(15)会社員-情熱の残業-

 

 

 

「とんでもないものを渡しやがって!」

 

『あたしが見るところ、ユノとチャンミン君は揃ってモジモジ君。

そんなんじゃいつまでたっても前には進めないでしょう?

背中を押してあげたわけよ』

 

「背中を押すどころか、崖に突き落としてどうすんだよ?

仕事中に唱えたりしたら大変なことになるじゃないか!」

 

『その時はトイレでも給湯室ででもヤッちゃえばいいじゃないの』

 

「できるかー!」

 

ウメコの奴、他人事だと思って面白がっている。

 

「ウメコ...実はな、その呪文のことだけど、俺じゃなくてチャンミンに効いてしまったんだ。

あいつ...虎になっちまった」

 

『あのバンビちゃんが虎に?

うふふふ、狙った通り、大成功ね』

 

「はあぁぁぁ!?」

 

『ユノのことだから、バンビちゃんを前にして勃たなくなるかもしれないでしょ?

困ったあなたがあの呪文を唱えると、目の前にいるバンビちゃんに呪文がかかるのよ。

するとね、バンビちゃんが繁殖期の雄シカに成長する...ってわけ。

バンビちゃんにしか効かない呪文なの...凝ってるでしょ?』

 

「いや...それが...唱えたのはチャンミンなんだ...」

 

『うっそぉ!

どうしてそうなっちゃうのよ!』

 

「成り行き上、そうなっちゃったんだから仕方がないだろう?

雄シカどころか、発情した虎みたいになっちまって...。

どうすればいいんだ?」

 

『それは...マズイわ、一大事だわ』

 

「チャンミンに食われそうになってるんだ」

 

『その場から離れなさいよ。

猛ダッシュで逃げればいいじゃないの』

 

「それが出来ないから困ってるんだ。

俺たちはな、車ん中に閉じ込められてるんだ...話すと長くなるから、説明はしないぞ」

 

そっと視線を後ろにやると、チャンミンはスマホゲームに夢中になっている。

 

(股間は?と確認してみると...相変わらずの膨張率だ)

 

『想定外だわぁ...どうしたらいいかしら。

本人が唱えたりなんかしたら...効き目は倍以上よ!』

 

「あいつを落ち着かせる呪文はないのかよ?」

 

『あったかしら...。

探してみるから、時間を頂戴。

電話で教えたら、ユノが呪文にかかってしまうから、後でメールしたげる』

 

「ユンホ!」

 

「うわっ!」

 

肩に手が乗ったかと思うと、ぐいっともの凄い力で運転席に引っ張られる。

 

耳に当てたスマホを奪われた。

 

そして...。

 

「オレたちの邪魔するんじゃねー!

お前...ユンホのスケじゃないだろうな?

失せろ、ユンホはオレの女だ!

はっ!」

 

(女!?)

 

電話向こうのウメコに罵声を浴びせて通話を切ると、チャンミンの奴、俺のスマホを荷台にぽーいと投げてしまった。

 

「はあはあはあはあ...」

 

熱くてしかたないのか、ジャケットを脱いでワイシャツ1枚だけになったチャンミン。

 

「ユンホ...ズボンを脱げ」

 

「わっ!」

 

チャンミンの遠慮のない手が、俺のスラックスの前から突っ込んできた。

 

「なんだなんだ、お通夜みたいなち〇ち〇は?」

 

(この状況で勃つわけないだろう!)

 

いっちゃってる目とニタリと笑った口が不気味でいやらしいが、色っぽくも見えた。

 

「咥えてやろうか?」

 

「いえいえいえいえいえいえ!

チャ、チャンミン様のお口にそんなことさせられません!」

 

俺の股間に屈むチャンミンの頭をつかんで、ええいとばかりに彼の口を塞いだ。

 

(こうするしかない!)

 

ぶちゅり。

 

「...んっ...ん、んー!」

 

顎の力を抜いた途端、チャンミンの熱い舌が挿入してきた。

 

喉奥まで届くほど長いチャンミンの舌に、上顎、歯茎、舌の根元をねぶられる。

 

「ん、んん...っん」

 

口の中じゅう、チャンミンにかき回される攻めのキスが、俺の欲を刺激する。

 

(ヤバ...変な気持ちになってくる)

 

俺の頭は、チャンミンの両手でがっちりとホールドされていて、彼にされるがまま右へ左へと傾けさせられた。

 

(強引にされるキスって...いいかも...)

 

ボタンを外した胸元から、チャンミンの男くさい濃い匂いが、ふわっとたちのぼる。

 

(堅物チャンミンのくせに...やたらとキスが上手いんですけど!?)

