会社員-恋の媚薬4-

 

『輝いて見える』

 

褒め言葉ってことは分かる。

 

恋の媚薬を飲んだチャンミンの目には、後光が射して見えるのかもしれない。

 

ピンク色の世界、光の粒がきらめいて、甘い香り、動きは全てスローモーションのように目に焼き付く。

 

事実、チャンミンの目はキラキラと輝き、両頬が持ち上がって小さな前歯が覗いている。

 

始終、むすりとしたオフィスのチャンミンとは、かけ離れている。

 

俺には作用しなかった『恋の媚薬』が、チャンミンには効いたという訳か...。

 

「ユンホさんが、シャツをまくった腕だとか...」

 

「は?」

 

チャンミン発言に驚く間もなく、シャツを肘までまくった俺の腕に、チャンミンの指が触れた。

 

その個所からぞわりと鳥肌がたった。

 

「男らしいです」

 

チャンミンの口から、『男に触られたりしたら、気持ち悪いですよね』の言葉が出てこなかったことが、意外だったし、同時にホッとした。

 

「ユンホさんの腕は...逞しいですね」

 

チャンミンの指が触れる度、くすっぐたいのに身体の芯がぞくりとした。

 

甘く疼くような...。

 

「素敵です...」

 

片手で俺の手首を持ち、もう片方で筋肉のひとつひとつを確かめるように、つつっと指で辿る。

 

そう言えば、チャンミンとの物理的な接触は、おでこゴッチン事件くらいだった。

 

今のチャンミンは、男の肌を撫ぜまわすことに抵抗がないらしい。

 

積極的なチャンミン。

 

媚薬のせいか?

 

それとも、素か?

 

「ユンホさんは、筋トレか何かしているんですか?」

 

「何もしてないけど」

 

俺はどう反応してやるのが正解なのか分からず、チャンミンにされるがままだ。

 

「そうですか...。

すべすべの肌ですね」

 

「あ、ありがと...」

 

助けを求めるように、カウンターのウメコに視線を送るが、ウメコはタバコをくゆらせながらの読書に集中している様子。

 

(俺はどうしたらいいんだ...)

 

きっちりと角を揃えて置かれた書類、身だしなみから、潔癖症なのでは?と推測していたけど、そうでもないのかなぁ。

 

「ん?」

 

視線を落とした先で、チャンミンは内股気味に揃えた両膝をこすり合わせていた。

 

痒いのか?

 

何かを我慢してるのか?

 

とっさにチャンミンの股間に目をやる俺は、何を確認しようとしてたんだ、全く?

 

「わっ!」

 

飛び上がった俺は、チャンミンから腕を振りほどいてしまった。

 

チャンミンったら、俺の腕を鼻先にまで寄せたかと思ったら、くんくんと匂いを嗅ぎだしたんだ。

 

びっくりするだろう?

 

「!」

 

眉尻が下がっている。

 

口角が盛大に下がって、あごをしわくちゃにさせて、それはそれは悲しそうな表情なんだ。

 

「悪い...」

 

「そんなつもりじゃないんだ」ともごもご言い訳しながら、俺は腕をチャンミンに差し出した。

 

触っていいぞ、のつもりで。

 

ところが、チャンミンは俺の腕に手を伸ばすのではなく、すくと立ちあがった。

 

「どうした?」

 

「ウメコさん、お手洗いはどこですか?」

 

「こっちよ」

 

ウメコは、カウンターをまわりこんだ裏のドアを親指で指す。

 

「お借りします」

 

真っ赤な顔をしているくせに、足取りはしっかりとしている。

 

酒に強いとみた。

 

心のチャンミン録に、すかさずメモる。

 

「天井が低いから気を付けて...」とウメコが注意し終える前に、「あうっ!」と悲鳴が。

 

俺とウメコの方を振り向いて、「てへへ」と舌を出して照れ笑い。

 

か...可愛い。

 

「ユノったら...。

あの子のことが、好きなのねぇ...」

 

「ちがっ!」

 

「バレバレなんだから、いい加減認めなさい」

 

「...まあな」

 

是非とも見てみたかったチャンミンのプライベートの姿。

 

ところが、ウメコのおかしな媚薬のせいで訳がわからなくなってしまったじゃないか。

 

チャンミンは男だ。

 

俺も男だ。

 

チャンミンという男に惹かれる気持ちに、何ら抵抗がない。

 

綺麗なものは綺麗だ。

 

面白い奴が大好きだ。

 

それと、オフィシャルな場では隠しているだろう素顔を、暴いていきたい。

 

俺にそう思わしめた人物がチャンミンなんだ。

 

「ユノが惚れても仕方がないわよ。

イイ男だものねぇ...」

 

つけまつ毛をつけたまぶたを半目にさせて、ウメコはうっとりとしていた。

 

「手出しするなよ」

 

「仕方がないわねぇ...

