(11)会社員-情熱の残業11-

 

 

標高が高い地に北工場は位置している。

 

俺たちは、ふくらはぎまで積もった雪に苦労しながら、件の物を車に積みこんだ。

 

守衛さんに熱い茶をふるまわれたが、雑談も早々に切り上げて車に乗り込んだ。

 

吹雪だ。

 

ヘッドライトに照らされた雪のつぶてで、視界が悪い。

 

行きに俺たちの車がつけた轍を頼りに山道を下り、幹線道路にたどり着いた時は、2人して安堵のため息をついた。

 

「ユンホさん、大変です!」

 

「ああ?」

 

スマホを操作していたチャンミンが、大声を出したのだ。

 

ディスプレイが放つ光が、チャンミンの端正な顔を照らしていた。

 

「高速道路...大雪で通行止めだそうです...」

 

「マジかよ...」

 

「一般道を行くしかないですね。

1時間は余分にかかりそうです」

 

そうなるんじゃないかと予想していた。

 

そのルートは高速道路を最寄りのICで下ろされた車が合流したせいで、大渋滞が始まっていた。

 

車列の最後尾につけた俺は、暗澹たる気持ちになってしまった。

 

俺たちはこの後、荷台の物を南工場へ届けなければならないのだ。

 

「徹夜だな...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごすのですね」

 

「チャンミンは楽観主義だなぁ」

 

「そうでもないですよ」

 

ぼそっと低い声に、「あれ?」と思った。

 

「僕は物事を悲観的に見る人間です」

 

チャンミンはフロントガラスの向こうを見据えたままで、これまでとはうって変わって、笑みを消していた。

 

「思考が先へ先へと、進むんです。

ばばばっと頭の中に何パターンも浮かぶんです、悪いパターンばかりが。

それは困るから、そこへたどり着かないように、危険を避ける手段を考えます。

でもね、悪いことばかり考えているわけじゃないですよ。

こうありたいっていう良いイメージはちゃんとあります。

理想の姿に近づけられるように、僕は努力します。

一直線です」

 

「そうなんだ」

 

「ユンホさんとのことも、そうです。

ユンホさんに近づきたくて、知恵を絞ったんですが、人間相手ですから、頭で考えてどうなるものじゃありません。

僕って、思考と行動がちぐはぐになってしまうんですよねぇ。

心は笑っているのに、顔はしかめっ面なんです」

 

「あー、そうかもね」

 

「ふふふ、でしょ?

でもね、ユンホさんといると、僕の石頭と気分が一致してくるんです。

感じたことをそのまま、ユンホさんに見せられるんです。

ユンホさんは、僕をリラックスさせてくれます。

僕...嬉しくって。

そんなユンホさんだから、惹かれたんだと思います」

 

「...チャンミン...」

 

「理詰めのジャッジなんて一切無視して、僕はユンホさんに近づきたいと思いました。

ユンホさんを初めて見た時...考えるより前に、ハートが反応しました。

つまりですね...ああ、もう!

僕の話は、前置きが長いですね」

 

「いいさ、気にするな。

チャンミンの話は全部、意味があるものだ。

ゆっくりでいいから」

 

チャンミンの話は、うんざりするほど長い。

 

「チャンミンの話の行方は一体いずこ?」と苛つく時もあるが、彼の話のオチは予想外なものが多く、ワクワクしている自分もいる。

 

端折らず全てを伝えようと、一生懸命な姿に萌えてしまう時もある。

 

だから、チャンミンの話は遮らず、最後まで聞いてやるんだ。

 

俺はチャンミンに甘いからなあ。

 

そして、俺はチャンミンの職場での姿を知っている。

 

業務連絡は、要点を的確にまとまっている。

 

相手の頭脳に合わせた説明ができる、配慮もある。

 

先の先まで見越す頭の回転のよさに、何度助けられてきたことか。

 

単なるぽわぽわの天然ちゃん、ではないのだ。

 

「ユンホさんといると、僕のハートの中身を全部、ぶちまけてしまうのです。

へへっ。

以上、僕の愛の告白でした」

 

「『いちごちゃん』と俺と、どっちが好きだ?」

 

「もお!」

 

チャンミンのこぶしが飛んできた。

 

ジョークのつもりだろうが、俺のみぞおちにヒットして、一瞬息が止まった。

 

チャンミンとのじゃれあいは要注意、と心のチャンミン録にメモ書きが加わった。

 

「ユンホさんったら、嫉妬深い男ですねぇ」

 

ジョークで訊いているのが、なぜ分からない?

 

そうだった...チャンミンにはジョークは通じない。

 

「嫉妬深い男...嫌いじゃないです...ぐふふふ」

 

面倒くさくなって「そうだよ、悪いか?」と答えて、チャンミンを喜ばせてやった。

 

「どれくらい好きかと言いますとね。

『イチゴちゃん』が1だとして、ユンホさんは2です」

「それだけ!?」

 

「冗談ですよ。

それっぽっちなわけないでしょう。

19,860,206足す19,880,218倍です」

 

「は?」

 

「はい、ユンホさん、いくつでしょう?」

 

「分かるわけないだろう!?」

 

「答えは、39,740,424です」

 

「...え、もしかしてチャンミン、今の暗算した?」

 

「まさか!

さっき、電卓で計算してみたんです」

 

「へ?」

 

「19,860,206足す19,880,218の答えは何かなぁ、って、さっき計算してたんです」

 

「ほら」と言って、胸ポケットから電卓を出して、計算してみせるチャンミン。

 

「ホントだ」

 

「19860とか、218とかって、何の数字なの?」

 

「ユンホさんと僕の誕生日です」

 

なぜ、チャンミンが俺の誕生日を知っているんだ?

 

「ユンホさんが入社した時、運転免許証のコピーを取ったでしょう?

その時に見ました」

 

「そう、なんだ...」

 

「僕らは誕生月が同じなんですよ。

お!

ユンホさんのお誕生日会を開かなくっちゃ!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

「お任せあーれ。

『イチゴちゃん』の39,740,424倍、ユンホさんのことが好きです」

 

「...嬉しいよ...」

 

「ユンホさんと一夜を過ごして、39749424の二乗になっちゃうかも、です。

うふふ」

 

分かりにくい...チャンミンの愛の告白は複雑すぎて...。

 

いや。

 

チャンミンらしいか。

 

 

(つづく)

 

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