 

「ふぅ、ふっ...ん...ふう」

 

チャンミンの熱い鼻息が、俺の頬を湿らす。

 

狭い車内。

 

シートを目いっぱい下げていても、ハンドルやセンターコンソールが邪魔をしていて、身動きがとりづらい。

 

チャンミンとはいずれ深い関係になるだろうけど、呪文でおかしくなっちゃった彼と、ハプニングの最中に初めてをいたすのは、嫌だ。

 

(興奮を煽る舞台設定であることは認める)

 

互いにリラックスした時と場所で、前戯にたっぷりと時間をかけて愛し合いたいと望む俺は、ロマンティストだろうか?

 

でも。

 

このまま先に進みたい!

 

俺の股間はGOサインを出しているけれど、俺の理性は「待った」をかけている。

 

今は嫌なのだ。

 

「ぷはっ」

 

チャンミンの肩をつかんで、引きはがした。

 

唾液の糸が引き、虚をつかれた風のチャンミンの顎を濡らして、いやらしい光景だ。

 

「はあはあはあはあ」

 

肩で息をして、チャンミンは濡れた唇を手の甲で拭った。

 

「オレを拒むのか?

怖いのか?」

 

「はい。

なんせ俺は、『バージン』ですから、緊張しているのです。

ガチガチに緊張しているのです。

これをほぐさないことには...。

そうそう!...ほら、あの人!

彼らの歌を聴かせてくださいよ」

 

(適当に思いついたことに過ぎないが、チャンミンの気を反らせる作戦だ)

 

「歌?」

 

チャンミンはペットボトルの水をイッキ飲みし、くしゃっと握りつぶし、ぽいっと荷台にそれを放り投げた。

 

「お前も飲むか?」と、買い物袋から新しいものを取り出した。

 

「チャンミン様が追っかけ...じゃなくて応援しているという地下アイド...じゃなくてアーティストの?

チャンミン様のお気に入りの...えーっと、『さくらんぼちゃん』!

『さくらんぼちゃん』の写真も見せてほしいなぁ?」

 

チャンミンの動きが、ぴたっと止まった。

 

「......」

 

「?」

 

「さくらんぼじゃねぇ!

『いちごちゃん』だあぁ!!」

 

「す、すみません!」

 

「...さくらんぼって、さくらんぼって...。

ユンホ!

オレを馬鹿にしてるのかぁ?

生涯かけて愛し抜くと誓う運命の男の為に、純潔を守ることのどこが悪い?」

 

(え?

え!?

えーーー!?

今の言い方だと...もしかしてチャンミン...チェリー?)

 

「......」

 

「......」

 

(か、可愛い!!)

 

たまらなくなって、チャンミンの唇を再び覆う。

 

(こうなれば、成り行き任せだ!)

 

ひとしきり唇を重ね、舌を絡めた流れで、首筋を吸った。

 

「...あぁ...」

 

さっきまでのどすをきかせた声から一転、チャンミンはかすれた甘い声をあげるのだ。

 

欲が煽られてしまって、チャンミンのワイシャツの下に片手を忍ばせる。

 

当たり前だけど、固くて平べったい男の胸だった。

 

膨らみなんてないのに、慎ましい2つの突起は柔らかいから、そこをいじりたくなってしまうのだ。

 

「あぁ...あん」

 

指先で転がすと、きゅっと硬度を増すところは女性と同じ。

 

喘ぐ声質も、女性とほぼ同じ。

 

(チャンミンの声が可愛い!

興奮するじゃないか)

 

チャンミンは俺の肩に顎を預けて、俺が与える刺激に合わせて呼吸を乱す。

 

ピンッと弾いた時には、「ああんっ」とびっくりするくらい大きな声で反応した。

 

もっともっと刺激してやりたくなって、ワイシャツの裾から頭を突っ込んだ。

 

真っ暗で何も見えないが、指先と舌先でその箇所を探りあてた。

 

「あ...ひゃ...あん...ダメぇ」

 

いちいち反応してくれるのが嬉しくて(同時に面白くて)、しつこくしつこく愛撫した。

 

舐めたり吸ったり、歯を当てたり。

 

俺の人生史上、最長記録かもしれない。

 

「ダメっ...ユンホ...ダメ...それ以上...っあ」

 

なあんて、言われたら、もっといじりたくなるだろう?

 

空いていた片手を、チャンミンの股間へと移動させると、予想通りぎっちぎちになっている。

 

窮屈そうだったから、引っ張り出してやろうかな。

 

この先、どっちがどうなるとか何も考えていなかったけれど。

 

「ん?」

 

もっと舐めろという意味なのか、チャンミンは胸を俺に圧しつけてくる。

 

それにしても強引過ぎるなと思った。

 

「んぐっ!

チャンミン!」

 

チャンミンの胸と背もたれの間に、俺の頭が挟まれてしまった。

 

びくびくと震わせていた肌が、弛緩している。

 

完全に体重を俺に預けている。

 

すーすーと寝息が聞こえる。

 

「嘘だろ?」

 

チャンミンの胸の下から抜け出て、彼の横顔を覗き込んだ。

 

「はあ...」

 

チャンミンの奴、眠り込んでしまったのだ。

 

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]