【BL短編】恋する尻尾(後編)

 

 

ネコは尻尾が弱いみたいだ。

 

ネコの反応が面白くて、俺は何度も尻尾を撫ぜる。

 

「尻尾ばかり、触らないで」

 

怒ったネコに、手の甲を引っかかれてしまった。

 

俺の手を傷つけたことに、ネコはすぐに後悔したようで、

「ごめんね...痛いよね、痛いよね?」

俺の手を両手で包み込み、みみず腫れになった箇所にふぅっと息を吹きかけた。

 

こんな風にしてもらったこと、過去にもあったなぁ。

 

 

 

去年のあいつの誕生日に、手料理を振舞おうと俺は張り切っていた。

 

危なっかしい包丁つかいに、隣に立ったあいつはヒヤヒヤしていた。

 

「そんなところで切っちゃうなんて...勿体ない」

「押さえる手は、猫の手にしないと!」

「ホントにヘタクソだなぁ」

 

「黙ってろ」

 

口うるさいあいつの忠告を無視して俺は、まな板の上の野菜を乱暴に、ザクザクと切った。

 

「...あっつ!」

 

押さえていた指に激痛が走り、包丁を放り出してその個所を確かめようとした。

 

ところが、その前に俺の手はあいつにかっさらわれた。

 

「もぉ!

血が出てるじゃないか!

もぉ!

僕の言うことを聞かないんだから...痛いよね...痛いよね」

 

怪我はたいしたことなくて、中指の節を少し切っただけ。

 

それなのに、まるで俺が骨折でもしたかのように、おろおろの仕方が凄かった。

 

怪我をしたのは俺の方なのに、その様子が面白くってクスッとすれば、あいつは当然ムッとするわけだ。

 

怒ってるのになぜか眉が下がってて、頬を膨らませちゃってて、すごい可愛かった。

 

 

 

 

「...ネコ...」

 

ネコの毛皮の胸に顔を埋めてつぶやいた。

 

俺の背中をネコは優しくさすってくれる。

 

「...寂しいですか?」

 

「寂しいね」

 

俺は素直に認めた。

 

「相方さんはどこへ行っちゃったんですか?」

 

「さあ...実家に帰ったか...友達んちか...」

 

ネコの背中を抱き直した。

 

「でもなぁ、あいつは友達が少ない奴だから。

ホテルに泊まってるだろうなぁ。

それでさ、ルームサービスであれもこれもと注文して、腹いっぱい食べて。

カードの請求額に、俺は真っ青になるんだ...きっと、そうだよ。

もの凄く、怒ってたから」

 

「喧嘩したんですか?」

 

「...うん」

 

「原因は?」

 

「大した内容じゃなかった。

長く一緒にいるとね、小さなことに気が障ることが増えてくる。

仕事が忙しくて...イライラしてたんだ。

突き詰めてみると...俺が悪いんだろうね」

 

「じゃあ。

ちゃんと謝らないとね」

 

「...そうだな。

許してもらえるかな?」

 

「許しますよ。

ユノの『ゴメン』を待ってると思います」

 

「これまで、ちゃんと謝ったことがないんだ。

なんとなく仲直りしてて。

言わなくても分かるだろう、って。

...甘えていたんだろうね」

 

「...いらっしゃい」

 

「...え?」

 

ネコに腕をひかれ、寝室へと誘われた。

 

「僕を可愛がって」

 

両手を広げたネコの胸に、俺は飛び込んだ。

 

 

 

 

俺はネコに口づけながら、毛皮のビスチェを脱がせた。

 

二つ並んだ桜色のボタンに、俺は堪らず吸い付いてしまう。

 

「...っあ...あぁ...」

 

あまりに可愛らしい声を漏らすから、俺の行為はつい激しくなってしまう。

 

「待って...」

 

もっともっとと吸い付く俺の口を、片手で押しとどめると、ネコは毛皮のショートパンツをするりと脱いだ。

 

小さな白い尻が露わになって、その中央から猫の尻尾が生えている。

 

「可愛い尻尾だね」

 

「でしょ?」

 

裸になって急に恥ずかしくなったのか、俯くネコの顔は真っ赤になっている。

 

さっきから俺を煽る、揺れる尻尾。

 

軽く握って、先から付け根に向けてその手を滑らすと、

 

「んんっ...」

 

甘い声を、喉奥でくぐもらせるのだ。

 

くくっと緩く引っ張ると、

 

「ああっ...」と、より甘高い声を漏らすのだ。

 

「ダメ...引っ張ったらダメ」

 

「ネコは尻尾が敏感なの?」

 

「...うんっ...」

 

「触るの...止めた方がいい?」

 

 

「......」

 

恥ずかしくてたまらないのか、俺の腕の中の肌が熱く汗ばんでいる。

 

「もっと引っ張ってもいい?」

 

尻尾の付け根をつかんで、じわじわと引く力を込めていく。

 

「...ああっ...あぁぁ...!」

 

もっと甲高い悲鳴を上げて、顎も肩もマットレスにぺたりと落としてしまった。

 

高く突き出した腰。

 

愛らしい割れ目の中央に、黒く長い尻尾。

 

「いつまで猫をやってるつもりだ?