あら!

チャンミンくぅん、おかえりぃ」

 

と、化粧室から出てきたチャンミンを出迎えた。

 

 


 

~チャンミン~

 

 

用を足した僕は、ふうっと深く息を吐く。

 

(ビールを3本も飲んだから、ずっと我慢をしていたんだ。

もじもじしていたところを、ユンホさんに見られていなければいいんだけど...)

 

天井近くで換気扇がバタバタと五月蠅く、きつい芳香剤の匂い、レースのペーパーホルダーカバー。

 

壁にかけられた鏡に自分を映してみた。

 

前髪がぐちゃぐちゃになっていて、手ぐしで撫でつけた。

 

ユンホさんの前では、きちんとした姿を見せていたい。

 

胸がドキドキするし、顔も首もかっかと熱いし、汗も止まらない。

 

「!」

 

僕ったら、いつの間にワイシャツを脱いでしまったんだろう。

 

そっか...暑かったから...。

 

だからといって、人前で下着だけになるなんて...。

 

ベルトを締めたスラックス姿に、下着代わりのてろっとTシャツはちぐはぐだ。

 

「恥ずかし...」

 

ウメコさん作の、「相思相愛になる薬」の効き目は抜群みたいだ。

 

ユンホさんがまぶしい。

 

ユンホさんの匂いも、手の甲の血管も、ニカっと笑った口元も、全部がまぶしい。

 

ユンホさんの声も、手の平をくすぐる腕の毛も全部、僕の胸をときめかせる。

 

視覚も聴覚も、触覚も嗅覚も、全部が研ぎ澄まされたみたいだ。

 

あとは、味覚...?

 

ユンホさんの味って、どんなだろう。

 

きっと、美味しいだろうなぁ...。

 

今夜みたいに間近で、肩を並べて座ったことなんてなかったから、ユンホさんに気付かれないように観察していた。

 

スラックスの生地が、ユンホさんの腿の筋肉でぱんと張っていて、お腹の底がきゅうっとした。

 

ユンホさんに触りたくて仕方がなくて、太ももに触れてみたかったけど我慢して、腕を触らせてもらった。

 

ユンホさんはぎょっとした顔をしていたけど、それは単に驚いていただけだ。

 

だって、オフィスでの僕は大人しい社員だから。

 

『恋の媚薬』の力で、今の僕はふわふわと気持ちが前向きで、鳥籠から放たれた小鳥のように開放的なのだ。

 

心臓がドックンドックンと、ろっ骨の内側を叩く。

 

このドキドキは、緊張によるものじゃないって、僕は知っている。

 

緊張じゃなくて、『興奮』なのだ。

 

水で濡らした手で、ぴしゃぴしゃと両頬を叩いた。

 

もう一度鏡で前髪をチェックした後、僕は化粧室を出た。

 

 


 

「お待たせしました」

 

ウメコの店内は極狭なため、後ろを通るチャンミンの胸と俺の背中が接触することになる。

 

その際に、俺の首筋にチャンミンの息がかかり、ついでにふわっと体臭が香った。

 

匂いがさっきの時より、幾分強めで、甘ったるいものに変化していた。

 

なんていうんだろう、これは...女性のものとは明らかに違うが、『甘い』と形容するしかない香り。

視界がくらりと揺れるほど。

 

「チャンミンは、香水かコロンか何か付けてるの?

それとも、整髪剤?制汗剤?」

 

香りの正体を確かめたくて、チャンミンの胸元に顔を寄せると、

 

「わわわわ。

ユンホさん!

恥ずかしいですから!」

 

と、両手をクロスさせて、俺の動きをブロックしてしまった。

 

その手つきが...女性が胸を隠すときのような仕草で、シャツに透けた乳首を隠そうとしているように俺の目に映ってしまう。

 

「臭いですか?

そっか!

