(16)会社員-情熱の残業-

 

 

 

 

俺にぐたりと全体重を預けて、眠りの世界へと誘われてしまわれたチャンミン様。

 

チャンミンの柔らかな髪(整髪料で固めていたのが、すっかり取れてしまっている)が顎をくすぐる。

 

まぶたを縁どるまつ毛が扇型に広がって、その毛先が震えている。

 

むにゃむにゃとうごめく唇は、吸い付きたくなるくらい、可愛い。

 

ずっと眺めていたい寝顔だが、さすがに重い。

 

チャンミンこそ、センターコンソールを越えて助手席へ身を乗り出しているのだから、腰を痛める恐れがある。

 

「よっこらしょ」

 

運転席に身体を戻し、ワイシャツのボタンを留め、ファスナーを上げ、ベルトを締め直してやる。

 

チャンミンのア〇コは、通常モードに戻っていた(ちょっぴり残念)

 

最後に、スーツの上着とコートで身体を包んでやれば、オーケーだ。

 

「ん?」

 

荷台から聞こえる音は、俺のスマホの着信音だ(虎になったチャンミンが放り投げた)

 

「ウメコからの電話だ!」とシートの隙間に肩をねじこみ、腕を伸ばしてなんとか回収した。

 

『ユノ!

遅くなってごめんなさい!』

 

「遅い!」

 

『結論から言うわね。

呪文を解く呪文はないの』

 

「やっぱりな...」

 

『ユノの言い方が気に入らないけど、ま、いいわ。

それがない訳は、必要がないからなの。

あれを渡す時言ったでしょ?』

 

「ああ、俺も思い出したんだ。

効果は6時間だって。

それ以上効き目があると、抜け殻になってしまうって、言ってたよな」

 

『ええ。

しんどいかもしれないけど、呪文が切れるまで頑張って』

 

「まだ2時間くらいしか経っていないけど、チャンミン途中離脱してしまったぞ?

只今、おねんね中だ」

 

『それはきっと、チャンミン君の身体がもたなかったのねぇ...。

日頃、枯れた生活をしているせいかしら...』

 

「え!?

そういうものなの?」

 

『ユノみたいに潤った生活していれば、耐性があるけど、チャンミン君みたいな純粋な子だとねぇ。

 

世俗の汚れに慣れたユノとは違うの、純粋培養なの。

 

水槽しか知らない金魚を、釣り堀の池に放り込んだ感じ?

 

木の芽しか食べてこなかった鹿に、血がしたたるステーキを食べさせた感じ?』

 

「...なるほど。

ウメコ...お前の言い方は棘だらけだな。

俺の私生活だって、そうそう潤ってなんかいねーよ」

 

「まあまあ。

チャンミン君ったら、可哀想に...。

メーターが振り切れてしまったのね』

 

「そんな感じだな」と、深いキスと胸の先を舐められただけで、全身を痙攣させていたチャンミンを思い出してみた。

 

『ユノったら...うっふっふっふ。

これいい幸いだって、チャンミン君に突っ込まれたんでしょ?』

 

「突っ込まれてなんていねーよ!

あのな、どうして俺がそっち側になってるんだ?」

 

『ジョークよジョーク。

あたしが見るところ、チャンミン君は...。

あたしが言わなくても、ユノは分かってるでしょ?』

 

「......」

 

『目が覚める頃には、呪文は切れてるでしょうから』

 

ウメコとの通話を切った俺は、深々とシートにもたれ、ため息をついた。

 

チャンミンはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 

崩れた前髪が額を覆い、幼い見た目になっていた。

 

渋滞はまだまだ解消される気配はないから、このまま寝かしておいても大丈夫そうだ。

 

チャンミンが目を覚ましたら、席を交代してやるか。

 

チャンミン...運転の交代要員として期待していたが、この大渋滞、運転席に座ってるだけで終わってしまったな。

 

それにしても、なんて濃密な時間だったんだろう。

 

くるくると表情を変えるチャンミンに、俺はもうお腹いっぱいだ。

 

鬱陶しいという意味じゃないぞ。

 

ここまで強烈な魅力を発散させる奴は、他にはいない。

 

このキャラクターを前面に出していたら、オフィシャルな場では浮きまくって、『変な人』のレッテルが何十枚も貼られてしまう。

 

だからこその、カチコチのクソ真面目君のモビルスーツが必要なんだな。

 

仕事上のトラブルに意識を向けると、腹立たしいことこの上ない。

 

でも、「ま、いっか」と思った。

 

チャンミンと一緒の、出張兼超過勤務、深夜残業は楽しかった。

 

そして、チャンミンのことがより一層好きになった。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユンホさんを助けたくてついていったのに、役に立てなかった

 

ユンホさんといると、どうしても口が軽くなって、どうでもいいこともぺらぺらと喋ってしまう。

 