尻尾をとらないと、できないよ?」

 

「......」

 

「抜いてやろうか?」

 

「うん...」

 

引っ張ったり押し戻したり、さんざん焦らして、ネコの尻尾が抜けるまでに、たっぷり時間をかけた。

 

背中を丸めて、俺の太ももにしがみついて、ネコは猫の鳴き声を忘れてしまっていた。

 

いつもの、聞きなれた、切なげに、かすれた甘い声音で。

 

揺さぶる度、ネコの首で鈴が鳴る。

 

 

 

 

「ごめん...怒鳴ってごめん」

 

額にはりついた、汗に濡れた前髪を人差し指でそっとよける。

 

3度目の「ごめん」で、ネコはやっとで頷いてくれた。

 

「...許してあげる」

 

不承不承、ネコはそう答えた。

 

尖らせた唇が可愛くて、ついついパクリと咥えてしまった。

 

 

「...僕こそ...ごめん」

 

俺以上に意地っ張りで照れ屋なネコ、俺の口の中でもごもごとつぶやいた。

 

 

「聞こえないなぁ」

 

「...ごめんね」

 

「いいよ。

謝らなくても、俺はとっくに許してたよ」

 

 

シーツの中からもぞりと抜け出たネコは、俺の上になると、俺の枕元に両手をついた。

 

大きな猫耳が、ダウンライトの黄色い灯りにふちどられている。

 

俺を見下ろす1対の眼は、猫というより子犬の眼だ。

 

「ユノ」

 

「ん?」

 

 

 

「お誕生日おめでとう」

 

「うん、ありがと」

 

 

「僕たち、喧嘩しちゃったでしょう?

でも、お祝いしたかったから、戻ってきました」

 

「おかえり」

 

「僕からのプレゼント。

気に入ってくれた?」

 

「うん。

可愛いネコだった」

 

「気合を入れたからねぇ。

ネコの僕、どうだった?」

 

 

「最高だよ。

チャンミンは...俺だけのネコだよ」

 

 

 

 

玄関ドアを開けた時。

 

尻尾を付けたチャンミンが、ドアの前にうずくまっていたんだ。

 

「何してるんだ!?」の大声を、ぐっと飲みこんだ。

 

猫みたいに「にゃあぁぁぁ」って鳴くのを聞いて、吹き出すのを必死で堪えた。

 

 

俺は猫になったチャンミンをそのまんま、受け入れた。

 

羽織っていたダウンコートを脱いだ姿に、俺は度肝を抜かれた。

 

だってさ、チャンミンの奴、バニーガールみたいな格好をしていたんだ。

 

身に付けているものは、黒いファー製のビスチェにショートパンツだけ。

 

猫耳といい尻尾といい、この日のために用意していたんだと思う。

 

せっかく仕込んできたのに、喧嘩中だからって中止するのも悔しかったんだろう。

 

誕生日プレゼント兼仲直り。

 

チャンミンの計画は大成功だ。

 

いかにも俺が喜びそうなコスチュームに身を包んで登場するんだから。

 

喧嘩のきっかけはお互い様なところがあって、どちらが悪いとも言い切れない。

 

実際の俺たちは、仲が良すぎるくらい良いから、たまの喧嘩もいいスパイスだ。

 

それにしても...。

 

可愛かった。

 

とんでもなく可愛いかった。

 

 

俺が特に気に入ったのはもちろん、尻尾だ。

 

 

「もう一回、付けてくれる?

俺が挿れてやろうか?」

 

「えー、恥ずかしいから...嫌だ。

あれは、年に一度のお楽しみ。

そう言うユノこそ、尻尾をつけてよ」

...よいしょっと」

 

チャンミンは、ベッドの下に落とした尻尾を拾い上げた。

 

「どう?」とクスクス笑って、毛先でさわさわと、俺の鼻先をくすぐった。

 

「ネコなのはチャンミン。

俺はネコじゃないの!」

 

 

「ふふっ。

分かってるよ。

...そうだ!」

 

チャンミンは自身の頭から、猫耳のカチューシャを取って、俺の頭に装着する。

 

「うん、可愛い。

よく似合ってる」

 

「そう?」

 

「僕より似合ってる」

 

俺の目尻にとん、とチャンミンの細い指が添えられた。

 

「あーがり目、さーがり目、くるっと回って、ニャンコの目。

ほら、ユノの目って猫っぽいでしょ?」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「...腹が減った。

御馳走の続きを食べようよ」

 

 

「僕もペコペコ。

あのシャンパン、ちょっといいやつなんだ」

 

「チャンミンはネコだから、ミルクだぞ?」

 

「ヤダね。

猫の時間は終わりだよ」

 

ベッドを下りたチャンミンにはもう、あの尻尾はない。

 

俺が引っこ抜いちゃったから。

 

「次は白猫になってあげるね。

来年のユノの誕生日を、こうご期待!」

 

チリチリと鈴を鳴らしながら、リビングに向かうチャンミンの背中を、俺は追った。

 

 

(おしまい)

 

 

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