【BL短編】禁じられた遊び(後編)

 

 

俺が「あの子」を連れて帰宅したとき、チャンミンはベッドでぐーぐー寝ていた。

​布団から足を出して、大の字になって眠るチャンミンを見ると、くすりとしてしまった。

​俺の帰りが遅い日は、帰りを待たずにさっさと10時には寝てしまう。

​自分のペースを崩さないチャンミンが好ましい。

 

寝室のドアを音をたてないよう、そっと閉めた。

コンロにかかった鍋の中では、たっぷりと煮物料理が仕上がっている。

​リビングに戻ると俺は、深くため息をついた。

​振りほどいても振りほどいても、俺の首に腕を絡ませてくる「あの子」に辟易としていた。

「ソファで悪いけど、ここで寝て」

意図的に俺の腕に、胸を押し付けてくる「あの子」のことが、うっとおしくて仕方がなかった。

 

タクシーに押し込んで送り出そうとしたら、彼女は頑として自宅の住所を教えてくれなかった。

​​それで仕方なく俺もそのタクシーに乗り込んで、チャンミンと住むマンションの部屋へ連れてきたわけだ。

 

冷蔵庫から出した麦茶をコップに注いでいると、

 

「...ユノ」

​ぬっとリビングの入口に、パジャマ姿のチャンミンが立っていた。

​​

「チャンミン...」

ざっと俺たちの様子を見まわして事情を察したらしく、押し入れから寝袋を取り出してきた。

 

キャーキャー言う「あの子」のジャケットを脱がし、寝袋に押し込むと、勢いよくジッパーを上げた。

脇に麦茶の2リットル・ペットボトルを、ドスンと置くと、寝室まで俺の背中をぐいぐい押していった。

 

「ユノ。

あの子は誰ですか?」

「会社の人」

「あっそ」

チャンミンは、ふんと鼻を鳴らすと、着ていたパジャマを脱ぎだした。

「ちょっ、どうしたの!?」

下着だけになったチャンミンは、今度は俺の服を脱がし始めた。

「チャンミン!」

ベルトを外そうとするチャンミンの手首をつかんで制止しようとしたけど、つかんだ手首から伝わる力は強くて、俺はすぐにあきらめた。

​​チャンミンは本気だ。

​​本気になったチャンミンは止められない。

ギロっとにらんだチャンミンの目が、あまりに艶めかしくて、妖くて、美しくて。

 

俺はたちまち、くらっときてしまった。

 

されるがまま俺は服を脱がされ、気づいたらベッドに仰向けになっていた。

 

「ちょっ、待って!」

寝室のドアが開いたままなのに気付いて、チャンミンの肩を叩いた。

 

「ドア!」

 

チャンミンは再び、ふんと鼻をならした。

 

「聞かせればいいんですよ」

 

そう言って、じっくり時間をかけてその腰を沈めた。

 

 

 

 

「喉が渇いた」

 

「持ってくるよ」

「僕の旦那さんは、気が利きますねぇ」

​下着姿のままリビングまで出て、「あの子」のことを思い出した。

 

(そういえば!)

 

ソファの向こうを覗く。

 

寝袋は空だった。

​あの日以来、「あの子」は用事があるとき以外は近寄らなくなった。

​俺は胸をなでおろしたのだった。


 

この日帰宅すると、チャンミンがキッチンでビールを飲んでいた。

 

「駄目じゃないか!」

 

俺はチャンミンの手からグラスを取り上げようと、彼に飛びついた。

 

ところが、チャンミンは俺に取り上げられる前に、一気に中身を飲み干してしまった。

 

「チャンミン...」

 

チャンミンは、床にぺたりと腰をおろしてしまった。

「...どうした?」

 

俺はしゃがんで、チャンミンの目線に合わせた。

 

「...の...」

「え?」

かすかにつぶやいたチャンミンの言葉が聞き取れなかった。

 

「もう一回言ってくれる?」

「...ダメでした」

「え?」

 

「赤ちゃん...ダメでした」

 

チャンミンは、じーっと前を見据えたまま、小さな声ではっきりと言った。

 

俺はチャンミンの頭をなぜる。

 

手のひらの下の、柔らかいチャンミンの髪が愛おしい。

 

チャンミンの頭をよしよしとなでるうち、俺の目からぶわっと涙が溢れ出る。

​​

​可哀そうなチャンミン。

 

あんなに楽しみにしていたのに。

​​

俺たちに子供がいたら、どんなに幸せだったろう。

俺たちには赤ちゃんは出来ない。

結婚5年目。

どんなに望んでも、俺たちには赤ちゃんはできない。

男同士だから、当然だろう?

俺たちはときおり、『チャンミンが妊娠』ごっこをする。

俺たちの結婚生活において、不安を感じる時に大抵、チャンミンは『妊娠』する。

 

チャンミンは想像上の赤ちゃんを、平らなままの腹で育てる。

 

誰も知らない、俺たちだけの遊びだ。

チャンミンが、「赤ちゃんができたかも」と言い出したら、ゲームはスタートだ。

​​

おかしいと思われたっていい。

 

こうすることで、俺たちは寂しさを紛らわせているんだ。

​クローゼットには、出番が訪れることのない赤ちゃん用品がうずたかく詰まっている。

​俺たちは真正面から、本気で、真剣に、全力で「ごっこ遊び」に没頭する。

チャンミンが、身ごもっていると仮定して、俺は彼をうんと甘やかす。

 

チャンミンの足の裏をもみながら、これが現実だったらどんなにいいかと、何度思っただろう。

一番つらいのはチャンミンだ。

俺は女の人じゃないから、想像するしか出来ないけど、

愛する人(チャンミンは俺のことを、心底愛してくれてると確信している)の子供を産めない哀しみは、はかりしれないだろう。

​だから俺は、チャンミンの気が済むまで、とことん付き合ってやるつもりなんだ。

​チャンミンが、俺と二人だけの人生を送っていくことに、向き合えるようになるまで。

​チャンミン。

 

俺は「俺たちの子供」がいなくても、あなたといられるだけで十分なんだよ。

​いつか、俺たちの「ごっこ遊び」が笑い話にできるようになるといいね。

​・

「ユノ、どうしてあなただけが泣いているんですか?」

いつの間にか、俺はチャンミンの肩に顔を伏せて大泣きしていた。

そういうチャンミンの目も、真っ赤だった。

​俺は目をごしごしこすると、床に座ったチャンミンを肩に担ぎあげた。

キャーキャー悲鳴をあげるチャンミン。

「チャンミン、太ったね」

「うるさい、です!」

 

チャンミンは俺の背中を、バシバシ叩く。

俺たちには子供はいないけれど、俺はチャンミンの夫でいられて幸せだ。

「今夜はゴムなしでやろうぜ」

​こう言って、チャンミンをベッドに誘うのが、このゲームの締めくくりのお約束だ。

 

「また赤ちゃん、出来ちゃいますよ?」

 

「5人でも10人でも、ぽこぽこ作ろうぜ」

 

 

(おしまい)

 

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