会社員-愛欲の旅3-

 

 

会社員とは雇われ人なわけで、従順に頭と体を動かせるだけじゃなく、融通をきかせられる柔軟さ、ある程度の適当さが必要だ。

 

さらに、職場での人間関係を円滑にするために、たまにプライベートな面をチラ見せさせる余裕も必要だ。

 

そうでなくっちゃ、週の40時間以上過ごす場、堅苦しいだけで息が詰まる。

 

それじゃあ、チャンミンはどうかというと、彼の場合、まっとうな会社員の仮面をかぶるのが非常にうまい。

 

オフィシャルな場とプライベートな場とのギャップが著しい。

 

仮面どころじゃない、フルフェイスのヘルメットレベルなのだ。

 

俺のデスクからボールペンが10本以上見つかって、備品を管理しているチャンミンにこっぴどく叱られることもしょっちゅうだ。

 

給湯室のポットの水を空にならないよう気をつけていたり。

 

(『お湯が減ったら補充しましょう』の注意書きなんて誰も守らない。もちろん、その張り紙はチャンミンが掲示したものだ)

 

共用冷蔵庫に突っ込んでおいた徳用アイスクリームの箱を見つけ出しては、「ここはユンホさんのお家じゃないです!」とぷりぷりしたり。

 

USB電源のおひとり様用加湿器をたきながら(女子か?)、目にも止まらぬスピードでキーボードを打つ丸まった背中と丸い後頭部を目にして、俺はきゅんとする。

 

仕事ぶりは真面目、事務能力は抜群だ。

 

課内の誰に対しても敬語で、就活生みたいなスーツを着て、七三分けのダサい髪型をしている。

 

何事もきっちりはっきり、ピンセットでつまむみたいに細かい奴なんだけど、いざ素の姿を見せると面白いのなんのって。

 

ウィットに富んだジョークを飛ばして、遊び心を忘れない...っていうんじゃなくて、ちょいズレているんだ。

 

その微妙なズレ具合はつっこみどころ満載なんだけど、それにいちいち反応を見せてたら疲れてしまう。

 

プライベートタイムを共に過ごしたことは未だないから、職場を離れたチャンミンを早く見たいなぁと思っている。

 

先週、プライベートの片鱗みたいなものを垣間見ることができた。

 

狭い車内で12時間以上の時を過ごしたのだが、全然退屈しなかった。

 

 

 

 

「...遅いな...」

 

「ユンホさんちに駆けつけますから」と通話を一方的に切ってから、はや2時間が経過している。

 

会社からここまで1時間もかからない。

 

俺にお粥でも作ってやろうと、食材を買い込んでいるんじゃないかな、と思ったのは、チャンミンは料理好きな一面があるからだ。

 

俺の為に、愛情弁当を作ってくれるくらいだ。

(初日のピクニック弁当には、ウケたし困った)

 

窓ガラスの向こうは濃い紺色で、真隣に立つマンションの外廊下の蛍光灯が一列に灯っている。

 

周囲の家々では夕飯時、表の通りでは家路を急ぐ者が闊歩しているだろう。

 

俺はベッドから起き上がり、開け放ったままだったカーテンをひき、部屋の照明をつけた。

 

頭も身体も若干だるいが、昼間より楽になっていた。

 

額と首筋にふれると、微熱程度か。

 

酷い風邪をひいたのではと、体調管理のできない大人は常々カッコ悪いと思っていた俺だったから、安堵した。

 

空腹を覚えて、常備しているカップ麺を食べようとお湯を沸かしかけて、

 

「おっと...」

 

すぐさまガスを切った。

 

腹がいっぱいでチャンミンの手料理が食べられないとなったら、困る。

 

落ち着かない俺はTVをつけかけたところで、腰かけたソファから立ち上がった。

 

ソファの背もたれにひっかけた、取り込んだままの洗濯物に気付いたからだ。

 

まとめて抱えてクローゼットに放り込む。

 

そして、キッチンの流しに溜まった食器を洗いながら、初めて彼女を部屋に呼ぶ時みたいじゃないか、と自分にくすりとしてしまう。

 

洗面所の床に落ちていた靴下の片割れを拾い上げていた時、ドアチャイムが鳴った。

 

チャンミンだ!

 

 

 

 

「ユンホさん!!」

 

インタフォンのディスプレイに、チャンミンのどアップの顔が。

 

鼻をくっつけんばかりにカメラを覗き込んでいるらしい。

 

画質の悪いモノクロの映像でも、目鼻立ちのはっきりしたいい顔をしているのがよく分かる。

 

「ユンホさん!

早く開けてください!」

 

電話でもそうだったが、今の口調も怒っている風だったから、何に腹を立てているんだ?と首を傾げながら、ドアを開けた。

 

玄関先に立つチャンミンからは外の匂いがして、まとった空気は冷たく、鼻と頬を冷気で赤くしていた。

 

「ユンホさん!

なんで起きてるんですか!」

 

顔を合わせるなりの咎めの言葉に、

 

「え?

チャンミンが来たから鍵を開けないと...」

 

と答えた。

 

「い~え。

鍵は開いてました」

 

「鍵閉めるのを忘れたんだなぁ」

 

体調が悪すぎて、部屋に入って直ぐベッドに直行したからだ。

 

「無用心、無用心ですよ!」

 

「そのまま入ってこればいいじゃないか」

 

「こっそり入ったらコソ泥に間違われますし、僕らは交際したてのカップルです。

親しき中にも礼儀ありです!

不法侵入するわけにはいきません!」

 

「俺がドアを開けなきゃ、チャンミンが入って来られないだろ?」

 

「ふむ。

その通りですけど。

...ああっ!

ユンホさん、裸足じゃないですか!?」

 

ぷりぷりしながらチャンミンは、手にした荷物を床に置いた。

 

(...え...?)

 

「...お前...家出でもしてきたのか?」

 

「やだなぁ、ユンホさん。

僕は一人暮らしなんですよ?

自分しかいない家から家出してどうするんですか?」

 

俺がまるで(チャンミンにちゃんと通じる)ジョークを飛ばしたかのように、チャンミンはくすくす笑っている。

 

俺が一瞬絶句したのは、チャンミンの大荷物っぷりだ。

 

食材がたっぷり詰まったスーパーの袋は予想通りだが...。

 

背中にはリュックサックを背負っているし、大きなボストンバッグもある。

 

「荷物が多すぎやしないか?」

 

「はい。

お泊りグッズと着替えをとりに、一度家に寄ったのです」

 

どうりで時間がかかったはずだと納得した。

 

「チャンミン...俺んちに住みつくつもりか?」と言いかけて止めた。

 

ん...?

 

...お泊りグッズ?

 

「俺んちに泊まるつもりなのか?」

 

「あたぼうです」

 

チャンミンは寝ずの看病をするつもりで参上してきたのだ。

 

胸がきゅんとしてしまうではないか。

 

 

(つづく)

 

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