?」

 

(飴ちゃん!?)

 

「イチゴ味とピーチ味があります。

どっちがいいですか?

それとも、ミント味の方がさっぱりしますかね?」

 

「じゃあ、イチゴで」

 

唇の隙間に、とんとキャンディが押し入れられた。

 

チャンミンの指までしゃぶってしまいたいくらいだ(しないけど)

 

「ところでさ、なんでイチゴなの?」

 

「へ?」

 

「弁当箱、イチゴ柄だろ?

なんで?」

 

イチゴは好きな食べ物にランクインするけど、チャンミンに話した覚えはない。

 

「あー、それは...。

聞かない方がいいです」

 

「なんで?」

 

「ユンホさん、きっとヤキモチ妬いちゃいます」

 

「イチゴでか?」

 

「はい。

もし僕がユンホさんの立場だったら...ジェラ男になります」

 

「ヤキモチ妬いてもいいから、教えてよ」

 

「仕方がないですねぇ。

そこまでねだられたら、ユンホさんに弱い僕は口を割るしかないですね。

おほん。

僕には崇拝しているアーティストがいるって、お話しましたよね」

 

「お前がヲタ活してる地下アイドルのことか?」

 

「なっ、なんてこと言うんすかー!

ひどいですね、ヲタ活だなんて...うーん...そうかもしれませんね。

認めます。

彼らはもっとスターダムにのし上がってもおかしくないんです。だから僕らの応援が必要なんです!出待ちをした時、一緒に写真を撮らせてもらいました。ユンホさん、見ますか?あー、駄目です。きっとユンホさん、ヤキモチ妬いちゃいます。僕の肩を抱いてくれたんですよ。いい匂いがしました」

 

「イチゴの話!」

 

「話が反れましたね、僕の悪い癖です。

いつも友達に言われるんです。お前の話は前置きが長いって。友達ってのは、ヲタ活仲間です。本題の背景をまず説明しないといけないと思って、詳細を述べているうちに、前置きが本題になってしまうんですよねぇ...」

 

「イチゴ!」

 

「失礼しました。

彼らにはひとりひとりイメージカラーが決まってるんです。戦隊もののようにね。ヘルメットかぶって、ぴったぴたのスーツは着てませんよ。でも...それも...悪くないですねぇ...ぐふふ。おっと、また話が反れました。イメージカラーに合わせて、メンバーにはニックネームがあるんです。公式のものじゃなくて、僕らファンが勝手に名付けたものです。

僕のお気に入りのメンバーは、『レッド』なんです。でね、愛称が『イチゴちゃん』なんです」

 

「イチゴ...ちゃん...?」

 

その『イチゴちゃん』と苺の弁当箱がどう繋がるんだろう?

 

チャンミンの話のオチは、俺の予想を超えるものだから、ワクワクする。

 

「『イチゴちゃん』とユンホさんが...似てるんです」

 

「...へぇ...」

 

喜んでいいのか返答に困る。

 

「その『イチゴちゃん』と恋がしたい代わりに、俺にしたのか?」

 

「ほら、やっぱり!

ヤキモチ妬きますよ、って前もって忠告したでしょう?」

 

「ヤキモチかなぁ?」

 

「うふふ、そうですよ。

ヤキモチを妬いてもらえて、僕は嬉しいです。

『イチゴちゃん』を応援し始めたのは、ユンホさんを好きになった後のことです。

ステージの『イチゴちゃん』を見てると、ユンホさんの顔が浮かぶんです」

 

「...それで、あの弁当箱なのか...」

 

チャンミンの説明を聞かない限り、絶対にたどり着けない連想だった。

 

「ユンホさん!

帰りは温泉に寄っていきましょうよ!

ほら、あそこ!」

 

「しょうがないなぁ。

北工場行った後だぞ?」

 

「ラジャー!

そうそう!

こんなことになるかと思いまして、パンツも買ってきました。

歯ブラシと剃刀も買ってきました。

ユンホさんの分も、ちゃ〜んとあります。

僕とお揃いです...ぐふふふ。

それから~、靴下と...」

 

くそ真面目なだけに、抜かりがない。

 

どんな状況でも楽しんでしまえる太い神経の持ち主である、と心のチャンミン録にメモ書きを加えた。

 

ダッシュボードのデジタル時計は21:00を表示している。

 

俺はチャンミンに気付かれないよう、深いため息をついた。

 

長い夜は始まったばかり。

 

 

 

(つづく)

 

 

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