汗をいっぱいかいたから...」

 

シャツの衿ぐりをひっぱって、くんくんと胸元の匂いを嗅ぎだした。

 

「臭くないって」と、俺はチャンミンの腕に手をかけ引き下ろした。

 

俺に腕をつかまれた瞬間、チャンミンの身体がぴくりと跳ねた。

 

「ホントですか?」

 

そう言えば、俺の方からチャンミンに触れるのは、これが初めてかもしれない。

 

手の平の下の固く引き締まった腕、真ん丸に見開いた目と、ふっくらした涙袋。

 

額にはりついた濡れた前髪(顔を洗ったのかな)、Oの字に開いた口。

 

お世辞にもお洒落とは程遠い機能性重視のTシャツ姿のこの男が、たまらなく色っぽく、可愛らしいんだ。

 

これまで抱いていた微笑ましくも淡い恋心を、一気に上書きするほどの濃さをもって、今夜のチャンミンは俺を魅了する。

 

シワ一つないスーツと他人行儀な敬語、7:3に固めた髪のチャンミンが、汗を流し、肌の匂いと熱い体温...。

 

それから、光量の乏しい中でもきらりと光る瞳で、生っぽく俺に迫っている。

 

俺には分かっている。

 

これは媚薬のせいじゃない。

 

なぜなら、こんなものに頼らなくたって、とっくの前にチャンミンに惹かれていた。

 

既にチャンミンのことが好きな俺に、媚薬が効く隙なんてないのだ。

 

今はただ、媚薬に酔ったチャンミンが艶めかしくて、俺の恋心が加速してしまっていた。

 

「チャンミンは俺に質問しないのか?」

 

「ユンホさんに?」

 

訳が分からないといった表情をしても、無駄だよ。

 

本当は、聞きたくて仕方がないくせに。

 

「俺の目にはチャンミンがどう映っているか、って。

訊かないのか?」

 

俺も大胆になってみるよ。

 

チャンミンは自身の膝を見、飲み残したビールを飲み干し、おしぼりで口元を拭った。

 

真上に吊るされたランプの明かりが、チャンミンの頬に長いまつ毛の影を作った。

 

鳥肌が立つほどの美しさだった。

 

ああ、俺はやっぱりこの男が好きだ、って。

 

「じゃあ、訊きますね。

...ユンホさん...は、どうですか

僕のこと、どう見えますか?」

 

「チャンミンも、輝いて見える」

 

『輝いている』だなんて、クサい台詞、大袈裟な言葉、過去の恋人たちにも囁いたことはない。

 

でも、目の前の生真面目なチャンミンならきっと、茶化さず受け止めてくれると思う。

 

「ユンホさん...」

 

いつもの上目遣いじゃない、真っ直ぐ俺を見ている。

 

「俺の方も時間差で効いてきたみたいだ、はははっ」

 

本当は違うけれど、照れ隠しで茶化してみた。

 

「ユンホさん、そう言っていただけるのは嬉しいですが。

抽象的過ぎます。

もっと具体的に言っていただかないと?」

 

ずいっとチャンミンが顔を寄せてきた。

 

意に反してずいっと身を引いてしまった俺を、チャンミンは眼力を込めて睨みつけてきた。

 

目が...こえぇぇ。

 

「僕が...嫌ですか?」

 

「嫌じゃ、ない...けど...」

 

「じゃあ」と言って、チャンミンは俺の両肩をつかんでぐいっと、自身の方へ引き戻した。

 

「逃げないで下さい」

 

ウメコが意味ありげな視線で、俺に合図を送っている。

 

(間違った意味でキャッチしていなければいいのだが)俺は軽く頷いてみせる。

 

押して押して押しまくれ、の意味だ、きっと。

 

「次の店に行こう!」

 

「え!え!?」

 

チャンミンにワイシャツを放ってやり、俺もスーツのジャケットに腕を通した。

 

「ここじゃなんだから、さ?」

 

こういう会話は2人きりにならないと。

 

 


 

チャンミンを先に行かせた俺が、ウメコと交わした会話は以下の通り。

 

「この薬の効き目はどれくらいだ?」

 

「そうねぇ...12時間くらいかしら」

 

「それくらい?」

 

ということは、明日の朝になると媚薬の効果は消えてしまって、いつもの堅物チャンミンに戻ってしまうのか...。

 

「...気持ちが消えてしまうのか...?」

 

「さあ...」

 

「お前が作ったんだろ!?」

 

「だって、あなたたちが第一号なんだもん。

どうなるかなんて、あたしに分かるわけないじゃないの」

 

「ったく、邪魔しやがって!」

 

こんな妙きちりんなものに頼らず、実力で勝負したかったところだ。

 

だが、得られたチャンスはとことん利用するのがユンホという男。

 

焦点を絞って短期集中、限られた残り9時間が勝負だと知って、ぼーっとしていられない。

 

「邪魔するわけないでしょう?

協力してやったのよ。

結果を教えてね。

今後の参考にするから」

 

ひらひらと振るウメコの手に見送られ、俺はチャンミンの待つ寒空へと出た。

 

 

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