【BL短編】お前は俺でできている

 

 

外壁は深い青色に、窓枠は白色に塗られている。

 

チャンミンは玉砂利をざくざくいわせて、アプローチを歩く。

 

前庭は鉢植えひとつなく殺風景。

 

(木や花を植えたらいい感じになるよね。

鉢植えを持っていったら...差し出がましいかな)

 

この店に行き詰めになって数カ月も経つのに、ドアノブを握る手が震える。

 

「こんにちは」

 

木製ドアを開けると、天井も壁も床も真っ白で眩しい。

 

「坊主、今日も来たのか?」

 

カウンターの奥で笑顔で迎えたのは、20代後半長身の男性、ユノ店長だ。

 

「『坊主』って言うの、止めて下さいよ。

僕の名前は『チャンミン』です」

 

チャンミンはぷぅと頬を膨らませ、カウンター席についた。

 

「ごめんごめん」

 

ユノ店長の顔をまとも見られないチャンミンは、メニュー表を表裏とひっくり返していた。

 

そんなもの見なくても、この店のメニューなんてすべて把握しているのに、迷っているフリをする。

 

「今日は何にする?」

 

「うーんと、カフェモカ」

 

チャンミンのオーダーに、「面倒なものをオーダーするなぁ」と、ユノは顔をしかめた。

 

「店長のスキルアップの為ですよ」

 

「ふん。

年下の客にアドバイスをもらうとは」

 

「だってさ...コーヒーひとつ淹れられなくて、よくカフェを始めようと思いましたよね」

 

「ここはカフェじゃない。
喫茶店だ」
「何が違うんですか?」
「音の響きからくる、雰囲気だ。
メニューも洒落たものは出さない」
「『出さない』じゃなくて、『出せない』でしょう?」
くすくす笑うチャンミンに、ユノ店長は「その通りだね」と笑った。
カフェモカはつい先日、仲間入りしたメニューで、チャンミンからのオーダーによるものだった。
チャンミンはユノ店長の手が好きだった。
カップの取っ手に引っかけた人差し指の爪が好きだった。
コーヒー粉の缶の蓋を開ける時、手首に浮かぶ筋、カウンターを布巾で拭く時の手の甲も好きだった。
だから、1工程でも多いメニューをあえて注文するのだった。
チャンミンはカウンターに頬杖をつき、生クリームを泡立てるユノ店長の手を眺めていた。
(僕って、手フェチなのかなぁ)
飲み物が出来上がり、カウンター越しに手渡される瞬間。
チャンミンとユノ店長の手と手がぶつかる...もちろん、わざと。
そして、ドキドキ胸をときめかす。
チャンミンは体調不良やアルバイトの日を除いて、ほぼ毎日ユノの店に通い詰めていた。
(僕の気持ちは100%、バレバレだろうなぁ)
好意を露骨に表さないようセーブして、距離を詰めたり、遠のいてみたり...恋の駆け引きをチャンミンに求めることはできない。
チャンミンは恋の経験値がほぼ無いと言って等しい19歳の大学生。
過去を尋ねてものらりくらりとはぐらかすユノ店長は、チャンミンにとって高く見上げないといけない存在だった。
チャンミンがユノ店長の店を出入りするようになったきっかけはこうだった。
通学路の途中の更地に、ある日突然、プレハブ小屋が現れた。
工事現場からの払い下げのものらしく、ひどく古びていた。
(何ができるんだろう?)
真夏の太陽の下、外壁にペンキを塗る男性...ユノ店長に心惹かれてしまい、チャンミンはオープンする日まで、通りすがりに定点観測を続けていた。
個人経営の小さな店をのぞくとは、人見知りの激しいチャンミンには考えにくい行動だった。
でも、一方的に見つめていた立場からワンステップ進んで、自身の存在を知って欲しいと思うようになったのだ。
若さ故、チャンミンは欲求に正直だった。
ユノ店長はドアから顔を覗かせたチャンミンを笑顔で迎え、フランクな口調でチャンミンの緊張を解いたのだ。
「お兄さんはやせっぽちだなぁ。
サンドイッチでも食うか?
試作品だけど?」
チャンミンの身体は骨ばっていて、トレーナーの下で身体は泳ぎ、スリムパンツに包まれた脚は小鹿の様に細かった。
「いいんですか!」
ぱあっと顔を輝かせたチャンミンに、ユノ店長は目を細めた。
まぶしかったのだ。
チャンミンは店内を物珍しそうに見回していたため、気づいていなかったけど。
「お兄さんは学生?」
当時は、べニア板を貼っただけの殺風景な店内だったのが、一か月後には「女の人にウケる内装にしよう」と、彼ら二人でペンキ塗りをした。

「ねえ、店長。

僕の身体は、この店のメニューで出来てますね」

 

そう言って、チャンミンはツナサンドイッチを頬張った。

 

チャンミンのリクエストで生まれたメニューだった。

 

「そうだな」

 

「まるで...。

一緒に住んでいるみたいですね」

 

「...え?」

 

ユノ店長の一挙手一投足、あくびのひとつも見逃さず見つめてきたチャンミンだった。

 

けれどもこの直後、チャンミンはくしゃみ2連発とタイミングが悪かった。

 

ユノ店長の頬がさっと赤らんだ瞬間を見逃してしまった。

 

「風邪か?」

 

ユノ店長が放ったティッシュペーパーの箱をキャッチした。

 

「そうかも...しれません。

友だちんちに泊まった時、雑魚寝だったので」

 

「へぇ...チャンミンにも友だちがいるんだ?」

 

自身の何気ない発言が、ユノを嫉妬させるとは、チャンミンは思いいたらない。

 

「酷いですね。

僕だっていますよ」

 

「うちの店に来るよう、その友達に頼んでよ。

まだまだ客が少なくてね。

新しい客は大歓迎だよ」

 

「う~んと...」

 

チャンミンは一瞬、迷う。

 

(はっきり言っちゃってもいいのかなぁ)

 

「イヤです。

ここは紹介したくないですね」

 

「そう...だろうな。

狭いし、気のきいたものも出せないし」

 

と、揶揄したユノ店長に、チャンミンは慌てた。

 

「違います違います!

店長の店は人気が出てもらったら困るだけです」

 

「...それじゃあ、うちが潰れてしまうだろう?」

 

「僕がここに入り浸ってあげますよ。

朝も昼も夜も、ここでご飯を食べます。

その為に僕はバイトをしているんだから」

 

ユノ店長は、チャンミンの言葉に胸を打たれていた。

 

「ここは僕専用の店です」

 

「既にそんな感じだぞ?」

 

「でも...繁盛してくれないと、店長の生活が成り立たないから...。

そうだ!

僕を雇ってくださいよ。

店長と一緒にカウンターに立ちます」

 

(お客が店長を好きにならないよう、僕が見張っています...なんて、言えないなぁ)

 

「それから、バイト代は要りません。

代わりにご飯を食べさせてくださいね」

 

 

(おしまい)

 

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