(1)禁断の行為

 

 

村の水汲み場の傍らに、バターの木が生えていた。

 

春になるとたわわに実がなる。

 

黄みの強いクリーム色に卵型をしており、バナナと葡萄が混じり合った濃い芳香、食べるとねっとりとした歯触りで口の中でとろりと溶ける。

 

バターの木とは、幹を傷つけるとバターのような樹液が染み出てくることに由来する。

 

樹液ならいくらでも採取してもよいが、実だけは食べてはならぬ...特に女が食べることは厳禁だ。

 

これが村の掟だった。

 

なぜ禁じられていたのか...その理由を知らない者も多かった。

 

口にすると3日3晩苦しみ続けるそうで、大人たちに聞いても言葉を濁して具体的なことは教えてくれなかった。

 

駄目と言われるほどに興味が湧き、食べてみたくなるのが人の常。

 

いつものように水汲み場は賑やかだった。

 

チャンミン青年は、携えていた水瓶に腰掛け、その様子を眺めていた。

 

彼の視線は、赤ん坊を抱いた母親たちを素通りして、バターの木に注がれていた。

 

(どんな味なんだろう...食べてみたい!)

 

チャンミン青年は痩せの大食いだったのだ。

 

(ユノを誘ってみよう!)

 

彼は勢いよく立ち上がり、水瓶いっぱいに水を満たすと、その場を立ち去った。

 

 

チャンミンにはユノという友人がいた。

 

彼らは生まれてから18歳になる今まで、兄弟のように育ってきた。

 

「バターの実を食べたいから付き合ってくれ」というチャンミンの誘いに、ユノは「嫌だ」と即答した。

 

「食べたら死ぬかもしれない。

俺はご免だ」

 

ユノは中断していた薪割りに戻った。

 

「僕らは男だから食べても平気だよ」

 

「特に女は食べるな、というだけで、男は食べてもいいとは言っていないんじゃないかな?」と渋るユノ。

 

斧を振り下ろすたび、ユノの前がふるふると揺れた。

 

そよ風に、チャンミンの前の毛がふわふわと揺れた。

 

その通り、二人は一糸まとわぬ姿だった。

 

この村では老若男女問わず、衣服というものを知らず、皆全裸だった。

 

ただし、成人した男性のみイチヂクの葉で局所を隠していた。

 

ユノもチャンミンも恥じらうことなく全裸でのびのびと、18年間生きてきたのである。

 

弟分のチャンミンから可愛らしく甘えられて、兄分のユノは渋々頷いた。

 

「ただし、食べるのはチャンミンだけだ。

俺はついていくだけだよ?」

 

チャンミンは大喜びだ。

 

(どんな味なのかなぁ。

1個じゃ足りないから、10個は食べよう)

 

想像するだけで、チャンミンの口の中に唾がたまった。

 

決行は今宵の深夜だ。

 

 

早寝の村は寝静まっている。

 

月明かりで夜目がきいた。

 

バターの実が月光に照らされぼうっと白く浮かび上がり、泉の水面もきらきら光っていた。

 

ユノが先導して、寝ぼけまなこのチャンミンの手を引いていた。

 

チャンミンはワクワク感で消耗してしまい、夕飯前に眠り込んでしまったのだ。

 

(食べたいと言ったのはチャンミンなんだぞ?

仕方のない奴だ)

 

水汲み場に近づくにつれ、バターの実の濃密な匂いがチャンミンの鼻腔を刺激した。

 

チャンミンの意識はしゃきっと目覚めた。

 

「ユノは食べなくていいの?」

 

「いらない」

 

(共犯者として食べてやってもいいけれど、口にしたチャンミンがもがき苦しみだしたら、介抱する者がいなくなる。

三日三晩苦しむらしいが、この村で亡くなった者は誰もいない。

死ぬようなことはないだろう)

 

チャンミンはバターの実を3個、もぎ取った。

 

「1個じゃないのか?」

 

「1個じゃ足りない」

 

躊躇することなく、バターの実にかぶりついた。

 

目をつむって、その味を堪能することに集中した。

 

(甘すぎずわずかに酸味があり、ねっとりしてるのにほとばしる果汁、果肉は舌にまとわりつくのにしつこくない、表皮に近い部分はやや歯ごたえがあり、中心部には果汁を蓄えている、濃密でさわやか、爽快なのにクリーミィ...なんて美味しいのだ!!)

 

「美味い美味い」をつぶやきながら実を2個3個と食べ進めるチャンミンを、ユノは見守った。

 

みずみずしい香りが夜気にのってきて、ユノも誘惑にのりそうになった...けれども我慢した。

 

6個めの種が地面に落ちた時、チャンミンに異変が起きた。

 

(いよいよか!?)

 

ユノに緊張が走った。

 

チャンミンは食べかけのバターの実を放り出し、ユノの方へと近づいてきた。

 

「ユノぉ...」

 

「...チャンミン?」

 

チャンミンの目がまぶたに半分隠れ、とろんと眠たげになっていた。

 

果汁に濡れた唇を、べろりと舌で舐めとった。

 

色気とは何たるものか、ユノは知らなかった。

 

「ユノ...僕、何か変なんだ」

 

「ほら、俺の言った通りにしないから。

食べすぎなんだよ」

 

チャンミンはよたよたと、ユノに近づいてくる。

 

ユノは果物の香りの他に、別の匂いが鼻をくすぐり始めていることに気づいた。

 

(なんだ...この匂い)

 

足をもつれさせたチャンミンをユノは抱きとめた。

 

「ユノ...。

お尻がムズムズするんだ」

 

「腹が痛いのか?」

 

チャンミンは左右に首を振る。

 

「お尻が変なんだよぉ。

むずむずするんだよぉ」

 

「痒いのか?」

 

「違う。

むずむずジンジンするの。

見て、見て?

どんなだか、見て?」

 

ユノは突き出されたチャンミンの尻を覗き込んだ。

 

「暗くて見えないけど...デキモノでも出来たのか?」

 

バターの実とは、食べると全身にデキモノが出来る果物なのかもしれない、とユノは思ったのだ。

 

「触ってみるぞ?

痛かったら言えよ?」

 

「うん...優しくそっとね?」

 

チャンミンの割れ目の奥に、ユノの指が差し込まれる。

 

(この辺かな...?)

 

指先に神経を研ぎ澄ませる。

 

「!?」

 

ぬるり、としたものが指を濡らした。

 

二本の指を擦り合わせ、月光にかざしてみる。

 

指の間でそれは糸をひいた。

 

(なんだ...これ?)

 

「ねえ、どうなってるの?」

 

不安げなチャンミンに、ユノは「よく分からないから、もう一回触らせて」と答えた。

 

ユノは再度、指を差し込んだ。

 

1度目よりももっと、それはユノの指は濡らし、あふれて手の平にこぼれ落ちた。

 

(尻から汁が湧き出る病気になったのかもしれない!?)

 

「お尻が変だよぉ」

 

泣きべそかいたチャンミンにどう教えてやったらいいのだろう。

 

ユノの顔色は真っ青だった。

 

 

(つづく)