ユンホさんはくだらない僕の話でも、ちゃんと最後まで聴いてくれる。

 

ハンドルを握り、前方に注意を払いながら、相づちを打ちながら、要所要所で質問をはさんで、僕の話を遮らずに聴いてくれた。

 

驚いたり、呆れた顔をしたり、笑ったり。

 

興味がある姿勢をちゃんと見せてくれるから、僕は安心して会話に集中できるのだ。

 

ブレーキのタイミングが遅れて急ブレーキになりそうになった時、ユンホさんの片腕がさっと僕の前に差し出された。

 

そういうところに、キュンとしてしまう。

 

ユンホさんと濃密な半日を過ごせて、仕事中なのに僕は楽しくて仕方がなかった。

 

僕はいつの間にか眠りこけてしまったみたいで、目が覚めたら朝だった。

 

助手席のユンホさんも眠っていた。

 

「あ...」

 

ユンホさんは、自分のコートまで僕にかけてくれていたから、両腕で肩を抱きしめるようにして、縮こまっていた。

 

じん、と感動していると、真っ白な山陰からさっと朝日が差し込んできた。

 

雪景色がその光をもっとまぶしくさせて、ユンホさんの寝顔をキラキラと照らしていた。

 

濃いまつ毛がきめ細かい白肌に影を作っていて、少しだけ開いた唇が赤くて、とても綺麗だった。

 

ユンホさんを起こさないように、僕はそうっと彼にキスをした。

 

ドキドキ。

 

柔らかい唇の感触に、ぞくりとした。

 

もう1回くらい、いいよね?

 

さっきより、押しつける唇の圧を込めたキスをした。

 

ドキドキ。

 

これ以上は、恥ずかしいから我慢しておこうかなぁ。

 

「へっくしょん!」

 

ユンホさんったら、自分のくしゃみで目を覚ますんだもの。

 

(僕の方もびっくりした。だって、もう1回キスしようかなぁ、って思ってたから。うふふ)

 

一瞬、自分がどこにいるか分からなかったみたいだ。

 

きょろきょろと周囲を見回している。

 

僕と目が合った時、切れ長の目が真ん丸になり、それから笑った形に変わった。

 

その瞬間、僕は何万回目になるんだろう、ユンホさんにひと目惚れをした。

 

 

 

 

スリップして立ち往生したトレーラーで、道路が塞がれてしまったのが渋滞の原因だった。

 

僕らが件の荷物を南工場に配達できたのは、朝8時のこと。

 

真っ直ぐ会社に戻ってもお昼頃になるから、僕は遅刻確定だ。

 

「どうしよう」と半泣きの僕のために、ユンホさんが考えてくれた台詞通りに、会社に遅刻の旨の連絡を入れたんだ。

 

任務を終えたら温泉に行こう、と約束していたのに、ユンホさんに仕事の連絡が入ってしまて、温泉行は延期になってしまった。

 

ユンホさんの裸が見たかったのに...。

 

見たかったのに...。

 

がっくり肩を落とす僕に、ユンホさんは僕の頭をくしゃくしゃと撫ぜながらこう言った。

 

「今週末は、デートするんだろ?

映画観たり、買い物したり、カップルっぽいことしような」

 

「はい!」

 

嬉しくて、僕ははきはきと、優等生みたいな返事をしてしまった。

 

「へっくしょん!」

 

「ユンホさん、風邪ですか?」

 

「大丈夫だと思う...へっくしょん!」

 

僕にコートを分けてくれたりしたから、ユンホさんは風邪気味なんだ、ごめんなさい。

 

「風邪薬持ってますよ」

 

「さすが!」

 

「今回の温泉は諦めますけど、再来週には行けますね」

 

「再来週?」

 

「ほらぁ、社員旅行があるじゃないですか!」

 

「そういえば!」

 

「温泉ですよ!

ユンホさんの浴衣姿...ぐふふふふ」

 

 

 

 

ユンホさんには恥ずかしくて言えないんだけど、僕の身体が変なんだ。

 

妙に身体がだるい。

 

そして、おっぱいの先がムズムズするんだ。

 

あまりにもヒリヒリ、ちりちりするから、サービスエリアのトイレで、件の箇所を確認してみた。

 

「どうして...!?」

 

赤く、ぷっくりと腫れていて、びっくりだ。

 

触れてみると、熱をもっていて、とても敏感になっていた。

 

おっぱいの先が腫れるようなことは何もしていないのに。

 

虫に刺されたのか?それとも、寝ている間に無意識で、自分で触っていたのかなぁ、などと首をひねっていたら、

 

「チャンミン!

行くぞ!」

 

と、僕を呼ぶ声。

 

「行っきまーす!」

 

僕は元気よく答えて、大きなストライドで歩くユンホさんを追った。

 

 

『情熱の残業編」おしまい

(次編につづく)

 

 

 

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